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22-1 妃教育の合間に

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 婚約の発表のパーティから2ヶ月経った。季節はすっかり春になっている。私は、王子宮で妃教育を受けながら、穏やかな日々を過ごしている。

 私の悪評を広めようとしていたアイラ嬢とその父親の処分が決まったのは、婚約が発表されてから2週間程経った時だった。二人は高位貴族に対する殺人未遂の罪をはじめとする多くの罪状が言い渡されて、僻地への流刑となった。そして、マダール伯爵の爵位と領地も没収された。

 アイラ嬢とは、一度だけ面会の機会をもらえた。彼女の収容されている地下牢は、とてもかび臭く、じめじめとしていた。劣悪な環境に閉じ込められていたからだろう。アイラ嬢はひどく憔悴していた。
 でも、そんな彼女は私を見るなり目を吊り上げて怒鳴りつけてきた。

「一体、何の用? 私を笑いに来たの?」
 最早敵意を隠そうともせずに言う彼女に対して、私は首を振った。
「いいえ。一つだけ、どうしても気になることがあったからそれを聞きに来たんです」
 アイラ嬢は私の言葉に返事をしなかったけれど、私は話を続けた。
「どうして、私を憎んでいたんですか? あなたが好きだったのはエドではなくフィリップ様でしたよね? それなら、私ではなく、フィリップ様に愛されているエリナに嫉妬すると思うんです」
 アイラ嬢は学生時代から、エリナよりも私を嫌っていた。あの時はてっきり、友達が少なく庇ってくれる人のいない私になら物が言いやすいのだと思っていたのだけれど。今回の殺人未遂事件でそうではないとやっと気がついた。

「フィリップ様が愛しているのがエリナですって? ・・・・・・ぷっ、ははははは、はははは」
 突如として、アイラ嬢は狂ったように笑い出した。私は黙って彼女が落ち着くまで見守った。
 そして、アイラ嬢は一頻り笑い終えると、再び私を睨みつけた。
「本当に何も分かってないのね! フィリップ様はエリナを愛してなんかいないわ」

 ━━何を言っているのかしら?

 アイラ嬢の言葉を素直に受け入れられなかった。だって、エリナはいつでもどこでもフィリップ様の隣にいて、彼らはいつも楽しそうにしていたから。同級生のほとんどの人達は彼らのことを恋人だと認識していたくらいだ。
「あなたって本当に酷い人」
「どういう意味です?」
「あら? そうじゃない? 自分の婚約者の好意に気づかずに彼を狂わせておいて、自分は新しい男にのうのうと乗り換えるんだから」
 私は驚きのあまり言葉を失った。

 ━━フィリップ様が私を好き?

 そんなはずはない。彼は婚約者としての最低限の交流とエスコートはしてくれたけれど、私に対して好意を示してくれたことなどなかった。エリナにしていたように笑いかけてくれることも、デートをしてくれることもなかった。

 看守は怪訝そうな顔で私達を見ていた。このままアイラ嬢と話していたら、いらぬ誤解を与えてしまうかもしれないと思った。
「囚人の盲言です。まともに話をする気がないようですから、面会はおしまいにします」
 そう言って、私は地下牢から出て行った。







 そんなことがあったから、私の頭の中はフィリップ様のことでいっぱいになった。アイラ嬢の言っていたことは信じられないけれど、それでも彼女が嘘を吐いているようには思えなかった。
 仮にアイラ嬢の言っていたことが事実だったとしても。フィリップ様との婚約を解消され、エドと婚約した今となっては、もうどうすることもできない。

「ベラ、どうしたの?」
 マーガレットの手綱を引いて歩いているエドが言った。
「何でもないですよ」
 アイラ嬢から聞いたことを素直に言ってしまうのは気が引けた。
「それなら、ちゃんと集中して。落馬したらどうするんだい」
「ごめんなさい」
 私は手綱をしっかりと持って前を見た。

 今日は久しぶりの乗馬だった。乗馬と言っても、エドに補助してもらいながらマーガレットにゆっくりと歩いてもらうだけだ。恋愛小説のように、いきなり二人で乗馬して走るなんてことはできない。
「今日はこれくらいにしようか」
「ええ。そうしましょう」
 本当はもう少し乗馬の練習をしたかったのだけれど、妃教育の授業の時間が迫っている。
 エドに助けてもらって、マーガレットから降りた。
「乗馬も随分慣れてきてはいるけど、油断は禁物だよ。落馬したら死んでしまうことだってあるんだから」
 エドは再び真剣な顔で注意してきた。私は再度、謝罪の言葉を口にした。

 私が真剣に反省しているのが伝わったのだろう。エドは気を使って、私の乗馬技術が向上していると褒めてくれた。そして、この調子で行けば、もうすぐ短い距離を走らすこともできるだろうとも言っていた。
 私はマーガレットの頭を撫でた。彼女は私の手を優しく受け入れてくれる。

「ただ、俺はこれから忙しくなりそうだから、しばらくは乗馬の練習に付き合えなくなる」
 エドは寂しそうに言った。少し前から行っていた写真機の技術を他国に売り込む交渉を本格的に進めるらしい。話によると、エイメル公国が写真機に関心を持っているらしい。魔導技術が発達した公国なら、単純な商売の話ではなく、写真機の改良にも繋がるかもしれないとエドは考えているそうだ。
「寂しい」
 こんなことを言ったらエドを困らせるかもしれない。そう思っていたのについ口に出してしまった。
 でも、エドは気にするどころか喜んでいるようだった。
「なるべく早く商談を済ませられるようにするよ」
「はい。私もその間に妃教育を頑張ります」
「今日もこれから芸術の授業だっけ? ベラには難しくないと思うけど頑張ってね」
「はい」
 本当はもう少し話をしていたかったけれど、次の授業まで時間がない。私はエドに別れを告げて、授業の準備に向かった。
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