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19-1 愛おしい人

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 俺の初恋の人は貴族の令嬢で、それもうんと身分の高い人だった。
 彼女の名前はシアリーズ・ジョルネス。シアと初めて出会った時、俺が11歳で、彼女が7歳の時だった。

 初めて彼女を見たのはアイネ山の麓にある小さな森の中で、彼女は一匹の妖精と遊んでいた。
「あははっ、まって~!」
 大きな笑い声を上げながら元気よく走り回る少女は妖精と追いかけっこをしているようだった。
「フェイったら! そんなに高いところに飛ぶなんてずるいわぁ」
 大人の背丈よりも高い木の枝の先に止まった妖精に対して少女は頬を膨らませて抗議した。
「あら、飛べないシアが悪いのよ!」
 妖精は指をくるくると回すと少女を宙に浮かべた。

 ━━また妖精がいたずらをしている。

 少女は空を飛べたと大はしゃぎしているが、俺はそれを見て心配で堪らなくなった。

 森に暮らす妖精達は一見、愛らしくも美しい無害な存在のようだが、実際は厄介なことをしてくる奴らだった。
 あいつらは遊ぶことが大好きで、時に人を困らせるようなことをする。パンを草花に変えたり、農具をミニチュアサイズにまで小さくする程度ならまだかわいい方だ。
 問題は、彼らは遊びの延長で人を危険に晒すことだった。
 彼らは自分達の遊びのためなら迷いの霧を発生させて人を森に閉じ込めたり、面白半分で人を木に変えたりする。そして、人を高いところまで昇らせて地面に叩き落とすことも、彼らは好んで行っていた。

「危ない!」
 俺は咄嗟に少女の下まで走り寄った。妖精がいつ浮かせるのをやめて彼女を突き落としてもいいように。受け止められる自信はなかったが、でもそうしなければ彼女は最悪死んでしまうだろう。

 少女は俺を見て小首を傾げていた。幼い彼女は自分が危険な状況にあることを気づいていないのだ。
 しかし、彼女は急に顔を赤くしたかと思うと、スカートを押さえて叫んだ。
「ヘンタイ! パンツ見ないでよ!!」
 彼女の声に俺は呆気に取られた。

 ━━変態? 人が親切に受け止めようとしているのに、パンツを覗く不届き者と勘違いしているのか!?

 怒りのあまり俺の顔は熱くなった。そんな俺と少女を見て、妖精はケラケラと笑った。
 妖精は一通り笑い転げた後に、少女とともに地面に降りてきた。
「あ~、面白かった!」
 ひぃひぃ息をしながら言う妖精に俺も少女も「どこが?」と睨んでいた。

 そんな俺達を気にもせず、妖精は少女に向かって語りかけた。
「シア、あなた勘違いしているわ。この男の子はあなたを助けようとしていたはずよ」
「え?」
「この子は私があなたを空から突き落とすと思い違いをしたのよ」
 妖精は俺の方を向いて、「そうでしょう?」と言ってきた。
 俺は正直に「そうだ」と答えると、少女は途端に慌てふためいた。

「ごめんなさい。助けようとしてくれたのに酷いことを言って」
「おう。・・・・・・言っとくが、俺は見てないからな」
 そう言うと少女は俯いてしまった。
「バカ、余計な一言ね」
 妖精はそう言って俺の眉間にデコピンを食らわせた。小さい指をしている癖にずきりと痛んだ。

「そんなことより、あなた名前は?」
 妖精は腕を組んで俺に尋ねてきた。
「アンドリューだ」
「そう。私はフェイ、そしてこっちが私の友達のシアリーズよ」
 仲良くしてねとフェイが言うと、少女ははにかんで手を差し出してきた。
「何だ?」
 その手の意味が分からなくて聞いたら、妖精は魔法で俺の腕を持ち上げた。そして、そのまま少女の手を握らされる。
 彼女の小さな手は柔らかくて温かかった。

「人間の"友好の仕草"を知らないの? あなた本当に人間?」
 呆れたと言わんばかりに顔を歪めるフェイに対して、シアリーズは気にした様子もなくにこにこと笑っていた。
「これで私達、お友達ね」
 さっきまで暗い顔をしていたのに、今ではそんなことなどなかったかのように明るく笑っている。

 ━━変なやつ。

 俺がそんなことを思っていたなんて、彼女は気づきもしなかっただろう。
「ねえ、私のことはシアって呼んで。それからあなたのことはアンディって呼んでもいい?」
 彼女は「お願い!」とでも言いたげな顔で俺を見てくる。
「おうよ」
 だめと言う理由もなかったから了承すると、シアはとても嬉しかったろう。顔をくしゃっとさせて笑った。
 その子供らしい笑顔がかわいくて俺は思わず彼女の髪を強く撫でてしまった。
「やん! 髪が乱れちゃう!」
 文句を言いながらもシアはとても嬉しそうに笑った。
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