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23-3 謎の聖女

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 真剣な顔でそう言ったジェシカに対して、カーライル殿下は何も言わなかった。
「カーライル殿下も、妹の考えに賛同しているのですか」
「賛同とまではいかないが、そんな事が起こってもおかしくはないと考えている」

 ━━アンドリュー卿がそんなことをするとは思えないわ。

 彼は私のために高価な毛皮のコートを買った。選ぶ際にも、彼は私の意見を尊重してほとんど口を挟まなかった。ジェシカ達の言うようにアンドリュー卿に恋人がいるのなら、その人に合わせた物を買おうとするのではないのかしら。
 それに、私はこれから宝石を買う約束だってしている。

「お姉様も今からカーライル殿下の宮殿にお邪魔しましょう」
 私が何も言わないでいると、ジェシカがそんな提案をしてきた。
「それはだめよ。アンドリュー卿とこれから出かける約束をしているわ。それに、急に私がいなくなったら何と思うか」
「お姉様ったら! 殺されちゃうかもしれないのにそんな呑気なことを言ってる場合ですか!!」
「殺されるなんて大袈裟よ。彼がそんなことをする素振りは全くないわ」
「騙されてるとは思わないんです?」
「まあまあ、落ち着いて」
 言い争いになりかけている私達をカーライル殿下が止めに入った。

「シアリーズ嬢の言う通り、急にいなくなるのはまずい。カルベーラ卿は妻を誘拐されたと言って我々に非難と抗議をしてくるかもしれない。そうなれば、後々こちらの分が悪くなる」
「じゃあ、お姉様を見捨てろって仰るんですか」
「そんなことは言ってない。ここは王都の中心街だ。ジェシカ嬢の言うような事は起こりにくいだろう。だが、念のためにシアリーズ嬢を遠目で見守る護衛をつけよう。何かあれば彼らがシアリーズ嬢を守るし、不審なことがあればすぐにこちらへ報告させるから。それでいいね」
 カーライル殿下の言葉にジェシカは渋々ではあるものの、納得したようだ。こくりと頷いて私の顔を見てきた。
 私は護衛なんていらないと思った。でも、その提案を呑まないとジェシカの心配は止まないだろう。
「分かりました」
 私が返事をすると、ジェシカの顔が綻んだ。

 ━━あ、もうこんな時間だ。

 何の気なしに壁に掛けられていた時計を見ると、ここに来てから半刻程時間が経っていた。
 あまり長居はするなとアンドリュー卿に言われていたのに。彼は怒っているだろうか。
「ごめんなさい、そろそろ行かないと」
 二人にお茶のお礼を行って立ち上がると、ジェシカは途端に寂しそうな顔をした。
「そんな顔をしないで。王都には10日程滞在するみたいだから、また会う機会はあるはずよ」
 私は店員から紙をもらうと宿の名前を書いてジェシカに渡した。
「何かあったら連絡して? また会いましょうね」
「絶対、・・・・・・絶対ですからね!」
「うん」
 私は別れを惜しむジェシカを抱きしめた。







 店の外に出るとすぐ側に馬車が待機していた。私が近寄るとすぐに扉が開き、中にいたアンドリュー卿がわざわざ外に出てきた。
「おかえり」
 そう言って彼は手を差し出した。
「ただいま」
 私は彼の手を取ると、エスコートされて馬車に乗り込んだ。

「遅くなってしまってごめんなさい」
 馬車の扉が閉まるや否や、私は謝罪した。
「ああ。本当に遅かった」
 アンドリュー卿はぽつりとつぶやいた。窓の外を見る彼の眉間には皺が寄っている。長く待たせすぎたせいで機嫌を悪くしたみたいだ。
「妹と満足するまで話せたか」
「・・・・・・はい」
 本当はもっと話したい事がたくさんあった。王都に来てからの暮らしに不便はないのか。お父様から連絡はないのか。それから、カーライル殿下との関係についてもっと深く掘り下げて聞きたかった。
「相変わらず、シアは嘘が下手だな」
 アンドリュー卿はそう言って私に向き直った。
「彼女の方もまだ王都に滞在するんだったら、また時間を取って会いに行くといい」
「いいんですか」
「なぜだめだと思う」
 アンドリュー卿は、不機嫌そうに言った。
「それは・・・・・・」
 あなたがジェシカのことを嫌っているからとは、とても言いにくい。
「俺に気を使わなくていい」
 言い淀んでいると、アンドリュー卿は相変わらず不機嫌そうに言った。
「妹に会うために俺の許可なんて取らなくていいんだ」
 意外な言葉に私は驚いて、すぐに返事をできなかった。でも、彼が返事を催促するように見つめてくるから、私は慌てて口を開いた。
「・・・・・・ありがとう」
 お礼を言ったら彼の表情がほんの少しだけ和らいだ気がする。

 ━━やっぱり、アンドリュー卿が愛人のために私を殺そうとしているなんて思えないわ。

 彼は、無神経で怖い顔をする事も多い。それでも、彼は私に酷いことをしたことは一度もなかった。殴ったり、私を無能だと馬鹿にしたりもしない。
 むしろ、彼なりに優しくしてくれているとさえ思える。今だって、ジェシカと会うことを認めてくれた。彼はジェシカの事が好きではないみたいなのに。

 ━━そう思ってしまうのは、やっぱり私の自惚れなのかしら。心のとごかでアンドリュー卿に優しくしてもらいたいと願っているからそう思えるだけじゃないの? ジェシカの言う通り、私はアンドリュー卿に騙されていて・・・・・・。

「シア?」
 アンドリュー卿に呼ばれてはっとする。
「は、はい」
「どうした? じっと見つめてきたりして」
 考え事をしている間、アンドリュー卿を見つめてしまったらしい。
「えっと・・・・・・」
 あなたが私を騙して殺そうとしているのかどうか、推理していました、とはとても言えない。
「俺の顔に何かついているのか?」
 そう言ってアンドリュー卿は窓を見る。鏡代わりにして自分の顔を確かめ始めた。
「何も、ついてませんよ」
「だな。またいたずらでもされたのかと思ったんだが・・・・・・」
 「誰に?」という疑問とともに、アンドリュー卿の顔に落書きをして笑いをこらえるフェイの姿が頭に浮かんだ。

 ━━何で、フェイ?

 変な妄想をしてしまった上、疑問に思うなんて馬鹿らしいと自分でも思った。
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