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24 瞳の宝石
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宝石商の店は、仕立て屋からそれ程離れていない場所にあった。そこも王都の一等地で、その外観は、入るのを躊躇うほど、上品で豪華な雰囲気があった。
店の中に入ってもその印象は変わらない。この商店の客層は大貴族だ。宝石を見るまでもなく、置いてある家具や美術品からそう推察ができるほど、高価な物で溢れていた。
「まあ! カルベーラ卿、お久しぶりです」
老年の夫人がアンドリュー卿に挨拶をする。
「ああ。久しぶりだな」
「王都にいらっしゃることを教えて下さいましたらこちらから伺いましたのに」
夫人はそんな事を言いながら、私達を個室へと案内した。
「妻の服に似合う装飾を用意してくれ」
ソファに座るや否や、アンドリュー卿は言った。雑談もなしにいきなり用件を言うなんて、失礼だ。しかも、要求が漠然としている。これでは、相手を困らせてしまうだろう。
でも、夫人は気にした様子もなく「いくつか良いものを見繕って参ります」と言って部屋を出ていった。
その間に、お茶を出された。私達が黙ってそれを飲んでいると夫人が宝石箱を持って帰ってきた。
「こちらが今、当店にある物の中でも一級のジュエリーでして」
開かれた宝石箱の中には、沢山のイヤリングやネックレス、指輪が入っていた。どれも大きくて眩いほどの輝きを放つ宝石が付けられていて、見るからに高価なものだと分かる。
「これら全て、カルベーラ卿が結婚の際、奥様にプレゼントなさったネックレスと相違無い程の価値がございますわ。きっと、カルベーラ卿の満足される物が見つかるに違いありません」
夫人の言葉に飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
━━アンドリュー卿ったら、仕立て屋でのやり取りで何も学ばなかったの?
結婚の時にもらったあのダイヤのネックレスとイヤリングは、とてつもない程の価値のあるものだ。それくらいは宝石に詳しくない私でも分かる。あれを売れば、田舎の領地であれば丸々一つ買えるだろう。
それと同じ価値の物なんて私には必要ない。私はもう、高価な物をもらいたくなかった。
「気に入ったものはないのか?」
非難の目を向けていたせいだろう。アンドリュー卿は私に向かってそう言った。
「普段使いのものを欲しいんです。あまり高価な物だと、・・・・・・ねぇ?」
夫人の目もあるから、安いものにして欲しいとははっきりと言えない。
「金のことなら本当に心配いらない」
アンドリュー卿は相変わらず不機嫌そうに言う。
でも、彼の言っていることは本当にそうなんだろうか。いくら英雄とはいえ、平民出身のアンドリュー卿が、そんなに沢山のお金を持っていると思えない。
「ちゃんとよく見てみろ」
私の考えをよそに、アンドリュー卿は宝石箱の中を漁り始めた。
「これなんかどうだ?」
そう言って彼が手に取ったネックレスに、私は目が離せなかった。
そのネックレスには、大きなアメジストが付いていた。カットの仕方が巧妙なのか、光に当たるときらきら輝いて美しかった。
「綺麗ね・・・・・・」
まるでフェイの紫色の瞳のようだ。そう思ったら、自然と口から言葉が漏れた。
「まあ! お目が高いですわ。奥様、ぜひ、試着なさって下さい」
「え?」
止める間もなく、店員が私の髪を持ち上げ、その隙に夫人が私の首にネックレスをかけた。
「とてもお似合いですよ。今日のドレスともピッタリ!」
そう言いながら鏡を差し出してきた。夫人の言う通り、赤いドレスに馴染んでいる。ネックレス単体で見た時には豪奢過ぎるように見えたけれど、着けてみればとても洗練された上品な物に思えた。
「本当によく似合ってるよ」
アンドリュー卿は微笑を浮かべていた。笑顔の彼を見るのは久しぶりだ。
「これを買うよ」
アンドリュー卿の顔を見惚れていたら、彼がネックレスを買うと言ってしまった。
「かしこまりました。折角ですから、そのままお召になってはいかがでしょうか」
「そうだな」
アンドリュー卿が上機嫌に返事をしたものだから、今更「買わなくていい」とは言えなかった。
「他の物はよろしいのでしょうか」
夫人の言葉にアンドリュー卿は再び宝石箱を見た。私はそんな彼を慌てて制止する。
「もういいわ。このネックレスだけで十分よ」
「いや、どうせならもう一つくらい買おう」
「でも」
「ああ・・・・・・、これがいい」
そう言ってアンドリュー卿は、翡翠の指輪を手に取った。
「指輪ですか? 奥様の指に合うでしょうか」
夫人に試着を促されて、アンドリュー卿は私の指に指輪を嵌めた。指輪は私の指には大きくてぶかぶかだった。
「もう一回りほど小さいサイズですね。サイズを合わせますので・・・・・・」
「いや、いい」
「ですが、このままですと、奥様の指には入りませんよ?」
「ああ。でも、これは別の奴に贈るものだから」
━━別の奴?
アンドリュー卿は、さらりととんでもないことを言った。こんな高価な物を一体誰に贈るつもりなんだろう?
同じことを夫人も思ったようで、一瞬、顔がひきつっていた。
「そう、ですか・・・・・・」
夫人は困ったように返事をして、指輪をケースに仕舞った。
戸惑う私達を気にする様子もなく、アンドリュー卿は「他に欲しいものはないか」と聞いてきた。
「・・・・・・いいえ」
さっきの発言が気になってしまって、私は上の空で返事をした。
「そうか。なら、支払いを済ませてくるからシアは先に馬車に戻っていてくれ」
「・・・・・・はい」
私はもやもやとした気持ちを胸に抱きながら、馬車に戻った。
店の中に入ってもその印象は変わらない。この商店の客層は大貴族だ。宝石を見るまでもなく、置いてある家具や美術品からそう推察ができるほど、高価な物で溢れていた。
「まあ! カルベーラ卿、お久しぶりです」
老年の夫人がアンドリュー卿に挨拶をする。
「ああ。久しぶりだな」
「王都にいらっしゃることを教えて下さいましたらこちらから伺いましたのに」
夫人はそんな事を言いながら、私達を個室へと案内した。
「妻の服に似合う装飾を用意してくれ」
ソファに座るや否や、アンドリュー卿は言った。雑談もなしにいきなり用件を言うなんて、失礼だ。しかも、要求が漠然としている。これでは、相手を困らせてしまうだろう。
でも、夫人は気にした様子もなく「いくつか良いものを見繕って参ります」と言って部屋を出ていった。
その間に、お茶を出された。私達が黙ってそれを飲んでいると夫人が宝石箱を持って帰ってきた。
「こちらが今、当店にある物の中でも一級のジュエリーでして」
開かれた宝石箱の中には、沢山のイヤリングやネックレス、指輪が入っていた。どれも大きくて眩いほどの輝きを放つ宝石が付けられていて、見るからに高価なものだと分かる。
「これら全て、カルベーラ卿が結婚の際、奥様にプレゼントなさったネックレスと相違無い程の価値がございますわ。きっと、カルベーラ卿の満足される物が見つかるに違いありません」
夫人の言葉に飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
━━アンドリュー卿ったら、仕立て屋でのやり取りで何も学ばなかったの?
結婚の時にもらったあのダイヤのネックレスとイヤリングは、とてつもない程の価値のあるものだ。それくらいは宝石に詳しくない私でも分かる。あれを売れば、田舎の領地であれば丸々一つ買えるだろう。
それと同じ価値の物なんて私には必要ない。私はもう、高価な物をもらいたくなかった。
「気に入ったものはないのか?」
非難の目を向けていたせいだろう。アンドリュー卿は私に向かってそう言った。
「普段使いのものを欲しいんです。あまり高価な物だと、・・・・・・ねぇ?」
夫人の目もあるから、安いものにして欲しいとははっきりと言えない。
「金のことなら本当に心配いらない」
アンドリュー卿は相変わらず不機嫌そうに言う。
でも、彼の言っていることは本当にそうなんだろうか。いくら英雄とはいえ、平民出身のアンドリュー卿が、そんなに沢山のお金を持っていると思えない。
「ちゃんとよく見てみろ」
私の考えをよそに、アンドリュー卿は宝石箱の中を漁り始めた。
「これなんかどうだ?」
そう言って彼が手に取ったネックレスに、私は目が離せなかった。
そのネックレスには、大きなアメジストが付いていた。カットの仕方が巧妙なのか、光に当たるときらきら輝いて美しかった。
「綺麗ね・・・・・・」
まるでフェイの紫色の瞳のようだ。そう思ったら、自然と口から言葉が漏れた。
「まあ! お目が高いですわ。奥様、ぜひ、試着なさって下さい」
「え?」
止める間もなく、店員が私の髪を持ち上げ、その隙に夫人が私の首にネックレスをかけた。
「とてもお似合いですよ。今日のドレスともピッタリ!」
そう言いながら鏡を差し出してきた。夫人の言う通り、赤いドレスに馴染んでいる。ネックレス単体で見た時には豪奢過ぎるように見えたけれど、着けてみればとても洗練された上品な物に思えた。
「本当によく似合ってるよ」
アンドリュー卿は微笑を浮かべていた。笑顔の彼を見るのは久しぶりだ。
「これを買うよ」
アンドリュー卿の顔を見惚れていたら、彼がネックレスを買うと言ってしまった。
「かしこまりました。折角ですから、そのままお召になってはいかがでしょうか」
「そうだな」
アンドリュー卿が上機嫌に返事をしたものだから、今更「買わなくていい」とは言えなかった。
「他の物はよろしいのでしょうか」
夫人の言葉にアンドリュー卿は再び宝石箱を見た。私はそんな彼を慌てて制止する。
「もういいわ。このネックレスだけで十分よ」
「いや、どうせならもう一つくらい買おう」
「でも」
「ああ・・・・・・、これがいい」
そう言ってアンドリュー卿は、翡翠の指輪を手に取った。
「指輪ですか? 奥様の指に合うでしょうか」
夫人に試着を促されて、アンドリュー卿は私の指に指輪を嵌めた。指輪は私の指には大きくてぶかぶかだった。
「もう一回りほど小さいサイズですね。サイズを合わせますので・・・・・・」
「いや、いい」
「ですが、このままですと、奥様の指には入りませんよ?」
「ああ。でも、これは別の奴に贈るものだから」
━━別の奴?
アンドリュー卿は、さらりととんでもないことを言った。こんな高価な物を一体誰に贈るつもりなんだろう?
同じことを夫人も思ったようで、一瞬、顔がひきつっていた。
「そう、ですか・・・・・・」
夫人は困ったように返事をして、指輪をケースに仕舞った。
戸惑う私達を気にする様子もなく、アンドリュー卿は「他に欲しいものはないか」と聞いてきた。
「・・・・・・いいえ」
さっきの発言が気になってしまって、私は上の空で返事をした。
「そうか。なら、支払いを済ませてくるからシアは先に馬車に戻っていてくれ」
「・・・・・・はい」
私はもやもやとした気持ちを胸に抱きながら、馬車に戻った。
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