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28-1 昔の私
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お母様は私とジェシカを連れてお城を出た。「どこに行くのです?」って聞いたら、「お祖父様の所よ」と答えてくれた。お祖父様は優しいから好きだ。お祖父様に会えるのが嬉しくて、私は長い馬車旅も我慢していられた。
でも、辿り着いた先は、お祖父様の下ではなかった。「お祖父様は?」って聞いたら、お母様はとても「お祖父様の所には行けなくなったの」と言った。その時のお母様がとても悲しそうな顔をしていた。
私はお父様のような意地悪な人になりたくない。お母様の嫌がる事ばかり言って、気に入らない事があるとすぐに叩いてくる悪い人。お母様を救い出してくれるように、毎日神様にお願いをしているのに、私の願いはちっとも叶わない。神様も意地悪だ。
だから、せめて私だけでもお母様に優しくありたかった。お母様の嫌がる事は絶対にしない。そう思っていたから、私はお祖父様の下へ行けなくなった理由を聞かなかった。
私達が長い旅の果に辿り着いた所は、大きな山の中だった。山の麓の森を抜けると小さな村があったけれど、お母様はそこを避けているのか、山の中で生きる事を選んだ。
だから、私達は山の中の小屋で静かに暮らす事になったのだ。
「この地で幸せになりましょうね」
お母様はそう言って穏やかな笑みを浮かべた。久しぶりのお母様の笑顔が嬉しくて、私も笑って「はい」と答えた。すると、お母様は私の頭を撫でて言った。
「シア、あなたは"ジョルネスの娘"をやめなければならないの」
「どうしてですか?」
「そうしないと幸せになれないから」
お母様は寂しそうに笑うと言葉を続けた。
「あなたはいずれとても強くて素晴らしい力を手に入れる事になる。でも、それを使ってはだめ。絶対によ。分かった?」
素晴らしい力なら使ってもいいじゃないとは、言えなかった。私の目を見て言ったお母様は、いつにも増して真剣で、それでいて悲しそうだったからだ。
「分かりました。使いません」
私が言うと、お母様は「ありがとう」と言って抱きしめてくれた。
その日から、私は"ジョルネスの娘"をやめた。私は商人の娘シアリーズ・マクウェルと名乗る事になったのだ。
とは言っても、その名前を使うことはほとんどなかった。なぜなら、私は麓の村の人々と関わる事がなかったから。山に人が来ることはあまりなかったし、人が来たとしても私とジェシカは隠れるように言われていた。
お母様は外部の人間に私とジェシカが知られる事を酷く警戒していた。
だから、私はお母様の邪魔にならないように日中は外に出て遊ぶようになった。
最初は小屋付近で遊んでいたのだけれど、私の足は次第に山の麓の森にまで延びるようになった。
そこで私は、フェイに出会った。
「かわいらしいおチビちゃん」
森の中で花を摘んで遊んでいると背後から声をかけられた。振り返ると、絵本で見た妖精が・・・・・・。ううん。絵本の挿絵に描かれたものより何倍も美しい妖精がそこにいた。
「こんな所で何をしているの?」
「お花を摘んでいるのよ。それより、私は『おチビちゃん』じゃなくて、シアリーズよ。妖精さん」
「シアリーズ? 素敵な名前ね。私にも『妖精さん』じゃなくてフェイっていう立派な名前があるの」
フェイは不敵な笑みを浮かべて言った。彼女は愛らしい見た目に反して負けん気が強いらしい。
「そうなのね。よろしく、フェイ」
フェイに握手をしたくて手を差し出したら首を傾げられた。
「どうしたの? 手なんか出して。何か欲しいの?」
「違うわ。握手よ」
「アクシュ?」
どうやらフェイは握手を知らないらしい。
「手を握り合う挨拶よ。『これから仲良くしましょう』って意味があるのよ」
「なるほど、それが人間の友好の挨拶なのね」
フェイはそう言うと私の指を小さな両手で握りしめた。
「これで私達は友達?」
フェイの言葉に、私は間髪入れずに頷いた。こんなにも美しい生き物と友達になれるなんて、とても名誉な事だと思ったからだ。
「嬉しい! これからよろしくね。シアリーズ」
フェイは私の頬に飛びついてきた。
それから、私達が大の仲良しになるまでに、それほど多くの時間はかからなかった。
フェイは人間の遊びに興味があって、私の提案する遊びを積極的に受け入れてくれた。花冠や押し花作りといった、私からすればどうということのない遊びに彼女はとても喜んでくれた。
だから、私はフェイと遊ぶのが楽しかった。彼女に会うために足繁く森に通っているうちに、フェイは私を愛称で呼ぶようになった。そして、私は今まで誰にも言えなかった心の内をフェイに話すようになっていったのだ。
でも、辿り着いた先は、お祖父様の下ではなかった。「お祖父様は?」って聞いたら、お母様はとても「お祖父様の所には行けなくなったの」と言った。その時のお母様がとても悲しそうな顔をしていた。
私はお父様のような意地悪な人になりたくない。お母様の嫌がる事ばかり言って、気に入らない事があるとすぐに叩いてくる悪い人。お母様を救い出してくれるように、毎日神様にお願いをしているのに、私の願いはちっとも叶わない。神様も意地悪だ。
だから、せめて私だけでもお母様に優しくありたかった。お母様の嫌がる事は絶対にしない。そう思っていたから、私はお祖父様の下へ行けなくなった理由を聞かなかった。
私達が長い旅の果に辿り着いた所は、大きな山の中だった。山の麓の森を抜けると小さな村があったけれど、お母様はそこを避けているのか、山の中で生きる事を選んだ。
だから、私達は山の中の小屋で静かに暮らす事になったのだ。
「この地で幸せになりましょうね」
お母様はそう言って穏やかな笑みを浮かべた。久しぶりのお母様の笑顔が嬉しくて、私も笑って「はい」と答えた。すると、お母様は私の頭を撫でて言った。
「シア、あなたは"ジョルネスの娘"をやめなければならないの」
「どうしてですか?」
「そうしないと幸せになれないから」
お母様は寂しそうに笑うと言葉を続けた。
「あなたはいずれとても強くて素晴らしい力を手に入れる事になる。でも、それを使ってはだめ。絶対によ。分かった?」
素晴らしい力なら使ってもいいじゃないとは、言えなかった。私の目を見て言ったお母様は、いつにも増して真剣で、それでいて悲しそうだったからだ。
「分かりました。使いません」
私が言うと、お母様は「ありがとう」と言って抱きしめてくれた。
その日から、私は"ジョルネスの娘"をやめた。私は商人の娘シアリーズ・マクウェルと名乗る事になったのだ。
とは言っても、その名前を使うことはほとんどなかった。なぜなら、私は麓の村の人々と関わる事がなかったから。山に人が来ることはあまりなかったし、人が来たとしても私とジェシカは隠れるように言われていた。
お母様は外部の人間に私とジェシカが知られる事を酷く警戒していた。
だから、私はお母様の邪魔にならないように日中は外に出て遊ぶようになった。
最初は小屋付近で遊んでいたのだけれど、私の足は次第に山の麓の森にまで延びるようになった。
そこで私は、フェイに出会った。
「かわいらしいおチビちゃん」
森の中で花を摘んで遊んでいると背後から声をかけられた。振り返ると、絵本で見た妖精が・・・・・・。ううん。絵本の挿絵に描かれたものより何倍も美しい妖精がそこにいた。
「こんな所で何をしているの?」
「お花を摘んでいるのよ。それより、私は『おチビちゃん』じゃなくて、シアリーズよ。妖精さん」
「シアリーズ? 素敵な名前ね。私にも『妖精さん』じゃなくてフェイっていう立派な名前があるの」
フェイは不敵な笑みを浮かべて言った。彼女は愛らしい見た目に反して負けん気が強いらしい。
「そうなのね。よろしく、フェイ」
フェイに握手をしたくて手を差し出したら首を傾げられた。
「どうしたの? 手なんか出して。何か欲しいの?」
「違うわ。握手よ」
「アクシュ?」
どうやらフェイは握手を知らないらしい。
「手を握り合う挨拶よ。『これから仲良くしましょう』って意味があるのよ」
「なるほど、それが人間の友好の挨拶なのね」
フェイはそう言うと私の指を小さな両手で握りしめた。
「これで私達は友達?」
フェイの言葉に、私は間髪入れずに頷いた。こんなにも美しい生き物と友達になれるなんて、とても名誉な事だと思ったからだ。
「嬉しい! これからよろしくね。シアリーズ」
フェイは私の頬に飛びついてきた。
それから、私達が大の仲良しになるまでに、それほど多くの時間はかからなかった。
フェイは人間の遊びに興味があって、私の提案する遊びを積極的に受け入れてくれた。花冠や押し花作りといった、私からすればどうということのない遊びに彼女はとても喜んでくれた。
だから、私はフェイと遊ぶのが楽しかった。彼女に会うために足繁く森に通っているうちに、フェイは私を愛称で呼ぶようになった。そして、私は今まで誰にも言えなかった心の内をフェイに話すようになっていったのだ。
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