【完結】氷の令嬢は王子様の熱で溶かされる

花草青依

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番外編2-3 氷の王子と呼ばれたお兄様の静かな恋

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「あの・・・・・・」
 沈黙を破ったのはヴィオお姉様だった。
「はい」
「やはり、私は帰った方がいいのではないでしょうか」
 私は慌ててお姉様を引き止めた。
「いいえ。あと1時間もしないうちにお兄様は帰ってくるはずですから」
 そう言いつつ、側にいた侍女に向かって視線を向けた。「お兄様にはすぐに戻るように連絡したのよね?」と口には出さずに尋ねたのだ。
 侍女は私の考えている事がちゃんと分かったようで、大丈夫と言いたげに頷いた。

「でも、今日会う約束をしていた事を忘れていたみたいですから。きっと大事な用事があったのでしょう? それを邪魔するのもどうかと思いますし、また別の機会にしようかと」
 お兄様は、ヴィオお姉様と会う約束をすっぽかした事を知って愕然とする。
 お兄様は昔から魔法学の研究に熱心で、他の事よりも優先してしまう節があった。魔法学なんて伸び代のないものを一生懸命勉強して、一体何になるのだろう。しかも、婚約者を放ったらかしにして・・・・・・。
 こんなことを続けていたら、ヴィオお姉様に愛想を尽かされるのも時間の問題だろう。
「ヴィオお姉様、もう少しだけ待って下さい。お姉様との予定より大事な用事なんてあるはずがないですから」
 懇願する私にヴィオお姉様は冷めた目線を向けてきた。
「そうでしょうか」
 ヴィオお姉様はそう言って視線を下ろした。

 ━━やっぱり、怒っているのかしら? 機嫌を直してもらわないと・・・・・・。

 そんな事を考えていると、ようやくお兄様がやって来た。
「今日が会う日だったね。ごめん」
 ヴィオお姉様に謝罪をしながら、お兄様は私の隣りに座った。
「用事ができたのなら、早めに教えていただけると助かります」
「次からは気を付けるよ」
 お兄様はそう言うと侍女が淹れてくれたお茶を飲んだ。

 お兄様はいつも通り、冷静でほとんど表情がなかった。それは、遅刻してきたことに対してとても反省しているように見えない。
 もっとちゃんと謝るように言うべきかと悩んでいると、お兄様はちらりと私を見た。
「ルーシー、もう下がってもいいよ?」
 その物言いは「用済みだから去れ」と言っているようで、少しカチンときた。一言物申そうと口を開こうとしたところで、ヴィオお姉様が口を挟んだ。

「ヘンリー殿下、いくら何でもあんまりでは?」
 言われたお兄様は首を傾げる。
「あんまり、とは?」
「ルーシー殿下に対する態度についてですよ」
 どうやらヴィオお姉様は私の気持ちを代弁してくれるらしい。
「ヘンリー殿下がいらっしゃらないから、ルーシー殿下が代わりに対応してくれたんです。そんな彼女に感謝の気持ちはないのですか」
「勿論、感謝しているよ」
 お兄様はそう言ったものの、とてもじゃないけれど私に感謝をしている様には見えなかった。
「僭越ながらそんな風には見えませんが」
 ヴィオお姉様は私の思っていた事をはっきりと口にした。
「そうなのかい?」
 お兄様は困ったように私達を見た。
「大体、感謝をしているのならお礼の一言くらい言ったらどうですか」
 ヒートアップするヴィオお姉様の口調は、人によっては怒らせてしまいそうなものに変化していた。
 でも、幸いな事にその言葉を向けられた相手は感情の揺れ幅の少ないお兄様だった。彼は特別何かを感じたようでもなく、いつも通りの冷静な表情のままだった。
「確かにそうだね。そうした方が伝わるのかもしれない」
 お兄様は呟くと私に向き直った。
「ルーシー、ありがとう。僕の尻拭いをしてくれて」

 ━━尻拭いだなんて、ヴィオお姉様との時間が嫌なものという表現になっているじゃない!?

 私はヴィオお姉様をちらりと見た。お姉様は冷たい目でお兄様を見ていた。やはり怒らせてしまったのかもしれない。
「尻拭いだなんてとんでもないですわ! なかなかお姉様と二人でお話する事もありませんでしたし、貴重な時間をいただけました」
 めいいっぱいのお世辞を言って誤魔化したけれど、お姉様の怒りはきっと収まらなかっただろう。

 私は気まずさのあまり席を立つことにした。
「お兄様、お姉様、せっかくのお二人のお時間を私が邪魔をするわけにはいきませんから、私はここで失礼しますね」
 そう言うと二人とも私を引き止めることはなかったから、私は早々にお茶の席を後にした。
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