【完結】白百合の約束

花草青依

文字の大きさ
3 / 4

新たな約束

しおりを挟む
 婚約破棄から数ヶ月が経った。
 王宮を離れた私は、公爵家の屋敷で穏やかな日々を過ごしている。

 私は、あの日、確かに全てを失った。
 しかし、不思議な事に喪失感は全くと言ってなかった。むしろ、それからの私はとても晴れ晴れとした気分で日々を過ごしているくらいだ。

 そして、今の私は、とても穏やかな気持ちで夜の庭園に佇んでいた。
 月明かりに照らされた白百合が静かに揺れている。
 あの日の事が思い出されて、私はそっと胸元のペンダントを握った。

「アリシア様、そろそろ中に戻られませんか」
 聞き慣れた優しい声が背後から響く。
 振り返ると、ルークが私を見つめていた。
「まだもう少し、ここにいたいわ」
「夜風が冷えますから、本当に少しだけですよ?」
 心配性な彼に向けて私は優しく微笑んだ。

 ベンチに座ると、私はルークに隣へ座るようにと促した。彼は素直に応じてくれて、私達は静寂の中、共に白百合を眺めた。

 ルークとの無言の時間は、居心地の悪いものではなかった。
 昔から、彼は私を護衛してくれたけれど、ここまで近しい距離でいる事はなかったのに。彼が私の隣にいることが心地よくて、今では当たり前のように思える。

「ねぇ、ルーク」
「はい」
「あなたは、どうして今も私の傍にいてくれるの?」

 ぽつりと零れた疑問に、ルークは驚いた様だった。

 私の婚約が破棄された時、大広間にいた誰もが私に侮蔑の視線を送っていた。それもそのはず。私は彼らにとって、白百合の聖女と王太子の美しい恋物語を邪魔する、惨めな悪役令嬢だったから。
 ジョージ殿下の婚約者だった頃には散々、チヤホヤしていたくせに、今では、手紙の一つも来やしない。落ちぶれた悪役には誰も関わりたくはないのだろう。

 しかし、そんな中でも、ルークだけは変わらなかった。彼は今までと何一つ態度を変える事なく、護衛騎士として私の傍に仕えてくれていた。

「あなた程の実力者なら、こんな所にいなくても、もっといい就職場所があるんじゃない?」
 そう問うても答えは返って来なかった。
 ルークはしばらく沈黙した後、私を真っ直ぐに見つめた。

「……まさか伝わっていないとは思いませんでした。俺は、好きな人を置いて他所へ行くつもりはありませんよ」

 夜の静寂が、彼の言葉を際立たせる。
 そして、私の心臓がうるさいくらいに跳ねる音が聞こえた。

「俺はずっと、アリシア様をお慕いしていました。でも、公爵令嬢と貴族の爵位を持たない騎士という身分の違いを考えると、決して口にしてはならない想いだと思い……」
「ルーク……」
 彼がそんなに真剣だったとは夢にも思わなかった。
「ですが、あの夜、ペンダントをお返しした時に決めたんです。今度こそ、アリシア様を守ると。そして、もう決して手放さないと」
 ルークの瞳には、迷いもためらいもなかった。
「だから、どうか。もう一度、俺にそのペンダントを預けてはいただけませんか?」
 私は息をのんだ。

 ━━白百合のペンダントを好きな人に受け取ってもらえると、その恋は叶う。

 幼い頃に聞いたあの言い伝えが頭の中を過った。

 ━━もし、それが本当なら。私はこのままルークと一緒に穏やかな日々を過ごしたい。

 私は、震える手でペンダントを握りしめた。
 そして、ルークが見つめる中、私はそのペンダントを外した。

「大事にしてくれる?」
「勿論ですよ」

 ルークは大切そうにペンダントを受け取り、それをぎゅっと握りしめた。
 そして、それに向けて何かを祈っているのかと思った刹那、ルークの手が、私の手をそっと引き寄せた。

 彼の顔が近づく。月明かりに照らされた彼の瞳が、私を射抜いた。
 唇が触れるほどの距離で、彼は優しく囁く。

「もう、誰にもあなたをあげない」

 その言葉に、私の頬が熱を帯びた。

 夜風が白百合の花を揺らす。
 
 私達は静かに、そっと、唇を重ねた。
 そして、私は月明かりの下、永遠の愛を誓ったのだ。私を優しく見守ってくれた彼に、これからたくさんの愛を捧げようと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

【短編】ちゃんと好きになる前に、終わっただけ

月下花音
恋愛
曖昧な関係を続けていたユウトとの恋は、彼のインスタ投稿によって一方的に終わりを告げた。 泣くのも違う。怒るのも違う。 ただ静かに消えよう。 そう決意してトーク履歴を消そうとした瞬間、指が滑った。 画面に表示されたのは、間の抜けたクマのスタンプ。 相手に気付かれた? 見られた? 「未練ある」って思われる!? 恐怖でブロックボタンを連打した夜。 カモメのフンより、失恋より、最後の誤爆が一番のトラウマになった女子大生の叫び。

愛を騙るな

篠月珪霞
恋愛
「王妃よ、そなた一体何が不満だというのだ」 「………」 「贅を尽くした食事、ドレス、宝石、アクセサリー、部屋の調度も最高品質のもの。王妃という地位も用意した。およそ世の女性が望むものすべてを手に入れているというのに、何が不満だというのだ!」 王妃は表情を変えない。何を言っても宥めてもすかしても脅しても変わらない王妃に、苛立った王は声を荒げる。 「何とか言わぬか! 不敬だぞ!」 「……でしたら、牢に入れるなり、処罰するなりお好きに」 「い、いや、それはできぬ」 「何故? 陛下の望むままなさればよろしい」 「余は、そなたを愛しているのだ。愛するものにそのような仕打ち、到底考えられぬ」 途端、王妃の嘲る笑い声が響く。 「畜生にも劣る陛下が、愛を騙るなどおこがましいですわね」

煤かぶり姫は光の貴公子の溺愛が罰ゲームだと知っている。

朝霧心惺
恋愛
「ベルティア・ローレル。僕の恋人になってくれないかい?」  煌めく猫っ毛の金髪に太陽の瞳、光の貴公子の名を欲しいがままにするエドワード・ルードバーグ公爵令息の告白。  普通の令嬢ならば、嬉しさのあまり失神してしまうかもしれない状況に、告白された令嬢、ベルティア・ローレルは無表情のままぴくりとも頬を動かさない。  何故なら———、 (罰ゲームで告白なんて、最低の極みね)  黄金の髪こそが美しいという貴族の価値観の中で、煤を被ったような漆黒の髪を持つベルティアには、『煤かぶり姫』という蔑称がある。  そして、それは罰ゲーム結果の恋人に選ばれるほどに、貴族にとっては酷い見た目であるらしい。  3年間にも及ぶ学園生活も終盤に迫ったこの日告白されたベルティア、実家は伯爵家といえども辺境であり、長年の凶作続きにより没落寸前。  もちろん、実家は公爵家に反抗できるほどの力など持ち合わせていない。  目立つ事が大嫌いでありながらも渋々受け入れた恋人生活、けれど、彼の罰ゲームはただ付き合うだけでは終わらず、加速していく溺愛、溺愛、溺愛………!!  甘すぎる苦しみが、ベルティアを苦しめる。 「どうして僕の愛を疑うんだっ!!」 (疑うも何も、そもそもこの恋人ごっこはあなたへの罰ゲームでしょ!?)

愛のない婚約かと、ずっと思っていた。

華南
恋愛
幼い頃から、愛のない婚約かとずっと思っていた。 婚約解消を言い出した私の言葉に、彼が豹変するまでは……。 8/11、第2部スタートしました。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】大好きなあなたのために…?

月樹《つき》
恋愛
私には子供の頃から仲の良い大好きな幼馴染がいた。 2人でよく読んだ冒険のお話の中では、最後に魔物を倒し立派な騎士となった男の子と、それを支えてきた聖女の女の子が結ばれる。 『俺もこの物語の主人公みたいに立派な騎士になるから』と言って、真っ赤な顔で花畑で摘んだ花束をくれた彼。あの時から彼を信じて支えてきたのに… いつの間にか彼の隣には、お姫様のように可憐な女の子がいた…。

ガネス公爵令嬢の変身

くびのほきょう
恋愛
1年前に現れたお父様と同じ赤い目をした美しいご令嬢。その令嬢に夢中な幼なじみの王子様に恋をしていたのだと気づいた公爵令嬢のお話。 ※「小説家になろう」へも投稿しています

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

処理中です...