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7 嫌な人
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頭に触れられている感触がした。重いまぶた開けて見てみれば、アンドリュー卿のゴツゴツとした手が私の頭を撫でていた。
びっくりして身体を捩ったら、アンドリュー卿は途端に手を引っ込めた。
「そろそろ支度をするぞ」
挨拶もなく、何事もなかったかのように彼は言った。私が起き上がると、彼は私の身体に掛かっていた毛布を取り上げて馬車を出た。
ぼんやりとした頭で、荷馬車に毛布を片づけに行く彼を見ていたら昨夜のことを思い出した。
━━フェイは?
見渡しても彼女はどこにもいない。
━━夢か。
妖精にしろ、モンスターにしろ、私の下に訪れたのなら、外で見張りをしていたアンドリュー卿の部下達が気づいていただろう。
彼らはアンドリュー卿とともに様々なモンスターと戦ってきた騎士だ。歴戦の騎士である彼らが気づかずに、何の才能もない私が気づくことなどあるはずがない。
考え事をしていると、アンドリュー卿が食事を持って帰って来た。
「ほら」
昨日と同じスープに少し固めのパンが付いていた。スープの量は相変わらず多くて食べきらずに残してしまった。
それを見たアンドリュー卿は顔を顰めた。
「今日の夜は宿に泊まる予定だ。そこではもう少しマシな物が食べられるだろう」
どうやら味に不満があるから残したと思われたようだ。そうではないと言おうとしたら、彼は再び口を開いた。
「お姫様の口には合わないかもしれないが」
彼は私のことを我儘だと非難したいのだろう。
━━嫌な人。
そんなことを言われたらもう喋る気が起きなかった。アンドリュー卿に残したスープを黙って渡すと、彼はそれを持って馬車を降りた。
※
アンドリュー卿達が食事を終えると、すぐに出発となった。
今日も私はアンドリュー卿と馬車に乗っている。相変わらず私達の間に会話はほとんどない。私は暇を持て余して窓の外を見ていた。
がくりと頭が揺れて、はっとした。座りながら眠っていたことに気がついて私は慌てて姿勢を直そうとしたのだけれど、身体に自由がきかない。
おかしいと思ったのも束の間、私の身体はアンドリュー卿の腕に抱かれていたことに気がついた。
「あっ・・・・・・」
彼の胸を押して離れようとしてもびくともしない。
「驚かせて悪いな」
アンドリュー卿はそう言うと、そっと私を解放した。
「馬車の揺れで倒れてしまいそうだったから・・・・・・」
そう言いながら、彼は私の正面に座り直した。彼はバツが悪いのか、窓の外に顔を向けた。
━━気まずい。
それは、彼も同じだろう。元はといえば私のせいだから、ここは謝っておこう。
「ごめんなさい。見苦しい真似をしてしまって」
「別に見苦しくはない」
彼は、相変わらず窓の外を見ながら言った。
「いえ。同行者がいるのに居眠りだなんて、はしたないことをしましたから」
「そういう堅苦しいのは嫌だ」
また、彼を不快にさせてしまったらしい。
「ごめんなさい」
反射的にそう言ったら、彼は外の風景を見るのをやめて私を見た。鋭い目で睨みつけられて、今度は私が窓の外を見る羽目になった。
━━謝罪の言葉すら不愉快なのね。
それなら私は黙っているしかない。そう思っていたら彼が何かを言った。上手く聞き取れなくて彼に目を向けたら、彼は困ったような顔で私を見ていた。
━━何?
聞き返していいものかと悩んでいると、彼は再び口を開いた。
「そういう意味で言ったんじゃないんだ」
何のことだか分からない。
「俺は、"夫婦間でそういう堅苦しい振る舞いをするのは嫌だ"と言いたかった」
彼の言葉が頭の中で反芻する。
"夫婦"
それは私達の関係で間違いないのだけれど、改めて口にされると実感が湧かなかった。
びっくりして身体を捩ったら、アンドリュー卿は途端に手を引っ込めた。
「そろそろ支度をするぞ」
挨拶もなく、何事もなかったかのように彼は言った。私が起き上がると、彼は私の身体に掛かっていた毛布を取り上げて馬車を出た。
ぼんやりとした頭で、荷馬車に毛布を片づけに行く彼を見ていたら昨夜のことを思い出した。
━━フェイは?
見渡しても彼女はどこにもいない。
━━夢か。
妖精にしろ、モンスターにしろ、私の下に訪れたのなら、外で見張りをしていたアンドリュー卿の部下達が気づいていただろう。
彼らはアンドリュー卿とともに様々なモンスターと戦ってきた騎士だ。歴戦の騎士である彼らが気づかずに、何の才能もない私が気づくことなどあるはずがない。
考え事をしていると、アンドリュー卿が食事を持って帰って来た。
「ほら」
昨日と同じスープに少し固めのパンが付いていた。スープの量は相変わらず多くて食べきらずに残してしまった。
それを見たアンドリュー卿は顔を顰めた。
「今日の夜は宿に泊まる予定だ。そこではもう少しマシな物が食べられるだろう」
どうやら味に不満があるから残したと思われたようだ。そうではないと言おうとしたら、彼は再び口を開いた。
「お姫様の口には合わないかもしれないが」
彼は私のことを我儘だと非難したいのだろう。
━━嫌な人。
そんなことを言われたらもう喋る気が起きなかった。アンドリュー卿に残したスープを黙って渡すと、彼はそれを持って馬車を降りた。
※
アンドリュー卿達が食事を終えると、すぐに出発となった。
今日も私はアンドリュー卿と馬車に乗っている。相変わらず私達の間に会話はほとんどない。私は暇を持て余して窓の外を見ていた。
がくりと頭が揺れて、はっとした。座りながら眠っていたことに気がついて私は慌てて姿勢を直そうとしたのだけれど、身体に自由がきかない。
おかしいと思ったのも束の間、私の身体はアンドリュー卿の腕に抱かれていたことに気がついた。
「あっ・・・・・・」
彼の胸を押して離れようとしてもびくともしない。
「驚かせて悪いな」
アンドリュー卿はそう言うと、そっと私を解放した。
「馬車の揺れで倒れてしまいそうだったから・・・・・・」
そう言いながら、彼は私の正面に座り直した。彼はバツが悪いのか、窓の外に顔を向けた。
━━気まずい。
それは、彼も同じだろう。元はといえば私のせいだから、ここは謝っておこう。
「ごめんなさい。見苦しい真似をしてしまって」
「別に見苦しくはない」
彼は、相変わらず窓の外を見ながら言った。
「いえ。同行者がいるのに居眠りだなんて、はしたないことをしましたから」
「そういう堅苦しいのは嫌だ」
また、彼を不快にさせてしまったらしい。
「ごめんなさい」
反射的にそう言ったら、彼は外の風景を見るのをやめて私を見た。鋭い目で睨みつけられて、今度は私が窓の外を見る羽目になった。
━━謝罪の言葉すら不愉快なのね。
それなら私は黙っているしかない。そう思っていたら彼が何かを言った。上手く聞き取れなくて彼に目を向けたら、彼は困ったような顔で私を見ていた。
━━何?
聞き返していいものかと悩んでいると、彼は再び口を開いた。
「そういう意味で言ったんじゃないんだ」
何のことだか分からない。
「俺は、"夫婦間でそういう堅苦しい振る舞いをするのは嫌だ"と言いたかった」
彼の言葉が頭の中で反芻する。
"夫婦"
それは私達の関係で間違いないのだけれど、改めて口にされると実感が湧かなかった。
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