【完結】氷の令嬢は王子様の熱で溶かされる

花草青依

文字の大きさ
上 下
50 / 52

番外編2-8 氷の王子と呼ばれたお兄様の静かな恋

しおりを挟む
 目当てだったはずのブローチは、プレゼントに相応しい物ではなかった。お母様の行きつけの商店に行くかと尋ねるとお兄様は首を振った。
「折角街に来たんだから色々と見て回ろう」
 買い物に時間を割くことを嫌がるお兄様にしては珍しい発言だった。
「どこかいいお店を知らないの?」
「それならこっちに流行りのアクセサリーを取り扱っているお店がありますわ」

 再び大通りに出て、若者向けのジュエリーショップに入った。
 でも、結局そこでもお兄様は何も買わなかった。それからさらに十店近く店を回ったけれど、それでもお兄様の満足する物は見つからなかった。

「この色はヴィオの好みじゃないから」
「これはヴィオには子供っぽいと思われそうだ」
「似たような物を彼女は既に持っているから別のがいい」

 アクセサリーを勧める度に却下されて私は疲れてしまった。
 でも、その一方で、案外お兄様はヴィオお姉様の事を見ているんだと知れて嬉しくもなる自分がいた。
「私を連れてこなくても良かったのでないでしょうか」
 次の店へと向かう途中にそういえば、お兄様は「どうして?」と聞いてきた。
「だって、お兄様はヴィオお姉様の好みを熟知しているじゃありませんか。私にできるアドバイスはありませんよ」
 私がそう言うとお兄様は薄っすらと笑った。
「大丈夫。ルーシーは十分に役に立っているから」
 お兄様はそう言うと露店の焼き菓子を買って私に差し出してきた。どうやら、私が駄々をこねていると勘違いしたらしい。
「もう! そういうのじゃありませんから!」
 私はそう言いつつもお菓子を受け取って食べた。無下にしては、お店の人に申し訳ないからだ。
 お菓子を頬張る私を見てお兄様はまた笑った。子ども扱いされている事に腹が立ったけれど、怒っている場合じゃない。買い物を始めてから随分と時間が経っているのだ。
「門限の時間が迫っていますから早く次のお店に行きましょう」
「そうだね」
 私がお菓子を食べ終わると、お兄様は再び歩き出した。どうやら次の行き先は決まっているらしい。



 今日、最後となるであろうお店に入ると、お兄様はまた店内の商品をじっくりと観察した。
「お兄様はお姉様に何を差し上げたいんですか」
 相変わらず迷っているお兄様に痺れを切らしてしまった。
「何って、ヴィオが喜ぶ物だよ」
「婚約者から初めて自発的にプレゼントを渡されたら何でも喜ぶと思いますよ?」
 お兄様は「そうだといいね」と言った。
「でも、プレゼントはこれが初めてじゃないからなぁ」
 お兄様の呟きに私は目を丸くした。

「え? 初めてじゃない?」
「うん」
 お兄様から何かを贈られたなんて、ヴィオお姉様から聞いた事がなかった。

 ━━いつ? 何を?

 私が疑問を口にする前に、お兄様は言った。
「この事は内緒だよ? あれはまだ二人だけの思い出にしておきたいから」
 そう言ったお兄様はいつになくはっきりと笑っていた。
 優しく、慈しみに溢れる笑顔は、お母様のそれによく似ていた。

 ━━お兄様はヴィオお姉様を愛している。そして、それを目に見える形で彼女に表現していた。ただ、私が知らなかっただけ・・・・・・。

「どうしたの? 突然笑って?」
 お兄様が私を見て言った。
「お兄様とヴィオお姉様が思ったよりも親密みたいだから嬉しくなったんです」
 今の気持ちを素直に答えるとお兄様は苦笑した。
「それなら、プレゼント選びのアドバイスをしてよ。これでヴィオが喜んでくれたら、俺達の仲はもっと仲が深まるから」
 そう言われても、ここに来る過程でアドバイスを沢山したつもりだった。それに、選んだアクセサリーはどれもお兄様に却下されてしまった。

 ━━ヴィオお姉様が喜んでくれて、二人の仲が深まりそうなもの・・・・・・。

 うーんと唸り声をあげながら悩んでいると、不意に一つの案が思い浮かんだ。
「折角だから、お兄様の分も一緒に買ってみてはどうでしょう?」
「揃いの物を身に着けるの?」
「そうです。案外、婚約者と揃いの持ち物を身に着ける方は多いんですよ」
「ヴィオは着けてくれるかな・・・・・・」
 真剣な顔でお兄様は呟いた。
 もしかしたらお兄様はヴィオお姉様に断られる事を恐れているのかもしれない。
「大丈夫です。余程変なものを贈らない限り、身に着けてくれますから」
 ヴィオお姉様は真面目な人だ。人が懇意を込めて贈った物を蔑ろにするはずがない。
「だから、お兄様はヴィオお姉様と一緒に身に着けたいと思う物を選んで下さい」
 私がそう言うと、お兄様はバングルを手に取った。
 金細工のそれは、繊細な模様が彫られていて、所々にダイヤが散りばめられていた。大人っぽくて上品なデザインで文句の付けようがなかった。
 お兄様はそれを自分の手首に嵌めた。ダイヤが沢山着いているからパーティ向きかと思っていたけれど、今の服との相性も良かった。寧ろ普段着の方が、ワンポイントとなっておしゃれに見えるのかもしれない。
「お姉様と一緒につけている所を早く見たいですわ」
 私がそういえばお兄様は照れ笑いを浮かべた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。祝、サレ妻コミカライズ化
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。 乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。 今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。 いったいどうしたらいいのかしら……。 現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。 他サイトでも公開しています。

【完結80万pt感謝】不貞をしても婚約破棄されたくない美男子たちはどうするべきなのか?

宇水涼麻
恋愛
高位貴族令息である三人の美男子たちは学園内で一人の男爵令嬢に侍っている。 そんな彼らが卒業式の前日に家に戻ると父親から衝撃的な話をされた。 婚約者から婚約を破棄され、第一後継者から降ろされるというのだ。 彼らは慌てて学園へ戻り、学生寮の食堂内で各々の婚約者を探す。 婚約者を前に彼らはどうするのだろうか? 短編になる予定です。 たくさんのご感想をいただきましてありがとうございます! 【ネタバレ】マークをつけ忘れているものがあります。 ご感想をお読みになる時にはお気をつけください。すみません。

【完結】王太子妃候補の悪役令嬢は、どうしても野獣辺境伯を手に入れたい

たまこ
恋愛
公爵令嬢のアレクサンドラは優秀な王太子妃候補だと、誰も(一部関係者を除く)が認める完璧な淑女である。 王家が開く祝賀会にて、アレクサンドラは婚約者のクリストファー王太子によって婚約破棄を言い渡される。そして王太子の隣には義妹のマーガレットがにんまりと笑っていた。衆目の下、冤罪により婚約破棄されてしまったアレクサンドラを助けたのは野獣辺境伯の異名を持つアルバートだった。 しかし、この婚約破棄、どうも裏があったようで・・・。

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

処理中です...