上 下
3 / 57

3-1 迎えは来ない

しおりを挟む
 私が部屋を出たのは昼過ぎだった。本当はずっと部屋に閉じこもっていたかったけれど、お父様が許してくれなかった。メイドを通して「いつまでもメソメソするな」と言ってきたのだ。

 食堂に行き、一人で遅めの昼食を摂った。でも、これからのことが頭の中を駆け回って、食事に集中することができなかった。結局、ほとんどの料理を食べ残して私は食堂を出て行った。

 ━━アンドリュー卿の機嫌を取らないとまずいよね。

 昨夜、私の不用意な発言で彼を怒らせたのだから、一先ず謝りにいかないといけない。
 そう思って彼の泊まっている客室へと向かった。部屋の前に着くと、扉が少し開いていた。ドアをノックしようとした時、声が聞こえた。
「ジョルネス公爵の言葉なんて聞く必要はない!」
 アンドリュー卿の部下であろう男が彼に向かって言った。アンドリュー卿は返事をしたけれど、聞き取れなかった。
「そもそも討伐要請はジョルネス公爵家に出されたものだ。それを結婚したからといってお前に押し付けるのはおかしいだろ」
 またアンドリュー卿は何かを言った。

 近頃、北部の地域でモンスターの軍勢が押し寄せてきていると噂で聞いた。きっと、討伐要請とは、その軍勢を退治することなのだろう。
 軍隊を所有する全ての貴族は国王陛下の要請があれば、モンスターの討伐に向かわなければならない。それはお父様も同じはずなのに。

 ━━お父様はアンドリュー卿にその責務を押し付けたのね。

 アンドリュー卿の部下が怒るのも無理はない。こんな理不尽なことを簡単に受け入れられるはずがないだろう。

 不意に風が吹いた。そのせいで、目の前の扉がきいいと音を立てて動いた。アンドリュー卿とその部下は振り向き、私の存在に気が付いた。
 部下の男はしかめっ面で私を見た。お父様がアンドリュー卿を困らせているのだからそんな顔をして当然だ。
「あ、あの・・・・・・」
 弁明をしなければ。そう思っているのだけれど、頭が上手く回らない。
「えっと、その。用事があってここに来ただけで」
 アンドリュー卿と目があった。彼は部下の男のように怒っているようには見えない。でも、彼の鋭い目を見ていると不安な気持ちが押し寄せてくる。だから、私は目を逸らした。
「ごめんなさい! 盗み聞きをするつもりはなかったんです」
 俯いて謝罪をする私にアンドリュー卿も部下の男も何も言わなかった。相当不快に思っていたのかもしれない。

 ━━どうしよう。また怒らせちゃった。

 何を言えばいいのか。どうすれば許してもらえるのか。そんなことをじっと佇んで考えていると、アンドリュー卿がゆっくりと私の下にやって来た。
 アンドリュー卿の大きな身体が目の前に立ちはだかる。殴られるのではないかと思うと怖くて、私は目を閉じた。そして、身体を強張らせてこれから来るであろう痛みに備える。

「シア」

 アンドリュー卿が言った。私をそんな風に呼ぶ人は初めてだったから思わず目を開けて彼を見た。

「明日から遠征に行くことになった。場所が場所だから次にまた会えるのは早くても半年後だろう」
「・・・・・・はい」
「明日の準備をしないといけないからこれで失礼するよ」
 アンドリュー卿は返事も待たずに扉を閉めた。
 拒絶されているのは明らかだ。私はすぐに客室から離れて自室へと戻った。







 翌朝の早朝、アンドリュー卿は挨拶もなく旅立った。
 それから1年半後の今日に至るまで彼からは何の音沙汰もなかった。ただ、彼が戦地で大活躍をしたという話は、戦場から程遠い公爵領まで聞こえてきた。そして、ジェシカの功績の話も。

 モンスター討伐の責務を全てアンドリュー卿に押し付けることは、例え公爵ほどの権力者であっても不可能だったらしい。軍隊の派遣こそ免除されたものの、国王陛下はジェシカを治療士として戦場に向かわせるようにと命令した。危険な場所にジェシカを行かせることをお父様は嫌がったのだけれど、王命に逆らえるはずもなかった。アンドリュー卿が出立してから約3週間後に、ジェシカも戦場へと向かった。
 後方支援の役割を与えられたジェシカは、傷ついた戦士達を治癒の力で治していったそうだ。その人数はかなり多かったらしく、モンスター討伐の集結が宣言されてから1年経った今でも、お礼の手紙や品が数多く届く。
そのお礼の品の中には、国王陛下から贈られた物もあると言うのだから、ジェシカはやっぱりすごい子だ。

 戦時中のジェシカの活躍を聞けば聞くほど、私は怖くなった。アンドリュー卿が"ジョルネスの娘"が誰だったのかを悟ってしまったと思わずにはいられなかったからだ。

 ━━もしかしたら、みんなが言うようにアンドリュー卿は既に気づいてしまったのかもしれない。

 そうじゃなければ、討伐が終わってから1年も妻を放っておくはずがないから。
 アンドリュー卿が迎えに来てくれないから、私は今もジョルネス公爵領にある城で暮らしている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

処理中です...