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12 絵と写真

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 画材屋から出て、私達はレストランに向かった。エドが事前に予約してくれていたから、スムーズに個室へと案内された。

「エリナと再会するとは思っていなくてびっくりした」
 食事の最中、エドはそう言った。
「そうですね。元気そうでよかったです」
 エリナとは、卒業式の日以来、会っていなかった。彼女のことは、例のゴシップ紙でしか知らない。エリナとフィリップ様の婚約の話は難航してまとまっていないのだという。
 ただ、三流紙の出す眉唾物の話だから、そこに書かれていることが真実とは限らないのだけれど。

「元気、なのかな? フィリップと別れさせられたと聞いてるんだけど」
「え? そうなんですか」
 それは意外だった。エリナは器用な子で人柄の良い子だからマシュー公爵にも気に入られると思ったのに。
「社交界ではもっぱらの噂だよ」
「私はそんな話を聞いたことがないです」
 サロンやお茶会にはそれなりに参加していたはずなのに。
「きっとみんな気を遣ってベラの耳に入らないようにしてくれていたんじゃない?」
「そうなんですかね」
 せっかく社交活動をしていたのに、何の情報も得られていないなんて。自分の情報収集能力のなさに不甲斐なさを感じた。

「ベラ?」
 エドは心配そうに私を見ていた。
「ごめん、こんな話をするべきじゃなかったね」
 どうやらエドはエリナやフィリップ様の名前を聞いたから私の気が沈んだと思ったらしい。
「ううん。違うんです」
「気を使わなくていいよ。無理しないで」
「本当に大丈夫ですから」
 そう言っても、エドの心配は収まらなかったらしい。彼はそれ以上、エリナとフィリップ様との話をするのをやめた。私も彼らにそれ程興味がなかったから、追及することはなかった。







 食事を終えるとエドとともに私の家に戻った。応接室に彼を招くと、用意をしていたキャンバスを見せた。鋭い目で真っ直ぐ前を見つめながらお母様の肩に手を置くお父様と、椅子に座って優しく微笑む美しいお母様。この肖像画は、一年前に私が描いたものだった。
「比較的、上手に描けたと自分で思っている絵です」
「下手の横好きだなんて・・・・・・、謙虚にも程があるよ」
 エドはそう言って絵をじっくりと観察した。
「恥ずかしいですから、そんなに見ないで下さいませ」
「そんなこと言わないで。それにしても、モラン侯爵と夫人、そっくりだね。まるで二人を絵の中に閉じ込めたみたいだ」
「まあ、それは少し怖い表現ですね」
「あはは。そんなつもりはないんだよ。ただ、この絵を見ていたら、写真機の技術はまだまだだと思い知らされたんだ」

 エドは胸ポケットから例の写真機で取った写真を見せてくれた。自然公園の風景がモノクロではあるものの、その日のありのままを写し出している。
「ありのままを写せることが、写真機の強みだと思っていたんだけど、ベラの絵を見ていたらそうともいえないね」
「そうでしょうか?」
 私は首を傾げた。
「私はここまで短時間のうちに絵を描きあげることはできませんし、正確かと聞かれたらそうではない部分もありますから。そういった点では写真機の方が優れていますよ」
 私はもらった写真を手に取って真っ白いキャンバスに向かった。

「それに、写真はこうやって絵の参考にもなりますから」
 写真を見ながらキャンバスに鉛筆で線を描く。写真があるおかげでこうして家でも楽に絵が描ける。
 エドは私の肩越しにキャンバスに描かれる様を見ていた。
「絵は誰から習ったの?」
「家庭教師で、見習い画家の方に。教養の一環として習っていたんですけど、楽しくて。先生がいなくなってからもこうしてたまに描いているんです」
「へえ。そんなに好きなら画家としてデビューしたら? こんなに上手なんだからさ」
「エドはお世辞が上手ですね」
 私の言葉にエドは微笑んだ。

「折角だから、一枚撮っても?」
 エドは写真機を構えた。
「ええ。どうぞ」
 私は返事をしてエドに向き直った。
「自然体の君を撮りたい」
「自然体?」
「そう。絵を描いて?」
 私はキャンバスに向き直って再び線を入れていく。
 視界の端に写真機を手に持つエドが映る。何だか落ち着かない。

「撮られるって思ったら集中できなくなるものですね」
「そう?」
「はい」
 そう言っているとガシャンという音が鳴った。撮られるということは分かっていたのに、少しびっくりした。
「撮ったよ」
「ええ」
「今度現像したら見せるよ」
 別に自分の顔なんて見たくないからいらないのだけれど。でも、そんなことを言うのは不躾だから、私は黙って頷いた。
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