34 / 57
23-3 謎の聖女
しおりを挟む
真剣な顔でそう言ったジェシカに対して、カーライル殿下は何も言わなかった。
「カーライル殿下も、妹の考えに賛同しているのですか」
「賛同とまではいかないが、そんな事が起こってもおかしくはないと考えている」
━━アンドリュー卿がそんなことをするとは思えないわ。
彼は私のために高価な毛皮のコートを買った。選ぶ際にも、彼は私の意見を尊重してほとんど口を挟まなかった。ジェシカ達の言うようにアンドリュー卿に恋人がいるのなら、その人に合わせた物を買おうとするのではないのかしら。
それに、私はこれから宝石を買う約束だってしている。
「お姉様も今からカーライル殿下の宮殿にお邪魔しましょう」
私が何も言わないでいると、ジェシカがそんな提案をしてきた。
「それはだめよ。アンドリュー卿とこれから出かける約束をしているわ。それに、急に私がいなくなったら何と思うか」
「お姉様ったら! 殺されちゃうかもしれないのにそんな呑気なことを言ってる場合ですか!!」
「殺されるなんて大袈裟よ。彼がそんなことをする素振りは全くないわ」
「騙されてるとは思わないんです?」
「まあまあ、落ち着いて」
言い争いになりかけている私達をカーライル殿下が止めに入った。
「シアリーズ嬢の言う通り、急にいなくなるのはまずい。カルベーラ卿は妻を誘拐されたと言って我々に非難と抗議をしてくるかもしれない。そうなれば、後々こちらの分が悪くなる」
「じゃあ、お姉様を見捨てろって仰るんですか」
「そんなことは言ってない。ここは王都の中心街だ。ジェシカ嬢の言うような事は起こりにくいだろう。だが、念のためにシアリーズ嬢を遠目で見守る護衛をつけよう。何かあれば彼らがシアリーズ嬢を守るし、不審なことがあればすぐにこちらへ報告させるから。それでいいね」
カーライル殿下の言葉にジェシカは渋々ではあるものの、納得したようだ。こくりと頷いて私の顔を見てきた。
私は護衛なんていらないと思った。でも、その提案を呑まないとジェシカの心配は止まないだろう。
「分かりました」
私が返事をすると、ジェシカの顔が綻んだ。
━━あ、もうこんな時間だ。
何の気なしに壁に掛けられていた時計を見ると、ここに来てから半刻程時間が経っていた。
あまり長居はするなとアンドリュー卿に言われていたのに。彼は怒っているだろうか。
「ごめんなさい、そろそろ行かないと」
二人にお茶のお礼を行って立ち上がると、ジェシカは途端に寂しそうな顔をした。
「そんな顔をしないで。王都には10日程滞在するみたいだから、また会う機会はあるはずよ」
私は店員から紙をもらうと宿の名前を書いてジェシカに渡した。
「何かあったら連絡して? また会いましょうね」
「絶対、・・・・・・絶対ですからね!」
「うん」
私は別れを惜しむジェシカを抱きしめた。
※
店の外に出るとすぐ側に馬車が待機していた。私が近寄るとすぐに扉が開き、中にいたアンドリュー卿がわざわざ外に出てきた。
「おかえり」
そう言って彼は手を差し出した。
「ただいま」
私は彼の手を取ると、エスコートされて馬車に乗り込んだ。
「遅くなってしまってごめんなさい」
馬車の扉が閉まるや否や、私は謝罪した。
「ああ。本当に遅かった」
アンドリュー卿はぽつりとつぶやいた。窓の外を見る彼の眉間には皺が寄っている。長く待たせすぎたせいで機嫌を悪くしたみたいだ。
「妹と満足するまで話せたか」
「・・・・・・はい」
本当はもっと話したい事がたくさんあった。王都に来てからの暮らしに不便はないのか。お父様から連絡はないのか。それから、カーライル殿下との関係についてもっと深く掘り下げて聞きたかった。
「相変わらず、シアは嘘が下手だな」
アンドリュー卿はそう言って私に向き直った。
「彼女の方もまだ王都に滞在するんだったら、また時間を取って会いに行くといい」
「いいんですか」
「なぜだめだと思う」
アンドリュー卿は、不機嫌そうに言った。
「それは・・・・・・」
あなたがジェシカのことを嫌っているからとは、とても言いにくい。
「俺に気を使わなくていい」
言い淀んでいると、アンドリュー卿は相変わらず不機嫌そうに言った。
「妹に会うために俺の許可なんて取らなくていいんだ」
意外な言葉に私は驚いて、すぐに返事をできなかった。でも、彼が返事を催促するように見つめてくるから、私は慌てて口を開いた。
「・・・・・・ありがとう」
お礼を言ったら彼の表情がほんの少しだけ和らいだ気がする。
━━やっぱり、アンドリュー卿が愛人のために私を殺そうとしているなんて思えないわ。
彼は、無神経で怖い顔をする事も多い。それでも、彼は私に酷いことをしたことは一度もなかった。殴ったり、私を無能だと馬鹿にしたりもしない。
むしろ、彼なりに優しくしてくれているとさえ思える。今だって、ジェシカと会うことを認めてくれた。彼はジェシカの事が好きではないみたいなのに。
━━そう思ってしまうのは、やっぱり私の自惚れなのかしら。心のとごかでアンドリュー卿に優しくしてもらいたいと願っているからそう思えるだけじゃないの? ジェシカの言う通り、私はアンドリュー卿に騙されていて・・・・・・。
「シア?」
アンドリュー卿に呼ばれてはっとする。
「は、はい」
「どうした? じっと見つめてきたりして」
考え事をしている間、アンドリュー卿を見つめてしまったらしい。
「えっと・・・・・・」
あなたが私を騙して殺そうとしているのかどうか、推理していました、とはとても言えない。
「俺の顔に何かついているのか?」
そう言ってアンドリュー卿は窓を見る。鏡代わりにして自分の顔を確かめ始めた。
「何も、ついてませんよ」
「だな。またいたずらでもされたのかと思ったんだが・・・・・・」
「誰に?」という疑問とともに、アンドリュー卿の顔に落書きをして笑いをこらえるフェイの姿が頭に浮かんだ。
━━何で、フェイ?
変な妄想をしてしまった上、疑問に思うなんて馬鹿らしいと自分でも思った。
「カーライル殿下も、妹の考えに賛同しているのですか」
「賛同とまではいかないが、そんな事が起こってもおかしくはないと考えている」
━━アンドリュー卿がそんなことをするとは思えないわ。
彼は私のために高価な毛皮のコートを買った。選ぶ際にも、彼は私の意見を尊重してほとんど口を挟まなかった。ジェシカ達の言うようにアンドリュー卿に恋人がいるのなら、その人に合わせた物を買おうとするのではないのかしら。
それに、私はこれから宝石を買う約束だってしている。
「お姉様も今からカーライル殿下の宮殿にお邪魔しましょう」
私が何も言わないでいると、ジェシカがそんな提案をしてきた。
「それはだめよ。アンドリュー卿とこれから出かける約束をしているわ。それに、急に私がいなくなったら何と思うか」
「お姉様ったら! 殺されちゃうかもしれないのにそんな呑気なことを言ってる場合ですか!!」
「殺されるなんて大袈裟よ。彼がそんなことをする素振りは全くないわ」
「騙されてるとは思わないんです?」
「まあまあ、落ち着いて」
言い争いになりかけている私達をカーライル殿下が止めに入った。
「シアリーズ嬢の言う通り、急にいなくなるのはまずい。カルベーラ卿は妻を誘拐されたと言って我々に非難と抗議をしてくるかもしれない。そうなれば、後々こちらの分が悪くなる」
「じゃあ、お姉様を見捨てろって仰るんですか」
「そんなことは言ってない。ここは王都の中心街だ。ジェシカ嬢の言うような事は起こりにくいだろう。だが、念のためにシアリーズ嬢を遠目で見守る護衛をつけよう。何かあれば彼らがシアリーズ嬢を守るし、不審なことがあればすぐにこちらへ報告させるから。それでいいね」
カーライル殿下の言葉にジェシカは渋々ではあるものの、納得したようだ。こくりと頷いて私の顔を見てきた。
私は護衛なんていらないと思った。でも、その提案を呑まないとジェシカの心配は止まないだろう。
「分かりました」
私が返事をすると、ジェシカの顔が綻んだ。
━━あ、もうこんな時間だ。
何の気なしに壁に掛けられていた時計を見ると、ここに来てから半刻程時間が経っていた。
あまり長居はするなとアンドリュー卿に言われていたのに。彼は怒っているだろうか。
「ごめんなさい、そろそろ行かないと」
二人にお茶のお礼を行って立ち上がると、ジェシカは途端に寂しそうな顔をした。
「そんな顔をしないで。王都には10日程滞在するみたいだから、また会う機会はあるはずよ」
私は店員から紙をもらうと宿の名前を書いてジェシカに渡した。
「何かあったら連絡して? また会いましょうね」
「絶対、・・・・・・絶対ですからね!」
「うん」
私は別れを惜しむジェシカを抱きしめた。
※
店の外に出るとすぐ側に馬車が待機していた。私が近寄るとすぐに扉が開き、中にいたアンドリュー卿がわざわざ外に出てきた。
「おかえり」
そう言って彼は手を差し出した。
「ただいま」
私は彼の手を取ると、エスコートされて馬車に乗り込んだ。
「遅くなってしまってごめんなさい」
馬車の扉が閉まるや否や、私は謝罪した。
「ああ。本当に遅かった」
アンドリュー卿はぽつりとつぶやいた。窓の外を見る彼の眉間には皺が寄っている。長く待たせすぎたせいで機嫌を悪くしたみたいだ。
「妹と満足するまで話せたか」
「・・・・・・はい」
本当はもっと話したい事がたくさんあった。王都に来てからの暮らしに不便はないのか。お父様から連絡はないのか。それから、カーライル殿下との関係についてもっと深く掘り下げて聞きたかった。
「相変わらず、シアは嘘が下手だな」
アンドリュー卿はそう言って私に向き直った。
「彼女の方もまだ王都に滞在するんだったら、また時間を取って会いに行くといい」
「いいんですか」
「なぜだめだと思う」
アンドリュー卿は、不機嫌そうに言った。
「それは・・・・・・」
あなたがジェシカのことを嫌っているからとは、とても言いにくい。
「俺に気を使わなくていい」
言い淀んでいると、アンドリュー卿は相変わらず不機嫌そうに言った。
「妹に会うために俺の許可なんて取らなくていいんだ」
意外な言葉に私は驚いて、すぐに返事をできなかった。でも、彼が返事を催促するように見つめてくるから、私は慌てて口を開いた。
「・・・・・・ありがとう」
お礼を言ったら彼の表情がほんの少しだけ和らいだ気がする。
━━やっぱり、アンドリュー卿が愛人のために私を殺そうとしているなんて思えないわ。
彼は、無神経で怖い顔をする事も多い。それでも、彼は私に酷いことをしたことは一度もなかった。殴ったり、私を無能だと馬鹿にしたりもしない。
むしろ、彼なりに優しくしてくれているとさえ思える。今だって、ジェシカと会うことを認めてくれた。彼はジェシカの事が好きではないみたいなのに。
━━そう思ってしまうのは、やっぱり私の自惚れなのかしら。心のとごかでアンドリュー卿に優しくしてもらいたいと願っているからそう思えるだけじゃないの? ジェシカの言う通り、私はアンドリュー卿に騙されていて・・・・・・。
「シア?」
アンドリュー卿に呼ばれてはっとする。
「は、はい」
「どうした? じっと見つめてきたりして」
考え事をしている間、アンドリュー卿を見つめてしまったらしい。
「えっと・・・・・・」
あなたが私を騙して殺そうとしているのかどうか、推理していました、とはとても言えない。
「俺の顔に何かついているのか?」
そう言ってアンドリュー卿は窓を見る。鏡代わりにして自分の顔を確かめ始めた。
「何も、ついてませんよ」
「だな。またいたずらでもされたのかと思ったんだが・・・・・・」
「誰に?」という疑問とともに、アンドリュー卿の顔に落書きをして笑いをこらえるフェイの姿が頭に浮かんだ。
━━何で、フェイ?
変な妄想をしてしまった上、疑問に思うなんて馬鹿らしいと自分でも思った。
11
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
一年で死ぬなら
朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。
理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。
そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。
そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。
一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました
柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」
結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。
「……ああ、お前の好きにしろ」
婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。
ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。
いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。
そのはず、だったのだが……?
離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。
※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる