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22-3 妃教育の合間に
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「私にはそうは思えませんわ」
アンリ伯爵夫人はそう言うとこめかみに手を当てた。
「どうしてです?」
「私には、あの子がそんな風に物を考えられる状態にはないと思うの。気が変になったようにしか見えないんですのよ」
「気が変に?」
「そうです。急に泣き始めたと思ったら、何かにビクビクし始める事があって。それに、寝ている時に『イザベラ様、ごめんなさい。許して下さい』ってうわ言を言うこともあるそうですのよ」
「それは確かに、病んでいるのかもしれませんね」
「そうなのです。だから、施設に入れて治療をしてあげた方がいいのではないかと思っているんですけど」
アンリ伯爵夫人の言葉を聞いて、医学の講師から聞いた言葉を思い出した。我が国の精神医学は、国際的に見て非常に遅れたものであると。そして、そういった施設に入ると二度と出てこれないのだという。
「それは早計では? そういった施設に入れる前に、私達にまだできることがあるかもしれません」
「それはどんなこと?」
施設に閉じ込められて一生を棒に振るなんて、エリナがあまりにもかわいそうだったからついそんなことを言ってしまった。でも、何かを考えついているわけではないから、私はしどろもどろになりながら説明をする。
「えっと・・・・・・。私に何かを誤解しているようですし、一度、話し合って見るのはどうでしょう?」
「でも、エリナをイザベラ様に引き合わせるのは外聞的にもよろしくないと思うのですが」
「そうですね。・・・・・・でも、夫人の助手兼荷物持ちの侍女としてなら、王子宮に連れてこられると思うんです」
夫人は顔を顰めた。
「王子宮にですか? 許可が得られるとは思えません」
「そんなことはありません。エリナは犯罪やそれに準じるような行為をしていませんから、許可は得られますよ」
「でも、元婚約者の愛人と王子宮で会うだなんて・・・・・・」
「エリナと会うと触れて回らなければ大丈夫です。王子宮には口の固い者しかいないとエドは言っていましたから」
「そう、ですか」
夫人は怪訝そうな顔で私を見ていた。腑に落ちないけれど、私がしつこくしていたから折れてくれたのだろう。
「イザベラ様、一つ伺っても?」
「ええ。どうぞ」
「イザベラ様はなぜ、エリナを助けてあげようと思うのですか」
夫人の質問に対して、私はすぐに返事をすることができなかった。
━━なぜかしら?
冷静になってみて、私が必死になってエリナを救おうとする理由が思いつかなかった。彼女を助けても得られる利益はない。むしろ、彼女と会うことによって不利益を被る可能性の方が高い。
「私、エリナのことは嫌いではないですし、同級生ですから」
必死になって絞り出した答えは、自分でもよく分からないものだった。
「そうですか」
アンリ伯爵夫人が戸惑っているのが伝わる。私の答えに納得していないのだろう。
でも、夫人は私とエリナを引き合わせることを約束してくれた。次の授業の時に、エリナを連れて来ることとなり、今日のお茶は、終わった。
※
それから3日後の芸術の授業の時、アンリ伯爵夫人は約束通りエリナを連れてきてくれた。授業の間、エリナは夫人の後ろに立ってじっとしていた。エリナは助手という名目で連れて来られたものの、実際に手伝う仕事などないのだ。
黙って立ちつくしているエリナの顔色は悪く、その表情も強張っていた。いつも元気で明るい彼女がこんなになるなんて、よほどのストレスを抱えているのだろう。
「というわけで、隣国のルネサンスにおいても・・・・・・、イザベラ様?」
「はい?」
「失礼ですが、先程から集中できていないように思います」
「ああ・・・・・・。ごめんなさい」
エリナの事が気になって、ついそちらばかりを見てしまっていた。
「今日の授業はここまでにしましょうか」
「え? でも、まだ予定の時間の半分も・・・・・・」
「イザベラ様は飲み込みが早いですから、スケジュールに余裕があります。1日くらい休んでも大丈夫です。それに、上の空で話を聞かれても身になりませんから」
「そうですね。すみません」
夫人は机に置いていた資料を鞄に詰め込んだ。
「私は少し席を外しますね。授業が終る予定の時間には戻りますので」
夫人は私に向かってそう言うと、エリナに向き合った。
「あなたも分かってはいると思うけれど、イザベラ様は王太子妃になるお方ですから。くれぐれも失礼のないように。それから、妙な事をすれば部屋の外にいる衛兵に切り捨てられても文句は言えないことを肝に銘じておきなさい」
「かしこまりました」
アンリ伯爵夫人は、エリナに脅しとも取れるような警告を残すと部屋を出て行った。
アンリ伯爵夫人はそう言うとこめかみに手を当てた。
「どうしてです?」
「私には、あの子がそんな風に物を考えられる状態にはないと思うの。気が変になったようにしか見えないんですのよ」
「気が変に?」
「そうです。急に泣き始めたと思ったら、何かにビクビクし始める事があって。それに、寝ている時に『イザベラ様、ごめんなさい。許して下さい』ってうわ言を言うこともあるそうですのよ」
「それは確かに、病んでいるのかもしれませんね」
「そうなのです。だから、施設に入れて治療をしてあげた方がいいのではないかと思っているんですけど」
アンリ伯爵夫人の言葉を聞いて、医学の講師から聞いた言葉を思い出した。我が国の精神医学は、国際的に見て非常に遅れたものであると。そして、そういった施設に入ると二度と出てこれないのだという。
「それは早計では? そういった施設に入れる前に、私達にまだできることがあるかもしれません」
「それはどんなこと?」
施設に閉じ込められて一生を棒に振るなんて、エリナがあまりにもかわいそうだったからついそんなことを言ってしまった。でも、何かを考えついているわけではないから、私はしどろもどろになりながら説明をする。
「えっと・・・・・・。私に何かを誤解しているようですし、一度、話し合って見るのはどうでしょう?」
「でも、エリナをイザベラ様に引き合わせるのは外聞的にもよろしくないと思うのですが」
「そうですね。・・・・・・でも、夫人の助手兼荷物持ちの侍女としてなら、王子宮に連れてこられると思うんです」
夫人は顔を顰めた。
「王子宮にですか? 許可が得られるとは思えません」
「そんなことはありません。エリナは犯罪やそれに準じるような行為をしていませんから、許可は得られますよ」
「でも、元婚約者の愛人と王子宮で会うだなんて・・・・・・」
「エリナと会うと触れて回らなければ大丈夫です。王子宮には口の固い者しかいないとエドは言っていましたから」
「そう、ですか」
夫人は怪訝そうな顔で私を見ていた。腑に落ちないけれど、私がしつこくしていたから折れてくれたのだろう。
「イザベラ様、一つ伺っても?」
「ええ。どうぞ」
「イザベラ様はなぜ、エリナを助けてあげようと思うのですか」
夫人の質問に対して、私はすぐに返事をすることができなかった。
━━なぜかしら?
冷静になってみて、私が必死になってエリナを救おうとする理由が思いつかなかった。彼女を助けても得られる利益はない。むしろ、彼女と会うことによって不利益を被る可能性の方が高い。
「私、エリナのことは嫌いではないですし、同級生ですから」
必死になって絞り出した答えは、自分でもよく分からないものだった。
「そうですか」
アンリ伯爵夫人が戸惑っているのが伝わる。私の答えに納得していないのだろう。
でも、夫人は私とエリナを引き合わせることを約束してくれた。次の授業の時に、エリナを連れて来ることとなり、今日のお茶は、終わった。
※
それから3日後の芸術の授業の時、アンリ伯爵夫人は約束通りエリナを連れてきてくれた。授業の間、エリナは夫人の後ろに立ってじっとしていた。エリナは助手という名目で連れて来られたものの、実際に手伝う仕事などないのだ。
黙って立ちつくしているエリナの顔色は悪く、その表情も強張っていた。いつも元気で明るい彼女がこんなになるなんて、よほどのストレスを抱えているのだろう。
「というわけで、隣国のルネサンスにおいても・・・・・・、イザベラ様?」
「はい?」
「失礼ですが、先程から集中できていないように思います」
「ああ・・・・・・。ごめんなさい」
エリナの事が気になって、ついそちらばかりを見てしまっていた。
「今日の授業はここまでにしましょうか」
「え? でも、まだ予定の時間の半分も・・・・・・」
「イザベラ様は飲み込みが早いですから、スケジュールに余裕があります。1日くらい休んでも大丈夫です。それに、上の空で話を聞かれても身になりませんから」
「そうですね。すみません」
夫人は机に置いていた資料を鞄に詰め込んだ。
「私は少し席を外しますね。授業が終る予定の時間には戻りますので」
夫人は私に向かってそう言うと、エリナに向き合った。
「あなたも分かってはいると思うけれど、イザベラ様は王太子妃になるお方ですから。くれぐれも失礼のないように。それから、妙な事をすれば部屋の外にいる衛兵に切り捨てられても文句は言えないことを肝に銘じておきなさい」
「かしこまりました」
アンリ伯爵夫人は、エリナに脅しとも取れるような警告を残すと部屋を出て行った。
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