上 下
17 / 55

14 罪悪感

しおりを挟む
 教会に着くと部下の人達を待機させて、私とアンドリュー卿は司祭様に初夜を終えたと報告をした。
 司祭様は、神様に私達が本物の夫婦になったことを宣言してくださった。
 これで私達はもう離婚できない。そのことを司祭様が遠回しかつ丁寧に言うとアンドリュー卿は嬉しそうに笑った。いつも怖い顔をしている彼が私に向かって満面の笑みを浮かべたのだ。

 ━━きっと、ジョルネスの聖女を手中に収めたと思っているのよね。

 そんなアンドリュー卿を見ていたら、彼を騙していることの罪悪感が込み上げてくる。そして、いつか嘘がバレた時を思うと、怖くてたまらなかった。

 アンドリュー卿は嫌味を言ったり怖い顔をしたりすることはあってもお父様のように暴力を振るうことはなかった。
 でも、それは私が聖女として扱われているからだ。もし、私が聖女じゃないと知れたらお父様のように・・・・・・。

「シア」
 アンドリュー卿に呼ばれてはっとする。
「誰よりも幸せにするから」
 彼はそう言って私の手を取った。

 ━━私が聖女なら素直に喜べたのに。

 私は、偽物の聖女だ。この罪悪感と恐怖心が消えない限り、到底幸せになんてなれるはずがなかった。






 教会で報告を済ませてからというものの、アンドリュー卿は見るからに機嫌が良くなった。怖い顔をされることはなくなり、馬車での移動の最中に重い空気にならなくて済んだ。
 でも、そんな彼を見ていると罪悪感はさらに深まった。
 私はそんなにいいものじゃないのに。聖女じゃないと分かったら彼はどれだけがっかりするだろう。彼の顔を見る度に、そんな考えが頭の中でぐるぐると回った。



 数日間の野宿を経てたどり着いた宿でアンドリュー卿は夜の営みをしようと誘ってきた。この間のように余計なことを言って彼を怒らせてはいけないから、私は黙って彼を受け入れる。

 アンドリュー卿はベッドの中ではとても優しかった。私が痛くないように、気持ちよくなれるようにと熱心に身体の隅々まで愛撫してくれる。そのせいで私ははしたない声を上げ続けることになった。
 だから、行為の最中は罪悪感や恐怖を忘れることができた。行為の最中だけは、気持ちよくて幸せな気分になっていると思うと、下品な女だと思う。

 行為を終えて身体を清めた後、アンドリュー卿は問答無用で私を抱きしめて床に就いた。
 彼の胸に頭を乗せて頭を撫でられると、さっきまでの幸せだった気持ちが徐々に引いていくのが分かる。

 ━━私はこんな風にされるような価値のある女じゃないのに。

「シア」
「はい」
「俺はずっと勘違いしていたんだ」
「何を、ですか」
「お前が俺と離婚したいものだとばかり思っていたんだ。でも、違ったんだな」
「はい」
「今までごめんな」
 何のことについて謝っているのだろう。そう思ったところで、私は「はい」と答えるだけだった。
 私はただ、彼に従っていればいいんだ。生意気なことを言って彼を怒らせたら怖いとこの間学んだから。







 その翌日、私達は盛大に寝坊した。
「アンドリュー! おい、いつまで寝てんだ!!」
 ドアをドンドンと激しく叩き、叫ぶ男の声で私は目を覚ました。
 時計を見たら告げられていた出発の時間になっている。起き上がりたいのだけれど、アンドリュー卿の腕に抱かれているせいで身体が動かない。
「アンドリュー卿、起きて」
 必死にもがいて何とか左手で彼の頬を撫でると、アンドリュー卿のまぶたが開いた。

「シア」
 彼は私の頬にキスをした。
 その間にも、アンドリュー卿を呼ぶ男の声は続いている。
「アンドリュー卿、遅刻してるから急いで」
「んっ」
 彼はようやく身体を起こして服を着替え始めた。
「おい、アンドリュー! いい加減に」
「うるせぇ! 今から準備するからガタガタ言ってんじゃねえ!」
 アンドリュー卿の怒鳴り声に思わず身がすくんだ。
「さっさとしろ! 外で待ってるからな!」
 部下の男がそう言うと遠退く足音が聞こえた。

「ったく、朝から何なんだよ」
 悪いのは寝坊をした私達の方なのにアンドリュー卿は不機嫌にそう言い放った。
 私は急いで服を着替えたかったのだけれど、背中の紐がなかなか上手く結べなかった。私が紐と格闘している最中にアンドリュー卿は着替えを終えていた。
「手伝うよ」
 彼はドレスの紐を素早く結んでくれた。
「ありがとう」
 お礼を言ったらアンドリュー卿は照れくさそうに笑った。

 荷物をまとめて馬車の下にたどり着くと、部下の一人がアンドリュー卿に文句を言い始めた。
「旅程が大幅に過ぎてるのに寝坊するやつがあるか!」
「大げさだな。多少の遅れに何を言ってるんだか」
「は? それは旅程についてか? それともお前が寝坊してきたことか?」
「どっちもだよ」
 喧嘩になりそうなのに、周りの人達は誰も止めない。黙って見守っていると二人の言い争いがどんどん激しくなっていく。私は悩んだ末にアンドリュー卿に声をかけた。

「時間が押しているみたいだから早く乗りましょう」
「ああ、そうだな」
 幸い、アンドリュー卿は急かした私に対して怒ることはなかった。
 アンドリュー卿は馬車の扉を開けて私に入るようにエスコートしてくれた。そして、馬車に乗り込んだ瞬間だった。

「元はといえば、誰のせいで時間が押してるんだか」

 誰が言ったのかは分からない。でも、はっきりとそう言った聞こえた。
「あぁ!?」
 振り返ったアンドリュー卿が大きな声を上げる。
「もう一回言ってみろ? ぶっ殺すからな」
 アンドリュー卿はそう言うと馬車に乗り込み扉を閉めた。
「シア、あいつらの言葉を気にするんじゃないぞ」
「はい」
 そう返事をしたけれど、気にしないことなどできなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました

鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と 王女殿下の騎士  の話 短いので、サクッと読んでもらえると思います。 読みやすいように、3話に分けました。 毎日1回、予約投稿します。

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。

みゅー
恋愛
 王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。  いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。  聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。  王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。  ちょっと切ないお話です。

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】 王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。 しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。 「君は俺と結婚したんだ」 「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」 目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。 どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

バイバイ、旦那様。【本編完結済】

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
妻シャノンが屋敷を出て行ったお話。 この作品はフィクションです。 作者独自の世界観です。ご了承ください。 7/31 お話の至らぬところを少し訂正させていただきました。 申し訳ありません。大筋に変更はありません。 8/1 追加話を公開させていただきます。 リクエストしてくださった皆様、ありがとうございます。 調子に乗って書いてしまいました。 この後もちょこちょこ追加話を公開予定です。 甘いです(個人比)。嫌いな方はお避け下さい。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

処理中です...