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8 夫婦のあり方
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私が何も言えないでいると、アンドリュー卿は顔を歪めて俯いた。
━━彼なりに、私を想って歩み寄ろうとしてくれていたのかしら。
それは私の思い込みなのかもしれないけれど、もしそうじゃなかったら? 夫婦としてどう有りたいのかを伝えてきた彼の言葉を無視するなんて、あまりにも失礼なことだ。
「そうでしたか。では居眠りをしても気にしないようにします」
勇気を出して言ってみたのに、アンドリュー卿の顔は曇ったままだった。
━━生意気だと思われたかな。
彼は何も言ってくれないから不安が押し寄せてくる。やっぱり、言わなければよかった。そう思った時、彼と目が合った。
「そうしてくれ。・・・・・・それから、その口調もやめて欲しい」
やはり上から目線で生意気だと思われたようだ。謝ろうと口を開きかけると、彼は言葉を続けた。
「他人行儀に話されるのは嫌なんだ」
彼は真剣な顔で私をじっと見ていた。
━━アンドリュー卿は、私に何を望んでいるのだろう。
彼の真意を測りかねてつい押し黙ってしまいそうになる。何かを言わないと、と思って出てきたのは「分かりました」という言葉だった。
アンドリュー卿は頭を振った。
「敬語はいらない」
「でも、アンドリュー卿の方が年上ですから」
「俺達は夫婦なんだぞ」
「夫婦であっても、年上の夫に対しては敬語を使うものではないですか」
アンドリュー卿は顔を顰めた。彼の機嫌を損ねてしまったらしい。
━━私、何をやっているんだろう。
離婚されないためにもアンドリュー卿の機嫌を取らないといけないのに。反抗して彼の気分を害してばかりだ。
「ごめんなさい。城を訪ねてきた貴婦人の方達はみなさん、夫を立てて敬語で話していたので・・・・・・。だから私もそうするべきだと思ったんです。・・・・・・で、でも、アンドリュー卿が気に入らないのならやめるわ。ごめんなさい」
私は必死になって弁解すると、彼は「そうか」と生返事をした。
それで私達の会話はぷつりと消えた。それからは、とても話をする雰囲気ではなくなった。私は重い空気の中、外を見て必死に気分を誤魔化した。
※
宿に着いたのは日が落ちる直前だった。私はすぐに馬車から降ろされて部屋に案内された。
宿はとても古めかしくて汚れも目立った。天井や戸棚に蜘蛛の糸が見えて掃除が行き渡っていないのが分かる。不衛生な場所で寝泊まりすることに抵抗はあったものの、案内された部屋は比較的、綺麗だった。
案内者が部屋から出て行ってからベッドの上で横になる。布団は質のいいものではないけれど、お日様の匂いがして心地よかった。
━━疲れた。
肉体ではなく、精神的な疲れで正直、参ってしまった。あの何とも居心地の悪い空気からようやく解放された。
そう思っていたのに、アンドリュー卿がやって来た。私は慌てて起き上がる。
「楽にしていてくれ」
彼はそう言いながら、着替えを始めた。私はすぐに彼に背を向ける。
━━まさか、同じ部屋じゃないよね?
これから一晩、また息が詰まる思いをしないといけないのかしら。
そんなことを思いつつ、彼をちらりと見たら、軽装に着替え終わっていた。
「食事は1時間後だ。それまで時間があるから身体を洗ってくればいいんじゃないか」
「そうですね」
そう言って、はっとした。私の事で口調で散々揉めたのにまた敬語で接している。慌てて言い直した。
「そうね。そうさせてもらうわ」
私は着替えを持って浴室へと向かった。
━━彼なりに、私を想って歩み寄ろうとしてくれていたのかしら。
それは私の思い込みなのかもしれないけれど、もしそうじゃなかったら? 夫婦としてどう有りたいのかを伝えてきた彼の言葉を無視するなんて、あまりにも失礼なことだ。
「そうでしたか。では居眠りをしても気にしないようにします」
勇気を出して言ってみたのに、アンドリュー卿の顔は曇ったままだった。
━━生意気だと思われたかな。
彼は何も言ってくれないから不安が押し寄せてくる。やっぱり、言わなければよかった。そう思った時、彼と目が合った。
「そうしてくれ。・・・・・・それから、その口調もやめて欲しい」
やはり上から目線で生意気だと思われたようだ。謝ろうと口を開きかけると、彼は言葉を続けた。
「他人行儀に話されるのは嫌なんだ」
彼は真剣な顔で私をじっと見ていた。
━━アンドリュー卿は、私に何を望んでいるのだろう。
彼の真意を測りかねてつい押し黙ってしまいそうになる。何かを言わないと、と思って出てきたのは「分かりました」という言葉だった。
アンドリュー卿は頭を振った。
「敬語はいらない」
「でも、アンドリュー卿の方が年上ですから」
「俺達は夫婦なんだぞ」
「夫婦であっても、年上の夫に対しては敬語を使うものではないですか」
アンドリュー卿は顔を顰めた。彼の機嫌を損ねてしまったらしい。
━━私、何をやっているんだろう。
離婚されないためにもアンドリュー卿の機嫌を取らないといけないのに。反抗して彼の気分を害してばかりだ。
「ごめんなさい。城を訪ねてきた貴婦人の方達はみなさん、夫を立てて敬語で話していたので・・・・・・。だから私もそうするべきだと思ったんです。・・・・・・で、でも、アンドリュー卿が気に入らないのならやめるわ。ごめんなさい」
私は必死になって弁解すると、彼は「そうか」と生返事をした。
それで私達の会話はぷつりと消えた。それからは、とても話をする雰囲気ではなくなった。私は重い空気の中、外を見て必死に気分を誤魔化した。
※
宿に着いたのは日が落ちる直前だった。私はすぐに馬車から降ろされて部屋に案内された。
宿はとても古めかしくて汚れも目立った。天井や戸棚に蜘蛛の糸が見えて掃除が行き渡っていないのが分かる。不衛生な場所で寝泊まりすることに抵抗はあったものの、案内された部屋は比較的、綺麗だった。
案内者が部屋から出て行ってからベッドの上で横になる。布団は質のいいものではないけれど、お日様の匂いがして心地よかった。
━━疲れた。
肉体ではなく、精神的な疲れで正直、参ってしまった。あの何とも居心地の悪い空気からようやく解放された。
そう思っていたのに、アンドリュー卿がやって来た。私は慌てて起き上がる。
「楽にしていてくれ」
彼はそう言いながら、着替えを始めた。私はすぐに彼に背を向ける。
━━まさか、同じ部屋じゃないよね?
これから一晩、また息が詰まる思いをしないといけないのかしら。
そんなことを思いつつ、彼をちらりと見たら、軽装に着替え終わっていた。
「食事は1時間後だ。それまで時間があるから身体を洗ってくればいいんじゃないか」
「そうですね」
そう言って、はっとした。私の事で口調で散々揉めたのにまた敬語で接している。慌てて言い直した。
「そうね。そうさせてもらうわ」
私は着替えを持って浴室へと向かった。
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