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3-2 迎えは来ない
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モンスターの討伐を終えてから、アンドリュー卿はとある田舎の村で女の人と暮らしているそうだ。彼は戦闘で酷い怪我を負ってしまったそうで、そこで養成しているのだという。
「ジェシカ様が治療をしようとしたら断ったそうよ」
庭を散歩していたら使用人の声が聞こえた。何となく今は誰とも顔を合わせたくなかったから、私は物陰に隠れた。
「え? 何で断ったの?」
「アンドリュー卿は気づいてしまったのでしょう。そうでなければ、"ジョルネスの娘"であり聖女であるジェシカ様の治療を断るなんてできないでしょうから」
「それに、もしまだシアリーズ様の事を聖女だと思い込んでいるのなら、彼女に助けを求めるはずですものね」
「そうよね」
使用人達は、私が聞いているとも知らず、そんなことを言って頷き合っていた。
そして、彼らは私の知らない噂話を始めた。
「アンドリュー卿が囲っているという女性はとても身分が低いそうよ」
「ああ。その話なら私も聞いたわ。平民の身分ですらないって」
「だから、シアリーズ様が"ジョルネスの娘"でないと知りながらも離婚しないのでしょうか」
「そもそもジェシカ様と結婚したかったわけではないのかもしれないわね。彼はジョルネス公爵家の家系に入り込みたかっただけなのかも」
━━彼らの言っていることが事実ならどんなにいいことだろう。
それなら、アンドリュー卿にとって私は利用価値があるはずだ。お父様と私がアンドリュー卿を騙した事にならないから、私に対して怒りを向けることにならない。邪険に扱われることもないはずだ。
「お姉様? こんな所に立ち尽くしてどうしました?」
背後から声をかけられて身体がびくりと反応した。振り返ったら思った通り、ジェシカがいた。彼女は今日も美しくて、月のような薄い金色の髪が日に当たってきらきらと輝いていた。
「ジェシカ・・・・・・」
「今日は冷え込んでいますから、そんな格好で庭を歩いてはいけませんよ」
ジェシカは青い目を細めてにこにこと笑って言った。そして、自分が羽織っていたショールを私の身体に巻き付けてくれた。
私と何一つ似ていない妹は、今日も美しくて親切だった。
「あら?」
ショールを巻いていた拍子にジェシカは私の腕についた痣を見つけてしまった。
「またお父様ね!」
優しく微笑んでいたジェシカが、途端に柳眉を逆立てる。今にもお父様の所に抗議に向かおうとする彼女の手を取って引き止めた。
「違うの。棚にぶつけちゃっただけよ」
「どんな風にぶつかったらこんなひどい痣になるのかしら」
怒りながらもジェシカは私の腕に手をかざして治療してくれた。たったの数秒でどす黒く変色していた私の腕は元通りになった。
「お姉様、嘘を吐かないで下さい。お父様にやられたのでしょう?」
ジェシカの言う通り、これはお父様にやられたものだった。
アンドリュー卿が田舎で愛人と共に暮らしているという噂を聞くや否やお父様は私を呼び出して杖で殴った。アンドリュー卿に恥をかかされるような事になったのは私のせいだと責め立てられた。私が初夜でアンドリュー卿を満足させていればこんなことにはならなかったと。
「何とか言って下さいな」
私は首を振った。
「違うの。本当にぶつけたの。ぼんやりしていたから」
「お姉様・・・・・・」
ジェシカは納得していない。お父様の所に行くつもりだ。
━━やめて。ジェシカがお父様に物申した後は必ずお父様に嬲られるの。だから、何もしないで。
そう言えたならどんなに楽だろう。でも、善良で姉思いの優しい妹にそんなことを言えるはずがなかった。
ジェシカが私の手を振り張って、歩き出そうとした時、メイドが私の名前を呼びながら髪を振り乱して家の中から飛び出してきた。
「シアリーズ様、ああ、いらっしゃってよかった・・・・・・」
メイドはそういった後、乱れた息を整えはじめた。ジェシカは立ち止まり、何事かとメイドを見ている。
「どうしたの? そんなに慌てて」
ジェシカが声をかけると、メイドは言った。
「アンドリュー・カルベーラ卿がもうすぐいらっしゃるようです」
彼女の言葉に私は戸惑いを隠せなかった。
「ジェシカ様が治療をしようとしたら断ったそうよ」
庭を散歩していたら使用人の声が聞こえた。何となく今は誰とも顔を合わせたくなかったから、私は物陰に隠れた。
「え? 何で断ったの?」
「アンドリュー卿は気づいてしまったのでしょう。そうでなければ、"ジョルネスの娘"であり聖女であるジェシカ様の治療を断るなんてできないでしょうから」
「それに、もしまだシアリーズ様の事を聖女だと思い込んでいるのなら、彼女に助けを求めるはずですものね」
「そうよね」
使用人達は、私が聞いているとも知らず、そんなことを言って頷き合っていた。
そして、彼らは私の知らない噂話を始めた。
「アンドリュー卿が囲っているという女性はとても身分が低いそうよ」
「ああ。その話なら私も聞いたわ。平民の身分ですらないって」
「だから、シアリーズ様が"ジョルネスの娘"でないと知りながらも離婚しないのでしょうか」
「そもそもジェシカ様と結婚したかったわけではないのかもしれないわね。彼はジョルネス公爵家の家系に入り込みたかっただけなのかも」
━━彼らの言っていることが事実ならどんなにいいことだろう。
それなら、アンドリュー卿にとって私は利用価値があるはずだ。お父様と私がアンドリュー卿を騙した事にならないから、私に対して怒りを向けることにならない。邪険に扱われることもないはずだ。
「お姉様? こんな所に立ち尽くしてどうしました?」
背後から声をかけられて身体がびくりと反応した。振り返ったら思った通り、ジェシカがいた。彼女は今日も美しくて、月のような薄い金色の髪が日に当たってきらきらと輝いていた。
「ジェシカ・・・・・・」
「今日は冷え込んでいますから、そんな格好で庭を歩いてはいけませんよ」
ジェシカは青い目を細めてにこにこと笑って言った。そして、自分が羽織っていたショールを私の身体に巻き付けてくれた。
私と何一つ似ていない妹は、今日も美しくて親切だった。
「あら?」
ショールを巻いていた拍子にジェシカは私の腕についた痣を見つけてしまった。
「またお父様ね!」
優しく微笑んでいたジェシカが、途端に柳眉を逆立てる。今にもお父様の所に抗議に向かおうとする彼女の手を取って引き止めた。
「違うの。棚にぶつけちゃっただけよ」
「どんな風にぶつかったらこんなひどい痣になるのかしら」
怒りながらもジェシカは私の腕に手をかざして治療してくれた。たったの数秒でどす黒く変色していた私の腕は元通りになった。
「お姉様、嘘を吐かないで下さい。お父様にやられたのでしょう?」
ジェシカの言う通り、これはお父様にやられたものだった。
アンドリュー卿が田舎で愛人と共に暮らしているという噂を聞くや否やお父様は私を呼び出して杖で殴った。アンドリュー卿に恥をかかされるような事になったのは私のせいだと責め立てられた。私が初夜でアンドリュー卿を満足させていればこんなことにはならなかったと。
「何とか言って下さいな」
私は首を振った。
「違うの。本当にぶつけたの。ぼんやりしていたから」
「お姉様・・・・・・」
ジェシカは納得していない。お父様の所に行くつもりだ。
━━やめて。ジェシカがお父様に物申した後は必ずお父様に嬲られるの。だから、何もしないで。
そう言えたならどんなに楽だろう。でも、善良で姉思いの優しい妹にそんなことを言えるはずがなかった。
ジェシカが私の手を振り張って、歩き出そうとした時、メイドが私の名前を呼びながら髪を振り乱して家の中から飛び出してきた。
「シアリーズ様、ああ、いらっしゃってよかった・・・・・・」
メイドはそういった後、乱れた息を整えはじめた。ジェシカは立ち止まり、何事かとメイドを見ている。
「どうしたの? そんなに慌てて」
ジェシカが声をかけると、メイドは言った。
「アンドリュー・カルベーラ卿がもうすぐいらっしゃるようです」
彼女の言葉に私は戸惑いを隠せなかった。
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