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18 初めてのプレゼント
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王宮を訪問してから3日が経った。私の家での引きこもり生活は相変わらず続いている。
「ベラ、頼まれていた物よ」
「ありがとうございます、お母様」
お母様からハンカチと刺繍糸を受け取ると私はすぐに机に向かった。
エドの瞳と同じ碧い糸を針に通して、ハンカチに刺繍を始めた。
「エドワード殿下に渡すの?」
「はい。馬をもらったお礼に」
「馬を?」
乗馬を教えてもらう約束をしたと言うと、お母様はとても驚いていた。
「あなたは本当に私の考えの及ばないことをするわね」
お母様の顔を横目で見たら、何とも言えない表情をしていた。
「呆れていますか?」
「そうね。でも、驚きの方が大きいわ。私は馬に一人で乗ってみたいだなんて思ったこともないから」
「そうですよね」
私はハンカチに再び視線を落とした。今のところ、綺麗に縫えている。
「せっかくだから、二人で一緒に乗ってみたら?」
お母様の言葉のせいで針を変な所に刺してしまった。針を抜き正しい位置に縫い付ける。
「よくあるシチュエーションだと思うの。良いでしょう?」
お母様は隣国の恋愛小説でよくあるシーンのことを言っているのだろう。馬に乗れない令嬢が、意中の紳士とともに馬に乗る。密着せざるを得ないから、令嬢の紳士に対する想いは高まるというお決まりの展開だ。
「そんなことを実際にしていたら下品だと思われますよ」
「何を今更? 女が馬に乗るんだからその前から下品だと言われるわ」
お母様の言っている事は明らかに正しくて、それ以上、反論の余地がない。
「そんなにエドワード殿下と一緒に乗るのが嫌なの? もしかして、殿下のことをまだ好きになれない?」
お母様は心配そうに聞いてきたから、私は針を持つ手を止めた。
「いえ。そういうわけでは。ただ、想像がつかなくて」
「想像?」
「私が恋愛小説に書いてあるようなことをするだなんて、どうしても思えないんです」
「それはどうかしら」
お母様は腕を組んだ。
「互いを愛し合っているのなら、時に思ってもみないことをするものよ。あの口下手で頭の固いお父様だって私のために詩を書いて贈ってくれていたんだから」
「お父様が?」
「ええ。とても情熱的に私への愛を表現してくれたわ」
全く想像がつかない。いつも冷静沈着で言葉数の少ないお父様が愛の詩を書くなんて・・・・・・。あ然としていると、お母様はくすくすと笑った。
「お父様とよく似たかわいいベラも、きっとそうなるわよ。愛は良い意味でも悪い意味でも人を狂わせるから」
そう言うとお母様は席を立った。明日参加するお茶会の準備があるらしい。
私はお母様を見送ると、部屋で一人、刺繍を続けた。
※
ハンカチの刺繍が完成したのは、次の日の昼過ぎだった。イニシャルと花の模様を少し添えたシンプルな装飾だけれど、エドは喜んでくれるかしら? 出来は悪くないと思うのだけれど、何だか不安になってきた。
とはいっても、私の技術ではこれ以上どうすることもできない。これで完成とするしかないのだ。私は自分にそう言い聞かせて、机の中にハンカチをしまった。
部屋の中に籠りっぱなしだったから、運動不足な気がする。気分転換を兼ねて庭を散歩しようと下に降りると、警官が来ていた。彼らは使用人の案内の下、お父様が待っているという応接室へと向かっていた。
案内をしていた者とは別の使用人に聞くと、彼らは今しがた来たばかりだそうだ。
━━事件の究明に進展があったのかしら?
そんなことを考えながらしばらく庭を歩いていると、使用人からエドが来たと告げられた。私は彼の待つ客間に向かう前に、自室からハンカチを持ってきた。
客間で待っていたエドは私を見るなりにこりと笑った。
「こんにちは。急にどうなさいました?」
「近くに用事があったから、帰りがけに寄ったんだ。迷惑だった?」
私は首を振った。
「そんなことないですわ。ただ急だったから驚いただけです」
私は彼の座るソファに腰をかけた。
「むしろ、来てもらえてありがたいです。渡したい物がありましたから」
「何かな?」
私はエドに刺繍を入れたハンカチを渡した。エドはハンカチを広げて、恥ずかしくなるくらい刺繍をまじまじと見つめている。
「ありがとう! 大事にするよ」
彼は顔を綻ばせて言った。こんなに喜んでもらえるとは思っていなかったから、どう反応していいのか分からない。
「どうしてプレゼントをしてくれたの?」
エドはそう言いながら刺繍の部分を指で撫でていた。
「マーガレットをくれたお礼です」
「なるほど。それでか」
エドはそう言うとハンカチを大事そうに畳んでポケットにしまった。
「ベラ、頼まれていた物よ」
「ありがとうございます、お母様」
お母様からハンカチと刺繍糸を受け取ると私はすぐに机に向かった。
エドの瞳と同じ碧い糸を針に通して、ハンカチに刺繍を始めた。
「エドワード殿下に渡すの?」
「はい。馬をもらったお礼に」
「馬を?」
乗馬を教えてもらう約束をしたと言うと、お母様はとても驚いていた。
「あなたは本当に私の考えの及ばないことをするわね」
お母様の顔を横目で見たら、何とも言えない表情をしていた。
「呆れていますか?」
「そうね。でも、驚きの方が大きいわ。私は馬に一人で乗ってみたいだなんて思ったこともないから」
「そうですよね」
私はハンカチに再び視線を落とした。今のところ、綺麗に縫えている。
「せっかくだから、二人で一緒に乗ってみたら?」
お母様の言葉のせいで針を変な所に刺してしまった。針を抜き正しい位置に縫い付ける。
「よくあるシチュエーションだと思うの。良いでしょう?」
お母様は隣国の恋愛小説でよくあるシーンのことを言っているのだろう。馬に乗れない令嬢が、意中の紳士とともに馬に乗る。密着せざるを得ないから、令嬢の紳士に対する想いは高まるというお決まりの展開だ。
「そんなことを実際にしていたら下品だと思われますよ」
「何を今更? 女が馬に乗るんだからその前から下品だと言われるわ」
お母様の言っている事は明らかに正しくて、それ以上、反論の余地がない。
「そんなにエドワード殿下と一緒に乗るのが嫌なの? もしかして、殿下のことをまだ好きになれない?」
お母様は心配そうに聞いてきたから、私は針を持つ手を止めた。
「いえ。そういうわけでは。ただ、想像がつかなくて」
「想像?」
「私が恋愛小説に書いてあるようなことをするだなんて、どうしても思えないんです」
「それはどうかしら」
お母様は腕を組んだ。
「互いを愛し合っているのなら、時に思ってもみないことをするものよ。あの口下手で頭の固いお父様だって私のために詩を書いて贈ってくれていたんだから」
「お父様が?」
「ええ。とても情熱的に私への愛を表現してくれたわ」
全く想像がつかない。いつも冷静沈着で言葉数の少ないお父様が愛の詩を書くなんて・・・・・・。あ然としていると、お母様はくすくすと笑った。
「お父様とよく似たかわいいベラも、きっとそうなるわよ。愛は良い意味でも悪い意味でも人を狂わせるから」
そう言うとお母様は席を立った。明日参加するお茶会の準備があるらしい。
私はお母様を見送ると、部屋で一人、刺繍を続けた。
※
ハンカチの刺繍が完成したのは、次の日の昼過ぎだった。イニシャルと花の模様を少し添えたシンプルな装飾だけれど、エドは喜んでくれるかしら? 出来は悪くないと思うのだけれど、何だか不安になってきた。
とはいっても、私の技術ではこれ以上どうすることもできない。これで完成とするしかないのだ。私は自分にそう言い聞かせて、机の中にハンカチをしまった。
部屋の中に籠りっぱなしだったから、運動不足な気がする。気分転換を兼ねて庭を散歩しようと下に降りると、警官が来ていた。彼らは使用人の案内の下、お父様が待っているという応接室へと向かっていた。
案内をしていた者とは別の使用人に聞くと、彼らは今しがた来たばかりだそうだ。
━━事件の究明に進展があったのかしら?
そんなことを考えながらしばらく庭を歩いていると、使用人からエドが来たと告げられた。私は彼の待つ客間に向かう前に、自室からハンカチを持ってきた。
客間で待っていたエドは私を見るなりにこりと笑った。
「こんにちは。急にどうなさいました?」
「近くに用事があったから、帰りがけに寄ったんだ。迷惑だった?」
私は首を振った。
「そんなことないですわ。ただ急だったから驚いただけです」
私は彼の座るソファに腰をかけた。
「むしろ、来てもらえてありがたいです。渡したい物がありましたから」
「何かな?」
私はエドに刺繍を入れたハンカチを渡した。エドはハンカチを広げて、恥ずかしくなるくらい刺繍をまじまじと見つめている。
「ありがとう! 大事にするよ」
彼は顔を綻ばせて言った。こんなに喜んでもらえるとは思っていなかったから、どう反応していいのか分からない。
「どうしてプレゼントをしてくれたの?」
エドはそう言いながら刺繍の部分を指で撫でていた。
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