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16-1 偽物の聖女
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森の奥から出てきたのは二足歩行の狼だった。
「ウェアウルフだ! 数は12匹」
誰がそう叫んだ。
「あらあら、ここの森にはこんな野蛮な生き物がいたのね」
フェイは窓に手をつき、外を見て言った。
「どうしよう」
「大丈夫、馬車にはシールドが張ってあるからあのモンスターは入ってこれないわ」
フェイがそう言うと、アンドリュー卿がこちらに振り返った。
「シア、絶対にそこにいろ。シールドを張っているから安全だ」
そう言うアンドリュー卿に向かってウェアウルフの一匹が襲いかかった。噛みつかれると思った次の瞬間、彼はウェアウルフを剣で薙ぎ払い、切り捨てた。
「きゃっ」
そのあまりの惨たらしさに私は口を抑えて俯いた。
「大丈夫?」
フェイの声がとても呑気に聞こえる。彼女はあんな光景に慣れているんだろうか。
私が恐怖と嫌悪感で震えている間にもウェアウルフ達のものと思える悲鳴がいくつも上がった。彼らの死に際の声は悲痛で聞くに耐えないものだった。
耳を塞いで目をぎゅっと閉じて耐えていると、やがて馬車の扉が開く音が聞こえた。
「シア、もう大丈夫だ」
目を開けてアンドリュー卿を見たら、彼の鎧にはウェアウルフの血がびっしりとついていた。
私の視線で気がついたのだろう。アンドリュー卿は自らの鎧を見た。
「・・・・・・ああ、悪い。落としてくる」
彼は馬車から離れた所に行くと血をタオルで拭き始めた。
「フェイ?」
気がついたら馬車の中にフェイがいなかった。辺りを見回しても彼女の姿は見えない。いったい、いつからいなくなっていたんだろう。
そんなことを考えていたらアンドリュー卿が戻ってきた。
「気分が落ち着くまで待ってやりたいが、もう出発する。ここは少し危険かもしれないから」
「はい」
そうして、すぐに馬車は動き始めた。
馬車が移動をし始めて数十分後、私の気分はようやく落ち着いてきた。そして、その頃になってようやく、隣に座ったアンドリュー卿が左の手首に怪我をしている事に気がついた。
「手、痛くないんですか」
「ただのかすり傷だ。気にするな」
アンドリュー卿は面倒くさそうに言って手首を隠した。彼はそう言っているけれど、傷が深いのか、血が出ている。とてもかすり傷には見えなかった。
「手当しないと」
「薬と包帯の無駄だ。タオルで押さえていればそのうち止まる」
「でも」
「またこの身体が醜くなることを気にしてるのか」
一瞬、何の事を言っているのか分からなかった。
「身体の傷のことを気にしているの?」
「まあな。誰かさんが怖がるから」
1年半前の、初めての夜のことを言っているの?
「怖くないわ。私はただ、あなたの身体を心配して」
そこまで言って、墓穴を掘ったことに気がついた。
━━ジェシカならこの程度の傷であれば一瞬で治せる。
心配していると言うのなら、神聖力を使って治せばいいんだ。でも、そうしないということは、その言葉が本心ではないと思われても仕方がない。それに、もしかしたら私が聖女ではないと感づかれるかもしれない。
「シア? どうした?」
アンドリュー卿は心配そうな顔で私を見ていた。
「血が怖いのか。もう見せないから安心しろ」
そう言うなり彼は右手で私を引き寄せて頭を撫でてきた。
「ごめんなさい」
「怖い思いをしたんだ。気分が悪くなっても仕方がない」
━━そうじゃない。あなたの傷を治せない無能な人間であることに対して謝罪しているの。
アンドリュー卿は労るように私の頭を撫で続ける。そんな彼は、私が「どうか私が聖女ではないと気づかれませんように」と思っていることなど知る由もないだろう。
「ウェアウルフだ! 数は12匹」
誰がそう叫んだ。
「あらあら、ここの森にはこんな野蛮な生き物がいたのね」
フェイは窓に手をつき、外を見て言った。
「どうしよう」
「大丈夫、馬車にはシールドが張ってあるからあのモンスターは入ってこれないわ」
フェイがそう言うと、アンドリュー卿がこちらに振り返った。
「シア、絶対にそこにいろ。シールドを張っているから安全だ」
そう言うアンドリュー卿に向かってウェアウルフの一匹が襲いかかった。噛みつかれると思った次の瞬間、彼はウェアウルフを剣で薙ぎ払い、切り捨てた。
「きゃっ」
そのあまりの惨たらしさに私は口を抑えて俯いた。
「大丈夫?」
フェイの声がとても呑気に聞こえる。彼女はあんな光景に慣れているんだろうか。
私が恐怖と嫌悪感で震えている間にもウェアウルフ達のものと思える悲鳴がいくつも上がった。彼らの死に際の声は悲痛で聞くに耐えないものだった。
耳を塞いで目をぎゅっと閉じて耐えていると、やがて馬車の扉が開く音が聞こえた。
「シア、もう大丈夫だ」
目を開けてアンドリュー卿を見たら、彼の鎧にはウェアウルフの血がびっしりとついていた。
私の視線で気がついたのだろう。アンドリュー卿は自らの鎧を見た。
「・・・・・・ああ、悪い。落としてくる」
彼は馬車から離れた所に行くと血をタオルで拭き始めた。
「フェイ?」
気がついたら馬車の中にフェイがいなかった。辺りを見回しても彼女の姿は見えない。いったい、いつからいなくなっていたんだろう。
そんなことを考えていたらアンドリュー卿が戻ってきた。
「気分が落ち着くまで待ってやりたいが、もう出発する。ここは少し危険かもしれないから」
「はい」
そうして、すぐに馬車は動き始めた。
馬車が移動をし始めて数十分後、私の気分はようやく落ち着いてきた。そして、その頃になってようやく、隣に座ったアンドリュー卿が左の手首に怪我をしている事に気がついた。
「手、痛くないんですか」
「ただのかすり傷だ。気にするな」
アンドリュー卿は面倒くさそうに言って手首を隠した。彼はそう言っているけれど、傷が深いのか、血が出ている。とてもかすり傷には見えなかった。
「手当しないと」
「薬と包帯の無駄だ。タオルで押さえていればそのうち止まる」
「でも」
「またこの身体が醜くなることを気にしてるのか」
一瞬、何の事を言っているのか分からなかった。
「身体の傷のことを気にしているの?」
「まあな。誰かさんが怖がるから」
1年半前の、初めての夜のことを言っているの?
「怖くないわ。私はただ、あなたの身体を心配して」
そこまで言って、墓穴を掘ったことに気がついた。
━━ジェシカならこの程度の傷であれば一瞬で治せる。
心配していると言うのなら、神聖力を使って治せばいいんだ。でも、そうしないということは、その言葉が本心ではないと思われても仕方がない。それに、もしかしたら私が聖女ではないと感づかれるかもしれない。
「シア? どうした?」
アンドリュー卿は心配そうな顔で私を見ていた。
「血が怖いのか。もう見せないから安心しろ」
そう言うなり彼は右手で私を引き寄せて頭を撫でてきた。
「ごめんなさい」
「怖い思いをしたんだ。気分が悪くなっても仕方がない」
━━そうじゃない。あなたの傷を治せない無能な人間であることに対して謝罪しているの。
アンドリュー卿は労るように私の頭を撫で続ける。そんな彼は、私が「どうか私が聖女ではないと気づかれませんように」と思っていることなど知る由もないだろう。
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