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9 誤解
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小さな宿だから、バスタブがないかもしれないと思っていたけれど、意外にもそれはあった。
人生初の一人での入浴だったけれど、ちゃんと身体を洗えたと思う。
「はあ・・・・・・」
お湯に浸かっていると大きな溜め息が出た。
「どうしたの?」
耳元で声がした。驚きのあまり身体を起こしたら水がじゃぼんと大きく跳ねた。
「きゃっ!」
声の主であるフェイは水しぶきをとても嫌がった。
「びっくりした・・・・・・」
フェイの呟きにそれはこっちのセリフだと思った。
突然現れるフェイは一体何の目的があるんだろう。私の友達と言っていたけれど、相変わらず彼女のことは思い出せない。
━━そもそも、これは現実なのかしら。
「私、また夢を見ているのかな」
私の言葉にフェイは首を傾げた。
「急にどうしたのよ。まさか、私を見て言ってるの?」
頷くとフェイは不服だと言わんばかりに頬を膨らませた。怒っている姿も美しくて私は彼女の頬を指でつついた。
「こんなに綺麗でかわいらしい生き物が世の中に存在していて、しかも私の知り合いで友達だと言うのよ。夢だと思うのは当然じゃないかしら?」
「シアは褒めるのが上手ね」
フェイは私の指先にハグをした。褒めたつもりはないのだけれど、機嫌よくする彼女にそんなことを言う必要はないだろう。
「それはそうと、何で溜め息なんか吐いていたの? 幸せが逃げちゃうじゃない」
フェイは心配そうに私を見つめていた。
「ああ・・・・・・。うん。実はね」
「うん」
「夫と上手くいっていないの」
「どうして?」
「どこから話せばいいのかしら」
考えた末に、私はアンドリュー卿との結婚の経緯から、今日に至るまで全てを話きった。そして、アンドリュー卿と気が合いそうにないことや、彼のいる部屋に帰りたくないことも言った。
話を始めた時にはここまで詳しく言うつもりはなかったのだけれど、気がついたら言葉が止まらなくなっていた。フェイに自分の胸の内を洗いざらい話してしまうなんて、自分が思っている以上にストレスが溜まっていたのかもしれない。
「つまり、シアにとってアンドリューは嫌な人なの?」
「嫌・・・・・・ではないと思うけど、一緒にいると居心地が悪いの。それに、アンドリュー卿もきっと私と結婚したことを後悔しているわ」
「何でそう思うの?」
「私が彼の理想とする妻の像とは程遠いから」
アンドリュー卿は"ジョルネスの娘"を望んでいた。彼が求めていたのは、ジェシカのような力を持った聖女のはずだ。
歴代のジョルネスの聖女達は、戦闘においても力を発揮した。傷ついた仲間を癒やしたり、モンスターを神聖魔法で追いやったりと数々の功績を残している。アンドリュー卿はその話を聞いて、自身をサポートしてくれる聖女を求めたに違いない。でも、何の能力もない私は彼の役には立てない。
このことは、前々から分かってはいたけれど、今日のやり取りで、さらに分かったことがある。
私はアンドリュー卿の求める妻としての振る舞いすらなっていないらしい。
彼にとって私の口調や振る舞いは、妻として堅苦しくて不愉快らしい。それに、時折、私のことを"お姫様"なんて言ってくる。きっと、我儘で面倒な女だと思ったんだわ。
「程遠いなんてものじゃないわね。・・・・・・私は彼の理想の妻の条件と、何一つ合致していないの。もし、アンドリュー卿がこのことを知ったら、きっと騙されたと思って私を嬲り殺すわ」
そうなっても文句は言えない。だって、"ジョルネスの娘"と騙したのは事実なんだから。
「うーん?」
フェイは顎に手を当てて真剣な顔で俯いている。それだけで慰めの言葉一つかけてくれない。
━━折角本音を打ち明けたのに何も言ってくれないなんて・・・・・・。何だか損をした気分。
頭の中で私が文句を言っていると、フェイはぱっと顔を上げた。
「ねえ、シア。あなたはきっとアンドリューを誤解しているわ」
「どうして?」
「だって、そうじゃない? ずっと会っていなくて久しぶりに再会して、ほとんど何も喋ってないんでしょう? シアもアンドリューも、離れていた時の事をお互いに知らなさすぎるわ」
確かに1年半も放ったらかしにされてはいたけれど。・・・・・・そもそも、結婚をした当初から私は彼のことを何も知らない。
「もう少し、お話をしましょうよ。話をしないと自分の事を分かってもらえないし、相手のことだって理解できないわ」
「そうね」
フェイの言っていることが正論だってことは分かる。でも、もし話をして嫌われたら? 鬱陶しい女だと思われて離婚を要求される可能性だってある。
そんなことを考えていたら、フェイは私の眉間をつついた。
「大丈夫! シアの夢はきっと叶うわ」
「夢?」
何のことだろう。そう思って首を傾げたらフェイはにこりと笑った。
「小さな頃、私に教えてくれたじゃない? 『素敵な騎士様と結婚して世界で一番幸せなお姫様になるんだ』って」
昔、私がまだ小さくて、聖女になれるものとして期待されていた頃に、確かにそんなことを言っていたような気がする。大人になった今となっては小っ恥ずかしい私の夢。それを思い出したら顔が赤くなった。
「ちょっと、からかわないで!」
「からかってなんかいないわ。私は友人の願いを叶えるためなら何でもするつもりよ! だから、シアはアンドリューと幸せになるの」
私の幸せを祈って自信満々に言うフェイを咎めることはできなかった。
━━それより、どうしてフェイは子供の頃の夢を知っているんだろう。
本当に昔、彼女と会ったことがある? そんなことを考えていた時、浴室の扉が開いた。
人生初の一人での入浴だったけれど、ちゃんと身体を洗えたと思う。
「はあ・・・・・・」
お湯に浸かっていると大きな溜め息が出た。
「どうしたの?」
耳元で声がした。驚きのあまり身体を起こしたら水がじゃぼんと大きく跳ねた。
「きゃっ!」
声の主であるフェイは水しぶきをとても嫌がった。
「びっくりした・・・・・・」
フェイの呟きにそれはこっちのセリフだと思った。
突然現れるフェイは一体何の目的があるんだろう。私の友達と言っていたけれど、相変わらず彼女のことは思い出せない。
━━そもそも、これは現実なのかしら。
「私、また夢を見ているのかな」
私の言葉にフェイは首を傾げた。
「急にどうしたのよ。まさか、私を見て言ってるの?」
頷くとフェイは不服だと言わんばかりに頬を膨らませた。怒っている姿も美しくて私は彼女の頬を指でつついた。
「こんなに綺麗でかわいらしい生き物が世の中に存在していて、しかも私の知り合いで友達だと言うのよ。夢だと思うのは当然じゃないかしら?」
「シアは褒めるのが上手ね」
フェイは私の指先にハグをした。褒めたつもりはないのだけれど、機嫌よくする彼女にそんなことを言う必要はないだろう。
「それはそうと、何で溜め息なんか吐いていたの? 幸せが逃げちゃうじゃない」
フェイは心配そうに私を見つめていた。
「ああ・・・・・・。うん。実はね」
「うん」
「夫と上手くいっていないの」
「どうして?」
「どこから話せばいいのかしら」
考えた末に、私はアンドリュー卿との結婚の経緯から、今日に至るまで全てを話きった。そして、アンドリュー卿と気が合いそうにないことや、彼のいる部屋に帰りたくないことも言った。
話を始めた時にはここまで詳しく言うつもりはなかったのだけれど、気がついたら言葉が止まらなくなっていた。フェイに自分の胸の内を洗いざらい話してしまうなんて、自分が思っている以上にストレスが溜まっていたのかもしれない。
「つまり、シアにとってアンドリューは嫌な人なの?」
「嫌・・・・・・ではないと思うけど、一緒にいると居心地が悪いの。それに、アンドリュー卿もきっと私と結婚したことを後悔しているわ」
「何でそう思うの?」
「私が彼の理想とする妻の像とは程遠いから」
アンドリュー卿は"ジョルネスの娘"を望んでいた。彼が求めていたのは、ジェシカのような力を持った聖女のはずだ。
歴代のジョルネスの聖女達は、戦闘においても力を発揮した。傷ついた仲間を癒やしたり、モンスターを神聖魔法で追いやったりと数々の功績を残している。アンドリュー卿はその話を聞いて、自身をサポートしてくれる聖女を求めたに違いない。でも、何の能力もない私は彼の役には立てない。
このことは、前々から分かってはいたけれど、今日のやり取りで、さらに分かったことがある。
私はアンドリュー卿の求める妻としての振る舞いすらなっていないらしい。
彼にとって私の口調や振る舞いは、妻として堅苦しくて不愉快らしい。それに、時折、私のことを"お姫様"なんて言ってくる。きっと、我儘で面倒な女だと思ったんだわ。
「程遠いなんてものじゃないわね。・・・・・・私は彼の理想の妻の条件と、何一つ合致していないの。もし、アンドリュー卿がこのことを知ったら、きっと騙されたと思って私を嬲り殺すわ」
そうなっても文句は言えない。だって、"ジョルネスの娘"と騙したのは事実なんだから。
「うーん?」
フェイは顎に手を当てて真剣な顔で俯いている。それだけで慰めの言葉一つかけてくれない。
━━折角本音を打ち明けたのに何も言ってくれないなんて・・・・・・。何だか損をした気分。
頭の中で私が文句を言っていると、フェイはぱっと顔を上げた。
「ねえ、シア。あなたはきっとアンドリューを誤解しているわ」
「どうして?」
「だって、そうじゃない? ずっと会っていなくて久しぶりに再会して、ほとんど何も喋ってないんでしょう? シアもアンドリューも、離れていた時の事をお互いに知らなさすぎるわ」
確かに1年半も放ったらかしにされてはいたけれど。・・・・・・そもそも、結婚をした当初から私は彼のことを何も知らない。
「もう少し、お話をしましょうよ。話をしないと自分の事を分かってもらえないし、相手のことだって理解できないわ」
「そうね」
フェイの言っていることが正論だってことは分かる。でも、もし話をして嫌われたら? 鬱陶しい女だと思われて離婚を要求される可能性だってある。
そんなことを考えていたら、フェイは私の眉間をつついた。
「大丈夫! シアの夢はきっと叶うわ」
「夢?」
何のことだろう。そう思って首を傾げたらフェイはにこりと笑った。
「小さな頃、私に教えてくれたじゃない? 『素敵な騎士様と結婚して世界で一番幸せなお姫様になるんだ』って」
昔、私がまだ小さくて、聖女になれるものとして期待されていた頃に、確かにそんなことを言っていたような気がする。大人になった今となっては小っ恥ずかしい私の夢。それを思い出したら顔が赤くなった。
「ちょっと、からかわないで!」
「からかってなんかいないわ。私は友人の願いを叶えるためなら何でもするつもりよ! だから、シアはアンドリューと幸せになるの」
私の幸せを祈って自信満々に言うフェイを咎めることはできなかった。
━━それより、どうしてフェイは子供の頃の夢を知っているんだろう。
本当に昔、彼女と会ったことがある? そんなことを考えていた時、浴室の扉が開いた。
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