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25-1 私の好きな人は
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エドと再び乗馬の練習をすることができたのは、それから1ヶ月後のことだった。
エドはマーガレットに跨ると、私を前に乗せた。そんなことは初めてで、驚いていたら「モラン侯爵夫人の希望だから」とエドは言った。
「お母様ったら、エドに変なことを頼んだのですね」
「変なことだとは心外だな」
そう言って、エドは私のお腹を優しく抱いた。そして、マーガレットをゆっくりと歩かせる。
いつもは一人で乗っているのに、背中からエドの温もりを感じて不思議な気分だ。
「あの、やっぱり一人で乗りたいです」
「だめ。俺は夫人と約束したんだ。ベラも親孝行だと思って。ね?」
そう言われたら反抗することはできなかった。
マーガレットは穏やかで賢い子だ。だから恋愛小説のように、馬が突然暴れ始めるなんていうハプニングはない。ただ、ゆっくりと歩いていく。
「使用人から聞いたよ。エレナと会ったんだってね」
彼の表情を見ることができないから分からないけれど、きっと怒っているに違いない。
「勝手なことをしてごめんなさい」
「そんなことはないよ。彼女ともいずれは決着をつけないといけなかったから。ただ、報告はして欲しかったかな」
「ごめんなさい。気を付けます」
エリナのことは、エドに伝えた方が良いと思ってはいたけれど、そうするのは気が引けた。彼女の話していた内容は、突拍子のないことが多かったからだ。下手に話してしまったら、エリナが錯乱していると思われかねない。
「もしかして、エリナのことを気遣って話してくれなかったのかな?」
「はい」
「やっぱり・・・・・・。そんなことだろうと思ったよ」
エドは呆れたと言わんばかりにため息を吐いた。
それに対して、何だかその態度に腹が立った。
「そんなに、いけないことですか」
自分でも怒っているとはっきりと分かるくらい刺々しい口調だった。
「いいや。嫉妬しただけ。だからそんなに怒らないで?」
こんなことで喧嘩をしてもしょうがない。だから私は「はい」と答えた。
「嫌な言い方をしてごめん。話せる範囲でいいからエリナとどんな話をしたのか教えてくれないかな?」
私に気を遣っているのか、エドはとても穏やかな口調で言った。先程の子供じみた自分の反応が恥ずかしくなった。
私は反省の意味も込めて、いつも通り穏やかに話す。そして、エリナのためにも、余計なことを言わないように言葉を選んで慎重に語った。
「エリナが言うには、フィリップ様は私のことが好きなんだそうです。私はそうは思わないんですけど、フィリップ様の隣にいたエリナには分かるんだそうです。エドも、フィリップ様が私を好きだと思いますか?」
「そうだね」
間髪入れずに返事をされたから、私は思わず振り向いてフィリップ様を見た。
「そんなに動いたら危ないよ」
「あ、ごめんなさい」
私はエドに支えられながらゆっくりと前を向いた。
「私が鈍感過ぎるのかしら? 実は、アイラ嬢にも同じことを言われました」
「確かにベラは鈍いけど、あれはフィリップが悪いよ。フィリップのやつ、ベラに嫉妬していたんだ」
「そうなんですか」
嫌われていることは重々理解していたけれど、嫉妬されていたとは思わなかった。
「私の何がいけなかったんでしょう?」
「いけないことは何もないよ? ただ、ベラが容姿端麗で、何の授業でも成績が良いところが気に入らなかっただけだよ」
「容姿端麗?」
それは賛同しかねる。成績は確かに良かったけれど、容姿はそんなに良い方ではないと思う。
「ベラは綺麗なものより可愛いものの方が好きだよね」
突然、エドがそんなことを言った。エドの表情は見えないけれど、苦笑していそうな気がした。
「そうですね。どちらかといえば」
「知ってる? "氷の令嬢"っていうのは、称賛の意味があったことを。みんなはベラを見て、氷細工のように儚くて美しい見た目をしていると思っていたんだよ」
「そんなこと」
あるはずないと言い切る前に、エドが口を挟んだ。
「モラン侯爵夫人が嘆いていたよ? 『うちの娘は芸術が好きで審美眼は確かにありますの。でも、自分の美しさだけはまるで理解しないんです』って」
お母様ったら、エドになんてことを話しているのかしら。後で手紙に抗議の文章を書いて送ろう。
「怒ってる?」
「エドではなく、お母様にです。私の知らない所で恥ずかしいことをしないでいただきたいですわ」
「恥ずかしいことなんかじゃないよ。娘想いの良い母親じゃないか」
エドは笑って言った。全然笑い事じゃないのに。でも、こんな所で言い争っていたら、話が進まない。
「分かりました。私が美しいものだとしておきます。でも、私が悪くないのなら、どうしてフィリップ様は私に嫉妬したのでしょう」
「フィリップの頭が固いからさ。あれは前時代的な考えの持ち主でね。"女は男より前に出るべきではない"と考えているんだよ。だから、自分よりも優れた女を許せなかった。彼には変なプライドがあったのさ」
なるほど、私は知らない所でフィリップ様のプライドを傷付けていたらしい。
エドはマーガレットに跨ると、私を前に乗せた。そんなことは初めてで、驚いていたら「モラン侯爵夫人の希望だから」とエドは言った。
「お母様ったら、エドに変なことを頼んだのですね」
「変なことだとは心外だな」
そう言って、エドは私のお腹を優しく抱いた。そして、マーガレットをゆっくりと歩かせる。
いつもは一人で乗っているのに、背中からエドの温もりを感じて不思議な気分だ。
「あの、やっぱり一人で乗りたいです」
「だめ。俺は夫人と約束したんだ。ベラも親孝行だと思って。ね?」
そう言われたら反抗することはできなかった。
マーガレットは穏やかで賢い子だ。だから恋愛小説のように、馬が突然暴れ始めるなんていうハプニングはない。ただ、ゆっくりと歩いていく。
「使用人から聞いたよ。エレナと会ったんだってね」
彼の表情を見ることができないから分からないけれど、きっと怒っているに違いない。
「勝手なことをしてごめんなさい」
「そんなことはないよ。彼女ともいずれは決着をつけないといけなかったから。ただ、報告はして欲しかったかな」
「ごめんなさい。気を付けます」
エリナのことは、エドに伝えた方が良いと思ってはいたけれど、そうするのは気が引けた。彼女の話していた内容は、突拍子のないことが多かったからだ。下手に話してしまったら、エリナが錯乱していると思われかねない。
「もしかして、エリナのことを気遣って話してくれなかったのかな?」
「はい」
「やっぱり・・・・・・。そんなことだろうと思ったよ」
エドは呆れたと言わんばかりにため息を吐いた。
それに対して、何だかその態度に腹が立った。
「そんなに、いけないことですか」
自分でも怒っているとはっきりと分かるくらい刺々しい口調だった。
「いいや。嫉妬しただけ。だからそんなに怒らないで?」
こんなことで喧嘩をしてもしょうがない。だから私は「はい」と答えた。
「嫌な言い方をしてごめん。話せる範囲でいいからエリナとどんな話をしたのか教えてくれないかな?」
私に気を遣っているのか、エドはとても穏やかな口調で言った。先程の子供じみた自分の反応が恥ずかしくなった。
私は反省の意味も込めて、いつも通り穏やかに話す。そして、エリナのためにも、余計なことを言わないように言葉を選んで慎重に語った。
「エリナが言うには、フィリップ様は私のことが好きなんだそうです。私はそうは思わないんですけど、フィリップ様の隣にいたエリナには分かるんだそうです。エドも、フィリップ様が私を好きだと思いますか?」
「そうだね」
間髪入れずに返事をされたから、私は思わず振り向いてフィリップ様を見た。
「そんなに動いたら危ないよ」
「あ、ごめんなさい」
私はエドに支えられながらゆっくりと前を向いた。
「私が鈍感過ぎるのかしら? 実は、アイラ嬢にも同じことを言われました」
「確かにベラは鈍いけど、あれはフィリップが悪いよ。フィリップのやつ、ベラに嫉妬していたんだ」
「そうなんですか」
嫌われていることは重々理解していたけれど、嫉妬されていたとは思わなかった。
「私の何がいけなかったんでしょう?」
「いけないことは何もないよ? ただ、ベラが容姿端麗で、何の授業でも成績が良いところが気に入らなかっただけだよ」
「容姿端麗?」
それは賛同しかねる。成績は確かに良かったけれど、容姿はそんなに良い方ではないと思う。
「ベラは綺麗なものより可愛いものの方が好きだよね」
突然、エドがそんなことを言った。エドの表情は見えないけれど、苦笑していそうな気がした。
「そうですね。どちらかといえば」
「知ってる? "氷の令嬢"っていうのは、称賛の意味があったことを。みんなはベラを見て、氷細工のように儚くて美しい見た目をしていると思っていたんだよ」
「そんなこと」
あるはずないと言い切る前に、エドが口を挟んだ。
「モラン侯爵夫人が嘆いていたよ? 『うちの娘は芸術が好きで審美眼は確かにありますの。でも、自分の美しさだけはまるで理解しないんです』って」
お母様ったら、エドになんてことを話しているのかしら。後で手紙に抗議の文章を書いて送ろう。
「怒ってる?」
「エドではなく、お母様にです。私の知らない所で恥ずかしいことをしないでいただきたいですわ」
「恥ずかしいことなんかじゃないよ。娘想いの良い母親じゃないか」
エドは笑って言った。全然笑い事じゃないのに。でも、こんな所で言い争っていたら、話が進まない。
「分かりました。私が美しいものだとしておきます。でも、私が悪くないのなら、どうしてフィリップ様は私に嫉妬したのでしょう」
「フィリップの頭が固いからさ。あれは前時代的な考えの持ち主でね。"女は男より前に出るべきではない"と考えているんだよ。だから、自分よりも優れた女を許せなかった。彼には変なプライドがあったのさ」
なるほど、私は知らない所でフィリップ様のプライドを傷付けていたらしい。
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