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番外編2-6 氷の王子と呼ばれたお兄様の静かな恋
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番外編2-6
それは昨日、唐突に訪れた出来事だった。
私は校舎裏の人目につきにくい場所にある東屋に一人でいた。春の優しい日射しの中で図書館から借りた図鑑に目を通していたのだ。
━━自国と他国では、図鑑の収録のやり方がだいぶ違うわね。これは少し不便だわ。
自分なりに図鑑を見比べてそんな事を考えていた時だった。
「ヴァイオレット嬢ったら、またヘンリー殿下のなさる事に楯突いてらっしゃったのよ」
ヴィオお姉様の悪口を誰かが言っている。図鑑をめくる手がぴたりと止まった。
「まあ? また!?」
「ズケズケと・・・・・・。あの方の物言いは何とかならないのかしら?」
「ヘンリー殿下にまであの口調で話すなんて・・・・・・。本当に信じられませんわ」
「そうよね、こっちが親切で止めるように注意してあげても、またうだうだと言い訳を並べるばかりで」
「ヴァイオレット嬢は困った人ですわ」
一体、誰が言っているのかと思ったから、私は辺りを見渡した。
犯人はすぐに見つかった。悪口を言っていたのは廊下を歩いている三人の年上の令嬢だった。
彼女達には見覚えがあった。
彼女達のリーダー格であるアニー・マソン伯爵令嬢はお兄様に色目を使っていると専ら噂だった。何かにつけてお兄様に話しかけたり、授業で作った物を手渡したりしているのだという。
彼女がお兄様の気を引こうとしている所を私も見た事がある。彼女はお兄様に話しかけて、それとなくヴィオお姉様を下げるような発言をしていた。
━━あれ、やっぱりわざとだったんだ。
褒めているようで貶し、心配するような口振りで話を吹聴している。そういう風に聞こえるのは私の意地が悪いからかもしれないと悩んだ自分が馬鹿みたいだった。
アニー嬢は、姑息な人だったんだ。だから、あからさまな表現でお姉様を蔑むような事はしなかったのだろう。
━━あの時はお姉様とは対極的な人だとは思ってたんだけど・・・・・・。でも、裏でははっきりとした物言いができるんじゃない。
そう思うと無性に腹が立って私は立ち上がった。考えなしにも、アニー嬢達の前に立ち塞がり、抗議をしようとしたのだ。
でも、実際、私はそうしなかった。私が立ち上がったと同時に、アニー嬢に声をかける人がいたからだ。
「こんにちは、アニー嬢」
「ヘンリー殿下、ごきげんよう」
アニー嬢は、さっきまでとは打って変わって可愛らしい声でお兄様に挨拶をした。
━━絵に描いたようなぶりっ子ね。
私が彼女の変わり様に呆れている中、お兄様は彼女達に対して冷たい視線を向けていた。
━━あれ? 怒ってる?
お兄様は感情の起伏が小さく、表情がほとんど変わらないから誤解されがちだけれど、お兄様だって怒る事はある。
大抵は魔法に関する事で、勉強の邪魔をしたり、実験が上手くいかなかったりすると怒るのだけれど・・・・・・。
━━もしかして、アニー嬢達は意図せずにお兄様の魔法の実験の邪魔をしたのかしら?
そんな事を考えていると、お兄様はアニー嬢に向かってこんな事を言った。
「俺は物怖じしないのがヴィオの良いところだと思うんだ」
突然の発言にアニー嬢達は困惑の表情を浮かべた。私も彼女達と同様に、何が起こっているのか分からなかった。
━━ヴィオお姉様の悪口を言われたから怒ったのよね?
そもそもあの場にはいなかったのにどうやって話を聞いたのかとか、ヴィオお姉様を擁護する発言の真意とか、疑問は山程あった。当然、アニー嬢達も同じ事を考えたのだろう。
でも、お兄様はそれだけ言うと、怒った表情のまま去ってしまった。アニー嬢が弁明の言葉を投げかけても無視して。
あんなに怒っているお兄様を見たのは初めてで、私は呆気に取られて見ているだけしかできなかった。
それは昨日、唐突に訪れた出来事だった。
私は校舎裏の人目につきにくい場所にある東屋に一人でいた。春の優しい日射しの中で図書館から借りた図鑑に目を通していたのだ。
━━自国と他国では、図鑑の収録のやり方がだいぶ違うわね。これは少し不便だわ。
自分なりに図鑑を見比べてそんな事を考えていた時だった。
「ヴァイオレット嬢ったら、またヘンリー殿下のなさる事に楯突いてらっしゃったのよ」
ヴィオお姉様の悪口を誰かが言っている。図鑑をめくる手がぴたりと止まった。
「まあ? また!?」
「ズケズケと・・・・・・。あの方の物言いは何とかならないのかしら?」
「ヘンリー殿下にまであの口調で話すなんて・・・・・・。本当に信じられませんわ」
「そうよね、こっちが親切で止めるように注意してあげても、またうだうだと言い訳を並べるばかりで」
「ヴァイオレット嬢は困った人ですわ」
一体、誰が言っているのかと思ったから、私は辺りを見渡した。
犯人はすぐに見つかった。悪口を言っていたのは廊下を歩いている三人の年上の令嬢だった。
彼女達には見覚えがあった。
彼女達のリーダー格であるアニー・マソン伯爵令嬢はお兄様に色目を使っていると専ら噂だった。何かにつけてお兄様に話しかけたり、授業で作った物を手渡したりしているのだという。
彼女がお兄様の気を引こうとしている所を私も見た事がある。彼女はお兄様に話しかけて、それとなくヴィオお姉様を下げるような発言をしていた。
━━あれ、やっぱりわざとだったんだ。
褒めているようで貶し、心配するような口振りで話を吹聴している。そういう風に聞こえるのは私の意地が悪いからかもしれないと悩んだ自分が馬鹿みたいだった。
アニー嬢は、姑息な人だったんだ。だから、あからさまな表現でお姉様を蔑むような事はしなかったのだろう。
━━あの時はお姉様とは対極的な人だとは思ってたんだけど・・・・・・。でも、裏でははっきりとした物言いができるんじゃない。
そう思うと無性に腹が立って私は立ち上がった。考えなしにも、アニー嬢達の前に立ち塞がり、抗議をしようとしたのだ。
でも、実際、私はそうしなかった。私が立ち上がったと同時に、アニー嬢に声をかける人がいたからだ。
「こんにちは、アニー嬢」
「ヘンリー殿下、ごきげんよう」
アニー嬢は、さっきまでとは打って変わって可愛らしい声でお兄様に挨拶をした。
━━絵に描いたようなぶりっ子ね。
私が彼女の変わり様に呆れている中、お兄様は彼女達に対して冷たい視線を向けていた。
━━あれ? 怒ってる?
お兄様は感情の起伏が小さく、表情がほとんど変わらないから誤解されがちだけれど、お兄様だって怒る事はある。
大抵は魔法に関する事で、勉強の邪魔をしたり、実験が上手くいかなかったりすると怒るのだけれど・・・・・・。
━━もしかして、アニー嬢達は意図せずにお兄様の魔法の実験の邪魔をしたのかしら?
そんな事を考えていると、お兄様はアニー嬢に向かってこんな事を言った。
「俺は物怖じしないのがヴィオの良いところだと思うんだ」
突然の発言にアニー嬢達は困惑の表情を浮かべた。私も彼女達と同様に、何が起こっているのか分からなかった。
━━ヴィオお姉様の悪口を言われたから怒ったのよね?
そもそもあの場にはいなかったのにどうやって話を聞いたのかとか、ヴィオお姉様を擁護する発言の真意とか、疑問は山程あった。当然、アニー嬢達も同じ事を考えたのだろう。
でも、お兄様はそれだけ言うと、怒った表情のまま去ってしまった。アニー嬢が弁明の言葉を投げかけても無視して。
あんなに怒っているお兄様を見たのは初めてで、私は呆気に取られて見ているだけしかできなかった。
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