上 下
9 / 57

8 夫婦のあり方

しおりを挟む
 私が何も言えないでいると、アンドリュー卿は顔を歪めて俯いた。

 ━━彼なりに、私を想って歩み寄ろうとしてくれていたのかしら。

 それは私の思い込みなのかもしれないけれど、もしそうじゃなかったら? 夫婦としてどう有りたいのかを伝えてきた彼の言葉を無視するなんて、あまりにも失礼なことだ。

「そうでしたか。では居眠りをしても気にしないようにします」
 勇気を出して言ってみたのに、アンドリュー卿の顔は曇ったままだった。

 ━━生意気だと思われたかな。

 彼は何も言ってくれないから不安が押し寄せてくる。やっぱり、言わなければよかった。そう思った時、彼と目が合った。
「そうしてくれ。・・・・・・それから、その口調もやめて欲しい」
 やはり上から目線で生意気だと思われたようだ。謝ろうと口を開きかけると、彼は言葉を続けた。
「他人行儀に話されるのは嫌なんだ」
 彼は真剣な顔で私をじっと見ていた。

 ━━アンドリュー卿は、私に何を望んでいるのだろう。

 彼の真意を測りかねてつい押し黙ってしまいそうになる。何かを言わないと、と思って出てきたのは「分かりました」という言葉だった。
 アンドリュー卿は頭を振った。
「敬語はいらない」
「でも、アンドリュー卿の方が年上ですから」
「俺達は夫婦なんだぞ」
「夫婦であっても、年上の夫に対しては敬語を使うものではないですか」
 アンドリュー卿は顔を顰めた。彼の機嫌を損ねてしまったらしい。

 ━━私、何をやっているんだろう。

 離婚されないためにもアンドリュー卿の機嫌を取らないといけないのに。反抗して彼の気分を害してばかりだ。
「ごめんなさい。城を訪ねてきた貴婦人の方達はみなさん、夫を立てて敬語で話していたので・・・・・・。だから私もそうするべきだと思ったんです。・・・・・・で、でも、アンドリュー卿が気に入らないのならやめるわ。ごめんなさい」
 私は必死になって弁解すると、彼は「そうか」と生返事をした。

 それで私達の会話はぷつりと消えた。それからは、とても話をする雰囲気ではなくなった。私は重い空気の中、外を見て必死に気分を誤魔化した。






 宿に着いたのは日が落ちる直前だった。私はすぐに馬車から降ろされて部屋に案内された。
 宿はとても古めかしくて汚れも目立った。天井や戸棚に蜘蛛の糸が見えて掃除が行き渡っていないのが分かる。不衛生な場所で寝泊まりすることに抵抗はあったものの、案内された部屋は比較的、綺麗だった。
 案内者が部屋から出て行ってからベッドの上で横になる。布団は質のいいものではないけれど、お日様の匂いがして心地よかった。

 ━━疲れた。

 肉体ではなく、精神的な疲れで正直、参ってしまった。あの何とも居心地の悪い空気からようやく解放された。
 そう思っていたのに、アンドリュー卿がやって来た。私は慌てて起き上がる。
「楽にしていてくれ」
 彼はそう言いながら、着替えを始めた。私はすぐに彼に背を向ける。

 ━━まさか、同じ部屋じゃないよね?

 これから一晩、また息が詰まる思いをしないといけないのかしら。
 そんなことを思いつつ、彼をちらりと見たら、軽装に着替え終わっていた。
「食事は1時間後だ。それまで時間があるから身体を洗ってくればいいんじゃないか」
「そうですね」
 そう言って、はっとした。私の事で口調で散々揉めたのにまた敬語で接している。慌てて言い直した。
「そうね。そうさせてもらうわ」
 私は着替えを持って浴室へと向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

永遠の隣で ~皇帝と妃の物語~

ゆる
恋愛
「15歳差の婚約者、魔女と揶揄される妃、そして帝国を支える皇帝の物語」 アルセリオス皇帝とその婚約者レフィリア――彼らの出会いは、運命のいたずらだった。 生まれたばかりの皇太子アルと婚約を強いられた公爵令嬢レフィリア。幼い彼の乳母として、時には母として、彼女は彼を支え続ける。しかし、魔法の力で若さを保つレフィリアは、宮廷内外で「魔女」と噂され、婚約破棄の陰謀に巻き込まれる。 それでもアルは成長し、15歳の若き皇帝として即位。彼は堂々と宣言する。 「魔女だろうと何だろうと、彼女は俺の妃だ!」 皇帝として、夫として、アルはレフィリアを守り抜き、共に帝国の未来を築いていく。 子どもたちの誕生、新たな改革、そして帝国の安定と繁栄――二人が歩む道のりは困難に満ちているが、その先には揺るぎない絆と希望があった。 恋愛・政治・陰謀が交錯する、壮大な愛と絆の物語! 運命に翻弄されながらも未来を切り開く二人の姿に、きっと胸を打たれるはずです。 ---

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

【完結】あなたは知らなくていいのです

楽歩
恋愛
無知は不幸なのか、全てを知っていたら幸せなのか  セレナ・ホフマン伯爵令嬢は3人いた王太子の婚約者候補の一人だった。しかし王太子が選んだのは、ミレーナ・アヴリル伯爵令嬢。婚約者候補ではなくなったセレナは、王太子の従弟である公爵令息の婚約者になる。誰にも関心を持たないこの令息はある日階段から落ち… え?転生者?私を非難している者たちに『ざまぁ』をする?この目がキラキラの人はいったい… でも、婚約者様。ふふ、少し『ざまぁ』とやらが、甘いのではなくて?きっと私の方が上手ですわ。 知らないからー幸せか、不幸かーそれは、セレナ・ホフマン伯爵令嬢のみぞ知る ※誤字脱字、勉強不足、名前間違いなどなど、どうか温かい目でm(_ _"m)

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

【完結】私のことを愛さないと仰ったはずなのに 〜家族に虐げれ、妹のワガママで婚約破棄をされた令嬢は、新しい婚約者に溺愛される〜

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
とある子爵家の長女であるエルミーユは、家長の父と使用人の母から生まれたことと、常人離れした記憶力を持っているせいで、幼い頃から家族に嫌われ、酷い暴言を言われたり、酷い扱いをされる生活を送っていた。 エルミーユには、十歳の時に決められた婚約者がおり、十八歳になったら家を出て嫁ぐことが決められていた。 地獄のような家を出るために、なにをされても気丈に振舞う生活を送り続け、無事に十八歳を迎える。 しかし、まだ婚約者がおらず、エルミーユだけ結婚するのが面白くないと思った、ワガママな異母妹の策略で騙されてしまった婚約者に、婚約破棄を突き付けられてしまう。 突然結婚の話が無くなり、落胆するエルミーユは、とあるパーティーで伯爵家の若き家長、ブラハルトと出会う。 社交界では彼の恐ろしい噂が流れており、彼は孤立してしまっていたが、少し話をしたエルミーユは、彼が噂のような恐ろしい人ではないと気づき、一緒にいてとても居心地が良いと感じる。 そんなブラハルトと、互いの結婚事情について話した後、互いに利益があるから、婚約しようと持ち出される。 喜んで婚約を受けるエルミーユに、ブラハルトは思わぬことを口にした。それは、エルミーユのことは愛さないというものだった。 それでも全然構わないと思い、ブラハルトとの生活が始まったが、愛さないという話だったのに、なぜか溺愛されてしまい……? ⭐︎全56話、最終話まで予約投稿済みです。小説家になろう様にも投稿しております。2/16女性HOTランキング1位ありがとうございます!⭐︎

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。 そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。 そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。 「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」 そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。 かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが… ※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。 ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。 よろしくお願いしますm(__)m

処理中です...