偽りの聖女の身代わり結婚

花草青依

文字の大きさ
上 下
19 / 58

16-1 偽物の聖女

しおりを挟む
 森の奥から出てきたのは二足歩行の狼だった。
「ウェアウルフだ! 数は12匹」
 誰がそう叫んだ。
「あらあら、ここの森にはこんな野蛮な生き物がいたのね」
 フェイは窓に手をつき、外を見て言った。

「どうしよう」
「大丈夫、馬車にはシールドが張ってあるからあのモンスターは入ってこれないわ」
 フェイがそう言うと、アンドリュー卿がこちらに振り返った。
「シア、絶対にそこにいろ。シールドを張っているから安全だ」
 そう言うアンドリュー卿に向かってウェアウルフの一匹が襲いかかった。噛みつかれると思った次の瞬間、彼はウェアウルフを剣で薙ぎ払い、切り捨てた。
「きゃっ」
 そのあまりの惨たらしさに私は口を抑えて俯いた。
「大丈夫?」
 フェイの声がとても呑気に聞こえる。彼女はあんな光景に慣れているんだろうか。
 私が恐怖と嫌悪感で震えている間にもウェアウルフ達のものと思える悲鳴がいくつも上がった。彼らの死に際の声は悲痛で聞くに耐えないものだった。
 耳を塞いで目をぎゅっと閉じて耐えていると、やがて馬車の扉が開く音が聞こえた。

「シア、もう大丈夫だ」
 目を開けてアンドリュー卿を見たら、彼の鎧にはウェアウルフの血がびっしりとついていた。
 私の視線で気がついたのだろう。アンドリュー卿は自らの鎧を見た。
「・・・・・・ああ、悪い。落としてくる」
 彼は馬車から離れた所に行くと血をタオルで拭き始めた。

「フェイ?」
 気がついたら馬車の中にフェイがいなかった。辺りを見回しても彼女の姿は見えない。いったい、いつからいなくなっていたんだろう。
 そんなことを考えていたらアンドリュー卿が戻ってきた。
「気分が落ち着くまで待ってやりたいが、もう出発する。ここは少し危険かもしれないから」
「はい」
 そうして、すぐに馬車は動き始めた。

 馬車が移動をし始めて数十分後、私の気分はようやく落ち着いてきた。そして、その頃になってようやく、隣に座ったアンドリュー卿が左の手首に怪我をしている事に気がついた。
「手、痛くないんですか」
「ただのかすり傷だ。気にするな」
 アンドリュー卿は面倒くさそうに言って手首を隠した。彼はそう言っているけれど、傷が深いのか、血が出ている。とてもかすり傷には見えなかった。
「手当しないと」
「薬と包帯の無駄だ。タオルで押さえていればそのうち止まる」
「でも」
「またこの身体が醜くなることを気にしてるのか」
 一瞬、何の事を言っているのか分からなかった。
「身体の傷のことを気にしているの?」
「まあな。誰かさんが怖がるから」
 1年半前の、初めての夜のことを言っているの?
「怖くないわ。私はただ、あなたの身体を心配して」
 そこまで言って、墓穴を掘ったことに気がついた。

 ━━ジェシカならこの程度の傷であれば一瞬で治せる。

 心配していると言うのなら、神聖力を使って治せばいいんだ。でも、そうしないということは、その言葉が本心ではないと思われても仕方がない。それに、もしかしたら私が聖女ではないと感づかれるかもしれない。

「シア? どうした?」
 アンドリュー卿は心配そうな顔で私を見ていた。
「血が怖いのか。もう見せないから安心しろ」
 そう言うなり彼は右手で私を引き寄せて頭を撫でてきた。
「ごめんなさい」
「怖い思いをしたんだ。気分が悪くなっても仕方がない」

 ━━そうじゃない。あなたの傷を治せない無能な人間であることに対して謝罪しているの。

 アンドリュー卿は労るように私の頭を撫で続ける。そんな彼は、私が「どうか私が聖女ではないと気づかれませんように」と思っていることなど知る由もないだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

美人な姉と『じゃない方』の私

LIN
恋愛
私には美人な姉がいる。優しくて自慢の姉だ。 そんな姉の事は大好きなのに、偶に嫌になってしまう時がある。 みんな姉を好きになる… どうして私は『じゃない方』って呼ばれるの…? 私なんか、姉には遠く及ばない…

【完結】少年の懺悔、少女の願い

干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。 そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい―― なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。 後悔しても、もう遅いのだ。 ※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。 ※長編のスピンオフですが、単体で読めます。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

さよなら、私の初恋の人

キムラましゅろう
恋愛
さよなら私のかわいい王子さま。 破天荒で常識外れで魔術バカの、私の優しくて愛しい王子さま。 出会いは10歳。 世話係に任命されたのも10歳。 それから5年間、リリシャは問題行動の多い末っ子王子ハロルドの世話を焼き続けてきた。 そんなリリシャにハロルドも信頼を寄せていて。 だけどいつまでも子供のままではいられない。 ハロルドの婚約者選定の話が上がり出し、リリシャは引き際を悟る。 いつもながらの完全ご都合主義。 作中「GGL」というBL要素のある本に触れる箇所があります。 直接的な描写はありませんが、地雷の方はご自衛をお願いいたします。 ※関連作品『懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい』 誤字脱字の宝庫です。温かい目でお読み頂けますと幸いです。 小説家になろうさんでも時差投稿します。

処理中です...