偽りの聖女の身代わり結婚

花草青依

文字の大きさ
上 下
30 / 57

21-2 毛皮のコート

しおりを挟む
 私が嘘を正さなかったから、結局、セーブルのコートを買うことになってしまった。後ろめたい気持ちが積もっていく中で、ヒルデン夫人はコートのデザインについて話し出した。
 夫人は、店に置いてある商品をいくつか見せてくれて、それぞれの服の特徴を説明してくれる。
「この中に、奥様のご希望するデザインのものはありますでしょうか」
 ヒルデン夫人に尋ねられて、私は迷うことなく一つの商品を指差した。
「これがイメージに近いですね」
 せっかく高価な物を買うのだから、できるだけ長く使いたい。だから、流行に左右されないコンスタントでどんな服装にも合いそうなものがよかった。その旨をヒルデン夫人に伝えると、彼女は私の希望に沿うようにと様々な提案をしてくれた。

 話し合いが終わると、私達はエントランスに戻った。辺りを見回してみても、そこにはジェシカと同伴の男性はいなかった。
「あの、ジェシカがどこに行ったのか知りませんか」
 尋ねると、ヒルデン夫人はエントランスにいた店員達に目配せをした。すると、一人の店員が、二人はもう用事を終わらせて帰ってしまったと教えてくれた。それから、私に言伝を預かったと言ってメモを差し出してきた。
 私はメモを見るとヒルデン夫人達にお礼を言ってから店を出た。



 店を出てすぐに私はアンドリュー卿にメモのことを話した。
「ジェシカが私と話したいことがあるそうなの。二件隣のカフェに来て欲しいと書いてあって・・・・・・」
 話しているうちにアンドリュー卿の顔がみるみる険しくなっていく。よく怒った顔をする彼だけれど、今はいつにも増して機嫌が悪いように思える。「行ってもいい?」と聞きたかったけれど、こんなにも不機嫌さを露わにされてしまったら、言いにくくて仕方がない。

 ━━どうしよう。

 ジェシカがどうして王都にいるのか気になるし、同伴していた男性との関係も詳しく聞きたい。何より、別れの挨拶をせずにジョルネス領を離れたことを謝りたかった。
 もし、この機会を逃したら次にジェシカと会えるのはいつになるのか分からない。アンドリュー卿の領地はジョルネス領から遠く、気軽に出かけられる距離ではない。それに、結婚した女が夫の下を離れて一人遠い場所へと旅行するなんてありえないことだ。

 ジェシカと話をしたい。でも、アンドリュー卿をどう説得したらいいのか分からない。考えあぐねていると、アンドリュー卿が重い口を開いた。
「行って来い」
 彼は不機嫌な顔のまま、そう言い放った。彼の思わぬ言葉に、私は吃りながらもありがとうと返事をした。
「ただ、あまり長話はしないでくれ。宝石商の所にもいかないといけないから」
「はい。では、一緒に・・・・・・」
 アンドリュー卿は首を振った。
「行かない」
「え?」
「俺は行かない」
 むすっとした表情で彼はもう一度言った。
「どうして?」
「俺は彼女に嫌われているから」
「ジェシカが?」
 人懐っこくて誰にでも優しいジェシカがほとんど関わりのなかったアンドリュー卿を嫌いになるなんて信じられない。
「誤解じゃないかしら?」
 アンドリュー卿を宥めるためにそう言ってみたけれど、アンドリュー卿は首を振った。
「シアが妹と会っている間、俺は馬車にいる。馬車は店前に止めておくから」
 彼はどうしてもジェシカと一緒にいたくないらしい。私の返事も待たず、馬車の扉を開けてしまった。
 私は彼の自分勝手な行動に呆れながらもその背中に声をかけた。
「分かったわ。一人で待つのも退屈だろうから、なるべく早く戻るね」
 アンドリュー卿は振り返って私の頬にキスをした。突然の彼の行動にびっくりして、私は思わず一歩後ろに下がった。
 そんな私をアンドリュー卿は淋しげな目で見た。
「ど、どうしたの!?」
「別に。・・・・・・嫌なことをして悪かったな」
 彼はぶっきらぼうに言うと馬車に乗り込み、そのまま扉を閉めた。そして、椅子に座り、何事もなかったかのように前をじっと見つめている。
 
 ━━さっきのキスは何なのよ。

 うるさいくらい、心臓がバクバク鳴っている。私はその音を隠すために、ジェシカの待つカフェへと走った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

城内別居中の国王夫妻の話

小野
恋愛
タイトル通りです。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います

菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。 その隣には見知らぬ女性が立っていた。 二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。 両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。 メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。 数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。 彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。 ※ハッピーエンド&純愛 他サイトでも掲載しております。

出生の秘密は墓場まで

しゃーりん
恋愛
20歳で公爵になったエスメラルダには13歳離れた弟ザフィーロがいる。 だが実はザフィーロはエスメラルダが産んだ子。この事実を知っている者は墓場まで口を噤むことになっている。 ザフィーロに跡を継がせるつもりだったが、特殊な性癖があるのではないかという恐れから、もう一人子供を産むためにエスメラルダは25歳で結婚する。 3年後、出産したばかりのエスメラルダに自分の出生についてザフィーロが確認するというお話です。

ここへ何をしに来たの?

恋愛
フェルマ王立学園での卒業記念パーティ。 「クリストフ・グランジュ様!」 凛とした声が響き渡り……。 ※小説になろう、カクヨム、pixivにも同じものを投稿しています。

【完結】貴方の後悔など、聞きたくありません。

なか
恋愛
学園に特待生として入学したリディアであったが、平民である彼女は貴族家の者には目障りだった。 追い出すようなイジメを受けていた彼女を救ってくれたのはグレアルフという伯爵家の青年。 優しく、明るいグレアルフは屈託のない笑顔でリディアと接する。 誰にも明かさずに会う内に恋仲となった二人であったが、 リディアは知ってしまう、グレアルフの本性を……。 全てを知り、死を考えた彼女であったが、 とある出会いにより自分の価値を知った時、再び立ち上がる事を選択する。 後悔の言葉など全て無視する決意と共に、生きていく。

忘れられた薔薇が咲くとき

ゆる
恋愛
貴族として華やかな未来を約束されていた伯爵令嬢アルタリア。しかし、突然の婚約破棄と追放により、その人生は一変する。全てを失い、辺境の町で庶民として生きることを余儀なくされた彼女は、過去の屈辱と向き合いながらも、懸命に新たな生活を築いていく。 だが、平穏は長く続かない。かつて彼女を追放した第二王子や聖女が町を訪れ、過去の因縁が再び彼女を取り巻く。利用されるだけの存在から、自らの意志で運命を切り開こうとするアルタリア。彼女が選ぶ未来とは――。 これは、追放された元伯爵令嬢が自由と幸せを掴むまでの物語。

処理中です...