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番外編2-8 氷の王子と呼ばれたお兄様の静かな恋
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目当てだったはずのブローチは、プレゼントに相応しい物ではなかった。お母様の行きつけの商店に行くかと尋ねるとお兄様は首を振った。
「折角街に来たんだから色々と見て回ろう」
買い物に時間を割くことを嫌がるお兄様にしては珍しい発言だった。
「どこかいいお店を知らないの?」
「それならこっちに流行りのアクセサリーを取り扱っているお店がありますわ」
再び大通りに出て、若者向けのジュエリーショップに入った。
でも、結局そこでもお兄様は何も買わなかった。それからさらに十店近く店を回ったけれど、それでもお兄様の満足する物は見つからなかった。
「この色はヴィオの好みじゃないから」
「これはヴィオには子供っぽいと思われそうだ」
「似たような物を彼女は既に持っているから別のがいい」
アクセサリーを勧める度に却下されて私は疲れてしまった。
でも、その一方で、案外お兄様はヴィオお姉様の事を見ているんだと知れて嬉しくもなる自分がいた。
「私を連れてこなくても良かったのでないでしょうか」
次の店へと向かう途中にそういえば、お兄様は「どうして?」と聞いてきた。
「だって、お兄様はヴィオお姉様の好みを熟知しているじゃありませんか。私にできるアドバイスはありませんよ」
私がそう言うとお兄様は薄っすらと笑った。
「大丈夫。ルーシーは十分に役に立っているから」
お兄様はそう言うと露店の焼き菓子を買って私に差し出してきた。どうやら、私が駄々をこねていると勘違いしたらしい。
「もう! そういうのじゃありませんから!」
私はそう言いつつもお菓子を受け取って食べた。無下にしては、お店の人に申し訳ないからだ。
お菓子を頬張る私を見てお兄様はまた笑った。子ども扱いされている事に腹が立ったけれど、怒っている場合じゃない。買い物を始めてから随分と時間が経っているのだ。
「門限の時間が迫っていますから早く次のお店に行きましょう」
「そうだね」
私がお菓子を食べ終わると、お兄様は再び歩き出した。どうやら次の行き先は決まっているらしい。
今日、最後となるであろうお店に入ると、お兄様はまた店内の商品をじっくりと観察した。
「お兄様はお姉様に何を差し上げたいんですか」
相変わらず迷っているお兄様に痺れを切らしてしまった。
「何って、ヴィオが喜ぶ物だよ」
「婚約者から初めて自発的にプレゼントを渡されたら何でも喜ぶと思いますよ?」
お兄様は「そうだといいね」と言った。
「でも、プレゼントはこれが初めてじゃないからなぁ」
お兄様の呟きに私は目を丸くした。
「え? 初めてじゃない?」
「うん」
お兄様から何かを贈られたなんて、ヴィオお姉様から聞いた事がなかった。
━━いつ? 何を?
私が疑問を口にする前に、お兄様は言った。
「この事は内緒だよ? あれはまだ二人だけの思い出にしておきたいから」
そう言ったお兄様はいつになくはっきりと笑っていた。
優しく、慈しみに溢れる笑顔は、お母様のそれによく似ていた。
━━お兄様はヴィオお姉様を愛している。そして、それを目に見える形で彼女に表現していた。ただ、私が知らなかっただけ・・・・・・。
「どうしたの? 突然笑って?」
お兄様が私を見て言った。
「お兄様とヴィオお姉様が思ったよりも親密みたいだから嬉しくなったんです」
今の気持ちを素直に答えるとお兄様は苦笑した。
「それなら、プレゼント選びのアドバイスをしてよ。これでヴィオが喜んでくれたら、俺達の仲はもっと仲が深まるから」
そう言われても、ここに来る過程でアドバイスを沢山したつもりだった。それに、選んだアクセサリーはどれもお兄様に却下されてしまった。
━━ヴィオお姉様が喜んでくれて、二人の仲が深まりそうなもの・・・・・・。
うーんと唸り声をあげながら悩んでいると、不意に一つの案が思い浮かんだ。
「折角だから、お兄様の分も一緒に買ってみてはどうでしょう?」
「揃いの物を身に着けるの?」
「そうです。案外、婚約者と揃いの持ち物を身に着ける方は多いんですよ」
「ヴィオは着けてくれるかな・・・・・・」
真剣な顔でお兄様は呟いた。
もしかしたらお兄様はヴィオお姉様に断られる事を恐れているのかもしれない。
「大丈夫です。余程変なものを贈らない限り、身に着けてくれますから」
ヴィオお姉様は真面目な人だ。人が懇意を込めて贈った物を蔑ろにするはずがない。
「だから、お兄様はヴィオお姉様と一緒に身に着けたいと思う物を選んで下さい」
私がそう言うと、お兄様はバングルを手に取った。
金細工のそれは、繊細な模様が彫られていて、所々にダイヤが散りばめられていた。大人っぽくて上品なデザインで文句の付けようがなかった。
お兄様はそれを自分の手首に嵌めた。ダイヤが沢山着いているからパーティ向きかと思っていたけれど、今の服との相性も良かった。寧ろ普段着の方が、ワンポイントとなっておしゃれに見えるのかもしれない。
「お姉様と一緒につけている所を早く見たいですわ」
私がそういえばお兄様は照れ笑いを浮かべた。
「折角街に来たんだから色々と見て回ろう」
買い物に時間を割くことを嫌がるお兄様にしては珍しい発言だった。
「どこかいいお店を知らないの?」
「それならこっちに流行りのアクセサリーを取り扱っているお店がありますわ」
再び大通りに出て、若者向けのジュエリーショップに入った。
でも、結局そこでもお兄様は何も買わなかった。それからさらに十店近く店を回ったけれど、それでもお兄様の満足する物は見つからなかった。
「この色はヴィオの好みじゃないから」
「これはヴィオには子供っぽいと思われそうだ」
「似たような物を彼女は既に持っているから別のがいい」
アクセサリーを勧める度に却下されて私は疲れてしまった。
でも、その一方で、案外お兄様はヴィオお姉様の事を見ているんだと知れて嬉しくもなる自分がいた。
「私を連れてこなくても良かったのでないでしょうか」
次の店へと向かう途中にそういえば、お兄様は「どうして?」と聞いてきた。
「だって、お兄様はヴィオお姉様の好みを熟知しているじゃありませんか。私にできるアドバイスはありませんよ」
私がそう言うとお兄様は薄っすらと笑った。
「大丈夫。ルーシーは十分に役に立っているから」
お兄様はそう言うと露店の焼き菓子を買って私に差し出してきた。どうやら、私が駄々をこねていると勘違いしたらしい。
「もう! そういうのじゃありませんから!」
私はそう言いつつもお菓子を受け取って食べた。無下にしては、お店の人に申し訳ないからだ。
お菓子を頬張る私を見てお兄様はまた笑った。子ども扱いされている事に腹が立ったけれど、怒っている場合じゃない。買い物を始めてから随分と時間が経っているのだ。
「門限の時間が迫っていますから早く次のお店に行きましょう」
「そうだね」
私がお菓子を食べ終わると、お兄様は再び歩き出した。どうやら次の行き先は決まっているらしい。
今日、最後となるであろうお店に入ると、お兄様はまた店内の商品をじっくりと観察した。
「お兄様はお姉様に何を差し上げたいんですか」
相変わらず迷っているお兄様に痺れを切らしてしまった。
「何って、ヴィオが喜ぶ物だよ」
「婚約者から初めて自発的にプレゼントを渡されたら何でも喜ぶと思いますよ?」
お兄様は「そうだといいね」と言った。
「でも、プレゼントはこれが初めてじゃないからなぁ」
お兄様の呟きに私は目を丸くした。
「え? 初めてじゃない?」
「うん」
お兄様から何かを贈られたなんて、ヴィオお姉様から聞いた事がなかった。
━━いつ? 何を?
私が疑問を口にする前に、お兄様は言った。
「この事は内緒だよ? あれはまだ二人だけの思い出にしておきたいから」
そう言ったお兄様はいつになくはっきりと笑っていた。
優しく、慈しみに溢れる笑顔は、お母様のそれによく似ていた。
━━お兄様はヴィオお姉様を愛している。そして、それを目に見える形で彼女に表現していた。ただ、私が知らなかっただけ・・・・・・。
「どうしたの? 突然笑って?」
お兄様が私を見て言った。
「お兄様とヴィオお姉様が思ったよりも親密みたいだから嬉しくなったんです」
今の気持ちを素直に答えるとお兄様は苦笑した。
「それなら、プレゼント選びのアドバイスをしてよ。これでヴィオが喜んでくれたら、俺達の仲はもっと仲が深まるから」
そう言われても、ここに来る過程でアドバイスを沢山したつもりだった。それに、選んだアクセサリーはどれもお兄様に却下されてしまった。
━━ヴィオお姉様が喜んでくれて、二人の仲が深まりそうなもの・・・・・・。
うーんと唸り声をあげながら悩んでいると、不意に一つの案が思い浮かんだ。
「折角だから、お兄様の分も一緒に買ってみてはどうでしょう?」
「揃いの物を身に着けるの?」
「そうです。案外、婚約者と揃いの持ち物を身に着ける方は多いんですよ」
「ヴィオは着けてくれるかな・・・・・・」
真剣な顔でお兄様は呟いた。
もしかしたらお兄様はヴィオお姉様に断られる事を恐れているのかもしれない。
「大丈夫です。余程変なものを贈らない限り、身に着けてくれますから」
ヴィオお姉様は真面目な人だ。人が懇意を込めて贈った物を蔑ろにするはずがない。
「だから、お兄様はヴィオお姉様と一緒に身に着けたいと思う物を選んで下さい」
私がそう言うと、お兄様はバングルを手に取った。
金細工のそれは、繊細な模様が彫られていて、所々にダイヤが散りばめられていた。大人っぽくて上品なデザインで文句の付けようがなかった。
お兄様はそれを自分の手首に嵌めた。ダイヤが沢山着いているからパーティ向きかと思っていたけれど、今の服との相性も良かった。寧ろ普段着の方が、ワンポイントとなっておしゃれに見えるのかもしれない。
「お姉様と一緒につけている所を早く見たいですわ」
私がそういえばお兄様は照れ笑いを浮かべた。
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