上 下
8 / 57

7 嫌な人

しおりを挟む
 頭に触れられている感触がした。重いまぶた開けて見てみれば、アンドリュー卿のゴツゴツとした手が私の頭を撫でていた。
 びっくりして身体を捩ったら、アンドリュー卿は途端に手を引っ込めた。

「そろそろ支度をするぞ」
 挨拶もなく、何事もなかったかのように彼は言った。私が起き上がると、彼は私の身体に掛かっていた毛布を取り上げて馬車を出た。
 ぼんやりとした頭で、荷馬車に毛布を片づけに行く彼を見ていたら昨夜のことを思い出した。

 ━━フェイは?

 見渡しても彼女はどこにもいない。

 ━━夢か。

 妖精にしろ、モンスターにしろ、私の下に訪れたのなら、外で見張りをしていたアンドリュー卿の部下達が気づいていただろう。
 彼らはアンドリュー卿とともに様々なモンスターと戦ってきた騎士だ。歴戦の騎士である彼らが気づかずに、何の才能もない私が気づくことなどあるはずがない。

 考え事をしていると、アンドリュー卿が食事を持って帰って来た。
「ほら」
 昨日と同じスープに少し固めのパンが付いていた。スープの量は相変わらず多くて食べきらずに残してしまった。
 それを見たアンドリュー卿は顔を顰めた。
「今日の夜は宿に泊まる予定だ。そこではもう少しマシな物が食べられるだろう」
 どうやら味に不満があるから残したと思われたようだ。そうではないと言おうとしたら、彼は再び口を開いた。
「お姫様の口には合わないかもしれないが」
 彼は私のことを我儘だと非難したいのだろう。

 ━━嫌な人。

 そんなことを言われたらもう喋る気が起きなかった。アンドリュー卿に残したスープを黙って渡すと、彼はそれを持って馬車を降りた。







 アンドリュー卿達が食事を終えると、すぐに出発となった。
 今日も私はアンドリュー卿と馬車に乗っている。相変わらず私達の間に会話はほとんどない。私は暇を持て余して窓の外を見ていた。



 がくりと頭が揺れて、はっとした。座りながら眠っていたことに気がついて私は慌てて姿勢を直そうとしたのだけれど、身体に自由がきかない。
 おかしいと思ったのも束の間、私の身体はアンドリュー卿の腕に抱かれていたことに気がついた。

「あっ・・・・・・」
 彼の胸を押して離れようとしてもびくともしない。
「驚かせて悪いな」
 アンドリュー卿はそう言うと、そっと私を解放した。
「馬車の揺れで倒れてしまいそうだったから・・・・・・」
 そう言いながら、彼は私の正面に座り直した。彼はバツが悪いのか、窓の外に顔を向けた。

 ━━気まずい。

 それは、彼も同じだろう。元はといえば私のせいだから、ここは謝っておこう。
「ごめんなさい。見苦しい真似をしてしまって」
「別に見苦しくはない」
 彼は、相変わらず窓の外を見ながら言った。
「いえ。同行者がいるのに居眠りだなんて、はしたないことをしましたから」
「そういう堅苦しいのは嫌だ」
 また、彼を不快にさせてしまったらしい。
「ごめんなさい」
 反射的にそう言ったら、彼は外の風景を見るのをやめて私を見た。鋭い目で睨みつけられて、今度は私が窓の外を見る羽目になった。

 ━━謝罪の言葉すら不愉快なのね。

 それなら私は黙っているしかない。そう思っていたら彼が何かを言った。上手く聞き取れなくて彼に目を向けたら、彼は困ったような顔で私を見ていた。

 ━━何?

 聞き返していいものかと悩んでいると、彼は再び口を開いた。
「そういう意味で言ったんじゃないんだ」
 何のことだか分からない。
「俺は、"夫婦間でそういう堅苦しい振る舞いをするのは嫌だ"と言いたかった」
 彼の言葉が頭の中で反芻する。

 "夫婦"

 それは私達の関係で間違いないのだけれど、改めて口にされると実感が湧かなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...