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26-3 何があっても離婚しない

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 部屋の外にいた宿の使用人は俺を見ると胸を撫で下ろした。
「良かった、いらっしゃったんですね。第二王子殿下の使いの方が」
 そこまで彼女が言ったところで、俺は扉を閉めた。彼女は俺の動作を気にすることはなく、話を続ける。
「いらっしゃいまして、『カルベーラ様にお伝えしたい事があるから来て欲しい』とおっしゃっていました」
「分かった。そいつはどこにいる?」
「ご案内致します」
 彼女に導かれるまま、俺は彼女の後に続いた。
 連れてこられた場所はエントランスで、そこのソファに見知った初老の男が座っていた。
 彼は第二王子が使用人の中で最も信頼している者だった。口が固く強い忠誠心を持った男。
 そいつが俺に一体、何を伝えに来たのだろうか。
「カルベーラ卿、お久しぶりでございます」
 男は立ち上がると恭しく挨拶をしてきた。
「ああ。久しぶりだな」
 俺は彼の対面のソファに腰を掛ける。
「それで。要件は?」
「グレアム殿下がカルベーラ卿と奥様と共に今晩の食事を召し上がりたいとおっしゃっております」
「だめだ」
 俺はぴしゃりと言った。

 第二王子にはこれまで様々な所で世話になってきた。彼は俺に好意的で、癖のある奴ではあるが、貴族にしてはいい人間だとは思う。
 だが、奴は女に対しては手が早い。あいつに泣かされた女は、俺が知るだけでも数え切れない程いる。
 俺はそんな奴をシアに関わらせたくなかった。
「妻は体調が悪いんだ。俺一人で行く」
「かしこまりました」
「妻に出かけると言ってくる。少し待っていてくれ」
 俺は部屋に戻るとシアに、第二王子と食事に行く事を伝えた。そして、再びエントランスに戻ると、俺は第二王子の使いの男に連れられて、第二王子のいる離宮へと向かった。



 第二王子のいる離宮はいつ来ても落ち着かない場所だった。そこは余りにも豪奢で、王宮の次に、王がいるに相応しい場所に思えた。
「待っていたよ、アンドリュー」
 わざわざ入口の前まで迎えに出た第二王子は、馴れ馴れしく俺の名前を呼んだ。
「お久しぶりですね、王子殿下」
 嫌味を込めて礼儀正しく言えば、第二王子はいけ好かない笑みを浮かべた。
「やだなあ。水臭い。昔みたいに"グレイ"と呼んでくれよ。もっと砕けた口調でさ?」
「それなら、『シアに会いたい』だなんてぬかすのはやめろ」
「ええ? 俺は君の恋のキューピットなのにさ」
 第二王子は口を尖らせて言うと、食堂へと歩き始めた。

 第二王子との付き合いは、かれこれ10年程になる。当時15歳になり、傭兵稼業を始めたばかりの俺を、第二王子が護衛として雇ったのだ。
 第二王子はその当時、グレイと名乗っていて、なぜかその身分を隠して各地を巡回していた。
 俺が彼が王族である事を知ったのは彼に雇われてから2年経った頃だった。一緒に過ごした2年もの間、俺は彼を平民だと信じて疑わなかった。事実を知って驚く俺を第二王子は笑った。
「こんなに一緒にいたのに気付かないなんて。アンドリューは鈍いね」
 彼はそう言って、何の実績もなかった俺を護衛として雇った理由を教えてくれた。

 第二王子は万が一の時のために、俺を自分の替え玉として使うつもりだったのだという。
 当時の俺は「年の割に大人びている」と言われていた。実年齢よりも10歳程、上に見られていたのだ。
 その上、あの当時の俺のがたいは今ほどは良くなくて、第二王子と背格好がよく似ていた。さらに、俺達は、浅黒い肌に黒い目と髪という共通点があった。
 つまり、当時の俺とグレイは、遠目から見れば見分けがつかない程、とてもよく似ていたのだ。

「いざという時のために替え玉として雇ったんだ。ただ、君は思ったよりも武術に秀でていたから・・・・・・。捨て駒にするには余りにも勿体ないと思った。だから、これからも付き合いを続けていこうと考えている」
 第二王子は屈託のない笑顔でそう言うと、金貨の詰め込んだ袋を差し出してきた。俺はそれをひったくると「もう二度と関わりあわない」と言った。負け惜しみなどではなく、当時の俺は、本当にもう二度と第二王子とは関わりあうつもりはなかった。
 でも、不思議な事に彼との縁は切れることはなかった。俺が窮地に陥ると時に、あいつは偶然にも居合わせる事が多かった。そうして俺に恩を売って去っていったかと思えば、俺が第二王子の面倒事を処理したことが何度もある。
 だから、俺達は今現在も付かず離れずの関係が続いているのだが・・・・・・。

「それより、王都に来たのなら連絡をよこしてくれたっていいだろう? 何でカーライル伝いに知らないといけないのさ」
 食堂に着くや否や第二王子が言った。
「カーライル?」
 どこかで聞いた事があるような名前だ。
「俺の弟だよ。第三王子! 今日、仕立て屋で会ったんだろう? 名前くらい覚えてやってくれ」
 言われて見て、シアの妹の隣りに立っていた男の事を思い出した。
 俺とそう年の変わらないであろうあの優男は、値踏みするような目で俺を見ていた。貴族からそんな目で見られることには慣れているが、あの時は少し不愉快だった。

 ━━まるで俺がシアの旦那に相応しくないとでも言いたげな目だった。

「アンドリュー? いつにも増して顔が怖いよ」
 第二王子はヘラヘラと笑いながら言うと席に着いた。俺も彼に倣い、用意されていた椅子に座った。
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