上 下
44 / 57

28-1 昔の私

しおりを挟む
 お母様は私とジェシカを連れてお城を出た。「どこに行くのです?」って聞いたら、「お祖父様の所よ」と答えてくれた。お祖父様は優しいから好きだ。お祖父様に会えるのが嬉しくて、私は長い馬車旅も我慢していられた。
 でも、辿り着いた先は、お祖父様の下ではなかった。「お祖父様は?」って聞いたら、お母様はとても「お祖父様の所には行けなくなったの」と言った。その時のお母様がとても悲しそうな顔をしていた。
 私はお父様のような意地悪な人になりたくない。お母様の嫌がる事ばかり言って、気に入らない事があるとすぐに叩いてくる悪い人。お母様を救い出してくれるように、毎日神様にお願いをしているのに、私の願いはちっとも叶わない。神様も意地悪だ。
 だから、せめて私だけでもお母様に優しくありたかった。お母様の嫌がる事は絶対にしない。そう思っていたから、私はお祖父様の下へ行けなくなった理由を聞かなかった。

 私達が長い旅の果に辿り着いた所は、大きな山の中だった。山の麓の森を抜けると小さな村があったけれど、お母様はそこを避けているのか、山の中で生きる事を選んだ。
 だから、私達は山の中の小屋で静かに暮らす事になったのだ。
「この地で幸せになりましょうね」
 お母様はそう言って穏やかな笑みを浮かべた。久しぶりのお母様の笑顔が嬉しくて、私も笑って「はい」と答えた。すると、お母様は私の頭を撫でて言った。
「シア、あなたは"ジョルネスの娘"をやめなければならないの」
「どうしてですか?」
「そうしないと幸せになれないから」
 お母様は寂しそうに笑うと言葉を続けた。
「あなたはいずれとても強くて素晴らしい力を手に入れる事になる。でも、それを使ってはだめ。絶対によ。分かった?」
 素晴らしい力なら使ってもいいじゃないとは、言えなかった。私の目を見て言ったお母様は、いつにも増して真剣で、それでいて悲しそうだったからだ。
「分かりました。使いません」
 私が言うと、お母様は「ありがとう」と言って抱きしめてくれた。

 その日から、私は"ジョルネスの娘"をやめた。私は商人の娘シアリーズ・マクウェルと名乗る事になったのだ。
 とは言っても、その名前を使うことはほとんどなかった。なぜなら、私は麓の村の人々と関わる事がなかったから。山に人が来ることはあまりなかったし、人が来たとしても私とジェシカは隠れるように言われていた。
 お母様は外部の人間に私とジェシカが知られる事を酷く警戒していた。

 だから、私はお母様の邪魔にならないように日中は外に出て遊ぶようになった。 
 最初は小屋付近で遊んでいたのだけれど、私の足は次第に山の麓の森にまで延びるようになった。
 そこで私は、フェイに出会った。

「かわいらしいおチビちゃん」
 森の中で花を摘んで遊んでいると背後から声をかけられた。振り返ると、絵本で見た妖精が・・・・・・。ううん。絵本の挿絵に描かれたものより何倍も美しい妖精がそこにいた。
「こんな所で何をしているの?」
「お花を摘んでいるのよ。それより、私は『おチビちゃん』じゃなくて、シアリーズよ。妖精さん」
「シアリーズ? 素敵な名前ね。私にも『妖精さん』じゃなくてフェイっていう立派な名前があるの」
 フェイは不敵な笑みを浮かべて言った。彼女は愛らしい見た目に反して負けん気が強いらしい。
「そうなのね。よろしく、フェイ」
 フェイに握手をしたくて手を差し出したら首を傾げられた。
「どうしたの? 手なんか出して。何か欲しいの?」
「違うわ。握手よ」
「アクシュ?」
 どうやらフェイは握手を知らないらしい。
「手を握り合う挨拶よ。『これから仲良くしましょう』って意味があるのよ」
「なるほど、それが人間の友好の挨拶なのね」
 フェイはそう言うと私の指を小さな両手で握りしめた。
「これで私達は友達?」
 フェイの言葉に、私は間髪入れずに頷いた。こんなにも美しい生き物と友達になれるなんて、とても名誉な事だと思ったからだ。
「嬉しい! これからよろしくね。シアリーズ」
 フェイは私の頬に飛びついてきた。

 それから、私達が大の仲良しになるまでに、それほど多くの時間はかからなかった。
 フェイは人間の遊びに興味があって、私の提案する遊びを積極的に受け入れてくれた。花冠や押し花作りといった、私からすればどうということのない遊びに彼女はとても喜んでくれた。
 だから、私はフェイと遊ぶのが楽しかった。彼女に会うために足繁く森に通っているうちに、フェイは私を愛称で呼ぶようになった。そして、私は今まで誰にも言えなかった心の内をフェイに話すようになっていったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

リアンの白い雪

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
その日の朝、リアンは婚約者のフィンリーと言い合いをした。 いつもの日常の、些細な出来事。 仲直りしていつもの二人に戻れるはずだった。 だがその後、二人の関係は一変してしまう。 辺境の地の砦に立ち魔物の棲む森を見張り、魔物から人を守る兵士リアン。 記憶を失くし一人でいたところをリアンに助けられたフィンリー。 二人の未来は? ※全15話 ※本作は私の頭のストレッチ第二弾のため感想欄は開けておりません。 (全話投稿完了後、開ける予定です) ※1/29 完結しました。 感想欄を開けさせていただきます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

役立たずの私はいなくなります。どうぞお幸せに

Na20
恋愛
夫にも息子にも義母にも役立たずと言われる私。 それなら私はいなくなってもいいですよね? どうぞみなさんお幸せに。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから

gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。

処理中です...