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18-2 私のお姉様

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 でもその願いが叶う前に、お姉様は結婚することとなった。
 お相手はブラックドラゴンを倒した英雄、アンドリュー・カルベーラ卿。お姉様より4つ年上の彼は、ブラックドラゴンを倒した褒賞としてお姉様を求めたそうだ。

 彼は婚約の証としてお姉様にダイヤのネックレスとイヤリングを贈った。それはとても大きくて美しくて、ジョルネス公爵令嬢であっても所有することが憚れるほど高価なものだった。

 ━━こんな品を渡すなんて、きっとあちら側はお姉様のことを好きで好きでたまらないんだわ。

 高価な物をもらって恐縮するお姉様をよそに、私はそう思って喜んだ。
 もしかしたら、お姉様はアンドリュー卿の下で幸せになれるのかもしれない。彼は物語の騎士のように、悪者であるお父様からお姉様を救い出してくれるんじゃないのかしら。離れ離れになるのは寂しいけれど、それでもお姉様が幸せを掴むのなら私は全力で応援する。

 その思いは結婚式場でさらに高まった。
 ウエディングドレスにダイヤの装飾を身に纏ったお姉様は物語のお姫様のように美しかった。そして、隣に立つアンドリュー卿は精悍な人で、お姉様を食い入るように見つめていた。

 ━━きっとお姉様の美しさに見惚れているのね。この調子なら、彼はお姉様のために尽くしてくれそうだわ。

 そういうわけで、私のアンドリュー卿に対する期待は大きく膨らんでいたのだった。

 でも、現実は甘くなかった。結婚式の後に、アンドリュー卿はお姉様には別れの挨拶をせずに戦地へと赴いたのだ。
 お姉様はアンドリュー卿の妻なのに、なんて失礼な人なんだろうと思った。そして、お姉様を蔑ろにする行為をした彼を絶対に許さないと私は神に誓った。

 文句の一つでも言ってやりたいと思っていた矢先、私にも戦地へ行くようにと王命が下った。お父様は"聖女"が戦地にいくことを嫌がっていた。大事な道具が壊れてしまうかもしれないのが嫌なのだろう。

 お父様とは対照的に、お姉様はただ私の身を心配してくれた。危険な場所には行かないで欲しいと言ってくれるお姉様を私は抱きしめた。

 結局、私は止める二人を無視して、戦地へと赴くことにした。王命に従うことに異論はなかったし、むしろいい機会を得られたと感謝したくらいだった。
 私は戦地でアンドリュー卿の人柄を見極めたかった。取り繕うべき相手であるお父様やお姉様がいない所での彼の様子を見ればアンドリュー卿の人間性がよく分かると思った。

 だから、戦地に到着すると、私はアンドリュー卿のいるという最前線にためらいもなく向かった。
 そこでは、モンスターとの戦いが苛烈らしく、多くの怪我人がいたからだ。今すぐに治療をしないと命を落としてしまいそうな人が何人もいるのに、治療をできる人員が圧倒的に足りていなかった。

 ━━これは、アンドリュー卿と話をしている場合じゃないわ。

 放っておいたら今にも死にそうな人を無視することなど私にはできなかった。だから、私は戦地に着いて約1ヶ月もの間、必死になって人々の治療に専念した。
 アンドリュー卿と話をするのは無理だと半ば諦めていたのだけれど、その機会は突然訪れた。モンスターに傷を負わされたアンドリュー卿が私のいる治療所まで運ばれてきたのだ。
 彼は背中に大きくて深い傷を負っていた。話を聞くと、毒爪のモンスターに不意打ちで斬られたのだそうだ。
 毒にやられたアンドリュー卿の意識は朦朧としていた。治療の最中、彼はうわ言で「シア」と何度もつぶやいていた。

 ━━お姉様のことを呼んでいるのかしら?

 黙って行ったくせに。そう思う一方で、命の危機に瀕して妻を呼ぶなんて、まるで物語の1ページみたいだとも思った。

 ━━この人は、本当はお姉様をちゃんと愛してくれているのかもしれない。

 私は淡い期待を胸に、アンドリュー卿に治療を施した。集中して彼の背中に治癒の力を注ぎ込んだ。
 長い治療の末、アンドリュー卿は意識を取り戻した。
「お目覚めになられましたか」
 目を開けたアンドリュー卿に向かってそう言うと、彼は枯れた声で「ああ・・・・・・」とつぶやいた。
 上体を起こした彼に水を与えると、私は思い切って聞いてみた。

「お姉様に会いたいですか」
 本当は、なぜお姉様に黙って出征したのかと尋ねたかった。でも、今はアンドリュー卿を非難するよりも、彼のお姉様に対する気持ちをはっきりとさせたかった。

 ━━うわ言で何度も呼んでいたんですもの。当然、会いたいと言うのよね?

 アンドリュー卿はおかしなものを見る目で私を見るだけだった。
「お答え下さい」
「何の話だ? 意味が分からない」
 怪訝そうに言う彼に私はとても苛ついた。
「とぼけるのをやめて下さい。シアリーズお姉様に会いたいのかと聞いているんです」
 そう言った途端、彼は目を丸くした。
「シアの、妹か?」
 どうやら彼は私のことを忘れていたようだった。結婚式の当日に挨拶をしたというのに失礼な人だ。
「そうですよ! それで、どうなんです? 会いたいんですか」
 私がしつこく問い詰めると、アンドリュー卿は顔を歪ませた。
「会うわけがないだろう」
 私は自分の耳を疑った。

 ━━会うわけがない? 自分からお姉様を求めて結婚した癖に?

 気がついたら私はアンドリュー卿の頬を平手で叩いていた。人に暴力を振るうなんて人生で初めてで、しかも相手は怪我人だった。
 自分がいけないことをしてしまったことはすぐに理解できた。でも、頭に血が上りすぎていて謝罪の言葉なんて出てこない。それどころか、私は彼を罵倒した。
「お姉様を大事にできないのなら、あなたにお姉様はふさわしくないわ! 早く離婚してちょうだい!」

 アンドリュー卿は何も言わずただ私を見ている。その目からは感情が読み取れない。
 私はそんな彼の目つきにも腹が立った。そして、これ以上、ここにいたらまた暴力を振るってしまいそうだとも思った。

 ━━気に入らないからといって人に暴力を振るって罵声を浴びせるなんて、私もお父様と一緒だわ。

 そう気がついた時に、ようやく私の口から謝罪の言葉が出てきた。
「ごめんなさい」
 私はアンドリューの頬に手を伸ばした。顔が腫れないように治療しようと思ったのだけれど、アンドリュー卿はそれを断った。
「いや、いい・・・・・・」
「でも」
「悪いが、どこかへ行ってくれないか?」
 一方的に暴力を振るわれたのだから、アンドリュー卿は怒っているのだろう。私の顔を見るのも不愉快なのかもしれない。
「すみません、そうさせてもらいます。治療は他の方に任せますね」
「ああ。そうしてくれ」
 彼はそう言うと横になって私に背を向けた。私は気まずい気持ちのまま、彼の下を去った。
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