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26-2 幸せ
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ベラは美しいものよりもかわいらしいものの方が好きだ。買い物をする時、彼女が最初に手に取るものは、いつも年若い少女が好みそうなかわいらしいデザインのものだった。雑貨やアクセサリー、お菓子に至るまで彼女はかわいらしいものを好んで集めていたように思う。
そんなベラの一番のお気に入りがエリナだった。大きくくりくりした瞳と少し丸みを帯びた輪郭の彼女は、幼くかわいらしい顔立ちをしていた。そして、ピンクのふわふわといた髪が彼女のかわいらしさを際立たせていた。
「エリナはお人形さんみたいでかわいらしくて羨ましいわ」
いつだったか、ベラがそんな風に、エリナのことを言っていたことがある。ベラとしては、愛らしく思うエリナのことを褒めただけの事だろう。
でも、それを聞いていた周囲の人間は当然、苦笑するほかなかった。
「確かにエリナも人形みたいだとは思うけど」
「至高の芸術品のような見た目をしたイザベラ嬢にそんな褒められ方をされてもねえ?」
人々はベラがいなくなった後、そんな風に言い合っていた。みんな、ベラの容姿の方が優れていると思っていたのだ。
でも、それを知らないベラは事ある毎にエリナを褒めていた。「エリナはよく笑って愛らしい」とか、「持ち物のセンスがいい」とか。あまり他人に興味を持たないベラが、エリナに対してだけは、よく言及していた。だから、そのうち誰もがエリナはベラのお気に入りなのだと理解した。
そして、エリナはフィリップに目をつけられた。フィリップはエリナを通してベラの目に映ろうとしたのだ。それに気づいていた人はほとんどいないと思う。でも、ベラやその周囲を常に観察していた俺には分かった。フィリップはエリナに構いながらも、ベラに視線を向け続けていたからだ。
しかし、ベラはそれに気づくことはなかった。それどころか、泣いたり怒ったりすることさえなかった。ベラはフィリップの浮気に対して何の反応を示さなかったのだ。
フィリップが公然の場で堂々とエリナといちゃつこうと、自分よりも高価なプレゼントをエリナに与えようと、ベラは何も言わない。それどころか、身の程をわきまえないエリナに対して批判の声があがると、それを庇ったくらいだ。
「しょうがないですよ。エリナはかわいいですから。男の人があのくらいの扱いをしたくなるものでしょう?」
落ち着いた様子でそう言ったベラに対して、誰もが信じられないと言いたげな目で見ていた。それは、俺もフィリップも同じだった。
ベラに遠回しなアプローチは通用しない。俺はあれを見てそう思った。俺ならはっきりと「君が好きだ」と言うのにとも。
しかし、フィリップはやり方を変えなかった。彼は意地になっていたのかもしれない。そして、彼らの向き合い方は変わることなく、卒業パーティで例のやり取りが起こった。
「エド、どうしました?」
ベラに声をかけられて我に返った。
「やっぱり美味しくなかったでしょうか」
「そんなことないよ」
少し心配性なところのある彼女のために、俺はクッキーを頬張った。
「今が幸せだなって思ってたら、ついぼんやりしちゃって」
「まあ」
ベラは笑った。
「私も今が幸せです」
そう言うと彼女はクッキーを口にした。
「ねえ、ベラ」
「はい」
「もし俺が、浮気したらどうする?」
突拍子のない質問に、ベラの顔が固まった。
「他に好きな人ができたんですか?」
カップを持った彼女の手が僅かに震えている。俺は頭を振った。
「そんなんじゃない」
「それじゃあ、どうしてこんな質問を?」
「昔を思い出していたら、ベラは浮気に寛容だなって思って」
少し毒づいてみたら、ベラは途端に顔を顰めた。
「・・・・・・やです」
上手く聞き取れなかった。
「何?」
「嫌です。エドが浮気するのは絶対に嫌!」
珍しくベラは声を荒げて怒っていた。
「エドが浮気をしたら私はきっと気が変になります。それこそ、お母様のように家の中をめちゃくちゃにしてしまいそうです」
不安気にそう言った彼女の手を俺は握った。
「大丈夫。そんなことにはならないよ。ベラ以上に魅力的な人がなんてこの世にはいないから」
「本当に?」
「うん。俺が好きなのはベラだけ」
そう言って額と額を合わせた。
「意地悪言ってごめんね」
「もう、こんな意地悪しないで下さい」
「うん」
それにしても、一つ気になったことがあった。
「モラン侯爵は浮気したことがあるの?」
あの真面目で愛妻家として知られる侯爵が浮気していたとはとても思えない。
「あ、違います。あれはお母様の勘違いで」
話を聞くと、思い込みの激しい侯爵夫人が、侯爵が浮気したと勘違いをして、とてつもなく暴れ回ったそうだ。
「それは大変だったね」
「でも、その後、なぜかお父様とお母様が前よりも仲が良くなって。・・・・・・愛ってよく分からないもので、難しいです」
それは俺ですらよく分からないと思ったけれど、口にしたら失礼になるから言わなかった。
そんなベラの一番のお気に入りがエリナだった。大きくくりくりした瞳と少し丸みを帯びた輪郭の彼女は、幼くかわいらしい顔立ちをしていた。そして、ピンクのふわふわといた髪が彼女のかわいらしさを際立たせていた。
「エリナはお人形さんみたいでかわいらしくて羨ましいわ」
いつだったか、ベラがそんな風に、エリナのことを言っていたことがある。ベラとしては、愛らしく思うエリナのことを褒めただけの事だろう。
でも、それを聞いていた周囲の人間は当然、苦笑するほかなかった。
「確かにエリナも人形みたいだとは思うけど」
「至高の芸術品のような見た目をしたイザベラ嬢にそんな褒められ方をされてもねえ?」
人々はベラがいなくなった後、そんな風に言い合っていた。みんな、ベラの容姿の方が優れていると思っていたのだ。
でも、それを知らないベラは事ある毎にエリナを褒めていた。「エリナはよく笑って愛らしい」とか、「持ち物のセンスがいい」とか。あまり他人に興味を持たないベラが、エリナに対してだけは、よく言及していた。だから、そのうち誰もがエリナはベラのお気に入りなのだと理解した。
そして、エリナはフィリップに目をつけられた。フィリップはエリナを通してベラの目に映ろうとしたのだ。それに気づいていた人はほとんどいないと思う。でも、ベラやその周囲を常に観察していた俺には分かった。フィリップはエリナに構いながらも、ベラに視線を向け続けていたからだ。
しかし、ベラはそれに気づくことはなかった。それどころか、泣いたり怒ったりすることさえなかった。ベラはフィリップの浮気に対して何の反応を示さなかったのだ。
フィリップが公然の場で堂々とエリナといちゃつこうと、自分よりも高価なプレゼントをエリナに与えようと、ベラは何も言わない。それどころか、身の程をわきまえないエリナに対して批判の声があがると、それを庇ったくらいだ。
「しょうがないですよ。エリナはかわいいですから。男の人があのくらいの扱いをしたくなるものでしょう?」
落ち着いた様子でそう言ったベラに対して、誰もが信じられないと言いたげな目で見ていた。それは、俺もフィリップも同じだった。
ベラに遠回しなアプローチは通用しない。俺はあれを見てそう思った。俺ならはっきりと「君が好きだ」と言うのにとも。
しかし、フィリップはやり方を変えなかった。彼は意地になっていたのかもしれない。そして、彼らの向き合い方は変わることなく、卒業パーティで例のやり取りが起こった。
「エド、どうしました?」
ベラに声をかけられて我に返った。
「やっぱり美味しくなかったでしょうか」
「そんなことないよ」
少し心配性なところのある彼女のために、俺はクッキーを頬張った。
「今が幸せだなって思ってたら、ついぼんやりしちゃって」
「まあ」
ベラは笑った。
「私も今が幸せです」
そう言うと彼女はクッキーを口にした。
「ねえ、ベラ」
「はい」
「もし俺が、浮気したらどうする?」
突拍子のない質問に、ベラの顔が固まった。
「他に好きな人ができたんですか?」
カップを持った彼女の手が僅かに震えている。俺は頭を振った。
「そんなんじゃない」
「それじゃあ、どうしてこんな質問を?」
「昔を思い出していたら、ベラは浮気に寛容だなって思って」
少し毒づいてみたら、ベラは途端に顔を顰めた。
「・・・・・・やです」
上手く聞き取れなかった。
「何?」
「嫌です。エドが浮気するのは絶対に嫌!」
珍しくベラは声を荒げて怒っていた。
「エドが浮気をしたら私はきっと気が変になります。それこそ、お母様のように家の中をめちゃくちゃにしてしまいそうです」
不安気にそう言った彼女の手を俺は握った。
「大丈夫。そんなことにはならないよ。ベラ以上に魅力的な人がなんてこの世にはいないから」
「本当に?」
「うん。俺が好きなのはベラだけ」
そう言って額と額を合わせた。
「意地悪言ってごめんね」
「もう、こんな意地悪しないで下さい」
「うん」
それにしても、一つ気になったことがあった。
「モラン侯爵は浮気したことがあるの?」
あの真面目で愛妻家として知られる侯爵が浮気していたとはとても思えない。
「あ、違います。あれはお母様の勘違いで」
話を聞くと、思い込みの激しい侯爵夫人が、侯爵が浮気したと勘違いをして、とてつもなく暴れ回ったそうだ。
「それは大変だったね」
「でも、その後、なぜかお父様とお母様が前よりも仲が良くなって。・・・・・・愛ってよく分からないもので、難しいです」
それは俺ですらよく分からないと思ったけれど、口にしたら失礼になるから言わなかった。
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