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私の知らないティア
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━━忌々しいな。
世界はシトレディスにとって都合の良いように書き換えられた。それがよく分かる絵にイライラしていると、頭の中にティアの声が聞こえた。
"━━この栗色の髪の人、かっこいい。この人は何をした人なんだろう?"
ティアの言う栗色の髪の人というのはファーダの事だ。
ファーダを見つめて妄想を膨らませるティアを見て、私は余計に苛ついた。
私は本をぱたりと閉じるとティアを抱き寄せた。彼女の身体はほんのりと温かくて、普通の人間みたいだと思った。
「何ですか」
ティアが不機嫌な声で言う。
「退屈」
「私で退屈を紛らわせるのはやめて下さい」
かわいくないやつだ。昨日の事を恨んでいる。
ティアは私を振り解くと再び本を開いた。
「読めない癖に本を見て楽しいの?」
「絵を見れば何となく分かる事もありますから」
「ふぅん」
私はティアの膝に頭を置いて寝そべった。彼女は呆れたという表情を浮かべたが、やめろとは言わなかった。抱きつかれたり、本を読むのを邪魔されたりするよりかはマシだと思っているのだ。
「折角ですから、私に読み聞かせをしてくださいよ」
「無理だよ。私は現代語が読めないから」
ティアは怪訝そうに私を見た。そして、私を全知全能の神だと信じて疑わない彼女は、私を嘘吐きだと頭の中で罵った。
「私のこの世界の知識は王国が建国されて間もない頃で止まっているんだ。それまで封印されていたから」
「封印って誰に?」
「さあ? 誰だったかな」
笑って誤魔化せばティアは不貞腐れてページをめくった。
「だから現代に関する知識はかわいい信徒であるお前の思考と知識から得ているんだけどね」
お前が貧民で学がないから良い知識は得られていないとは言わない。ティアをなじってやりたいような気分でもなかったからだ。
「ねえ」
挿絵を見るティアに声をかける。
「何ですか」
ティアは私を見ずに返事をした。
「何でこうやって調べ物をしているの? 退屈しのぎに時間を潰すのなら、もっと楽しい事をすればいいじゃないか」
「絵を見るのは十分楽しいですから」
そう言うとティアは私を見た。
「それに、エルドノア様は私に教えてくれないでしょう?」
彼女から一度に複数の感情が溢れ出してきた。知りたいという好奇心。それが満たされない不満。教えを乞うても煙に巻かれる悲しみ。
━━知性なんか持ってしまうから、辛いんだ。
そんな事を思っていると、ティアは私の顔を撫でてきた。
「なぜ、教えてくれないんですか」
「知ってどうするの?」
今、自分が壊れた世界で暮らしていて元に戻る手立てもないと知って何になる? ティアにできる事なんて何もないんだ。
「お前はこの世界で何も考えず繰り返される日々を生きればいいんだ」
ティアは私の言葉に納得しない。回る頭で考え事を始めようとした。
だから、私は彼女の唇にキスをした。彼女の思考が少しでも鈍るように。
だが、ティアは必死に理性を保とうとする。
キスを終えるとティアは目をとろんとさせながらも私を睨みつけた。
「お前は私に身を委ねて、面倒な事は考えず、私の言う事だけを聞いていればいいんだよ」
━━今までのようにね。
「そんな風に生きていても惨めだわ」
ティアは生意気にも私に逆らおうとする。
「お前は相変わらず生意気で強情な人間だね」
「素直で何でも言う事を聞く人間がお好みなら、そういう信徒を構えたらいいじゃないですか」
その言葉に心の奥がざわついた。
ティアの言う通りだ。ティア以外にも私の信徒を・・・・・・何なら眷属を作ればいいのだ。
シトレディスへの信仰が厚くとも、世界の不条理に不満を持つ人間はそれなりにいる。ティア程ではなくてもシトレディスに関心が薄い人間だっているだろう。それなりの労力はかかるかもしれないが、私の手駒を増やせないことはないのだ。
今までそれをしなかったのは、ティアの身体が不安定過ぎたから。気を抜けば壊れてしまいそうな彼女を放って他の人間に構うわけにはいかなかった。
だが、今の彼女なら身体が安定している分、前ほど面倒をみなくてもいい。
━━でも、そうしたいと思えないのはなぜだろう。どうして、ティアだけで満足しているのだろう。
"━━どうしてそんな顔をするの?"
ティアの心の声で我に返った。いつの間にか、彼女は心配そうに私を見つめていた。
「お前が寂しい事を言ってくるからだよ」
私はティアに責任転嫁をする事にした。
「私は私の愛おしい信徒のために長い時間をかけて尽くしていたんだ。それなのに冷たい事を言わないでくれ」
そう言うとティアの心がざわついた。彼女は案外、情に脆い人間なのかもしれない。
━━かわいいやつ。
今のティアの人格を初めて愛おしいと思えた。
━━もっと、私の知らない所があるのかな。
ふとそんな事を思った。新しいティアの性質を探してみるのも悪くはない。
「お前といると退屈が紛れるよ」
そう言うとからかわれたと思ったティアは顔を歪める。私はそんな彼女の頬にキスをした。
「私の知らないティア」了
世界はシトレディスにとって都合の良いように書き換えられた。それがよく分かる絵にイライラしていると、頭の中にティアの声が聞こえた。
"━━この栗色の髪の人、かっこいい。この人は何をした人なんだろう?"
ティアの言う栗色の髪の人というのはファーダの事だ。
ファーダを見つめて妄想を膨らませるティアを見て、私は余計に苛ついた。
私は本をぱたりと閉じるとティアを抱き寄せた。彼女の身体はほんのりと温かくて、普通の人間みたいだと思った。
「何ですか」
ティアが不機嫌な声で言う。
「退屈」
「私で退屈を紛らわせるのはやめて下さい」
かわいくないやつだ。昨日の事を恨んでいる。
ティアは私を振り解くと再び本を開いた。
「読めない癖に本を見て楽しいの?」
「絵を見れば何となく分かる事もありますから」
「ふぅん」
私はティアの膝に頭を置いて寝そべった。彼女は呆れたという表情を浮かべたが、やめろとは言わなかった。抱きつかれたり、本を読むのを邪魔されたりするよりかはマシだと思っているのだ。
「折角ですから、私に読み聞かせをしてくださいよ」
「無理だよ。私は現代語が読めないから」
ティアは怪訝そうに私を見た。そして、私を全知全能の神だと信じて疑わない彼女は、私を嘘吐きだと頭の中で罵った。
「私のこの世界の知識は王国が建国されて間もない頃で止まっているんだ。それまで封印されていたから」
「封印って誰に?」
「さあ? 誰だったかな」
笑って誤魔化せばティアは不貞腐れてページをめくった。
「だから現代に関する知識はかわいい信徒であるお前の思考と知識から得ているんだけどね」
お前が貧民で学がないから良い知識は得られていないとは言わない。ティアをなじってやりたいような気分でもなかったからだ。
「ねえ」
挿絵を見るティアに声をかける。
「何ですか」
ティアは私を見ずに返事をした。
「何でこうやって調べ物をしているの? 退屈しのぎに時間を潰すのなら、もっと楽しい事をすればいいじゃないか」
「絵を見るのは十分楽しいですから」
そう言うとティアは私を見た。
「それに、エルドノア様は私に教えてくれないでしょう?」
彼女から一度に複数の感情が溢れ出してきた。知りたいという好奇心。それが満たされない不満。教えを乞うても煙に巻かれる悲しみ。
━━知性なんか持ってしまうから、辛いんだ。
そんな事を思っていると、ティアは私の顔を撫でてきた。
「なぜ、教えてくれないんですか」
「知ってどうするの?」
今、自分が壊れた世界で暮らしていて元に戻る手立てもないと知って何になる? ティアにできる事なんて何もないんだ。
「お前はこの世界で何も考えず繰り返される日々を生きればいいんだ」
ティアは私の言葉に納得しない。回る頭で考え事を始めようとした。
だから、私は彼女の唇にキスをした。彼女の思考が少しでも鈍るように。
だが、ティアは必死に理性を保とうとする。
キスを終えるとティアは目をとろんとさせながらも私を睨みつけた。
「お前は私に身を委ねて、面倒な事は考えず、私の言う事だけを聞いていればいいんだよ」
━━今までのようにね。
「そんな風に生きていても惨めだわ」
ティアは生意気にも私に逆らおうとする。
「お前は相変わらず生意気で強情な人間だね」
「素直で何でも言う事を聞く人間がお好みなら、そういう信徒を構えたらいいじゃないですか」
その言葉に心の奥がざわついた。
ティアの言う通りだ。ティア以外にも私の信徒を・・・・・・何なら眷属を作ればいいのだ。
シトレディスへの信仰が厚くとも、世界の不条理に不満を持つ人間はそれなりにいる。ティア程ではなくてもシトレディスに関心が薄い人間だっているだろう。それなりの労力はかかるかもしれないが、私の手駒を増やせないことはないのだ。
今までそれをしなかったのは、ティアの身体が不安定過ぎたから。気を抜けば壊れてしまいそうな彼女を放って他の人間に構うわけにはいかなかった。
だが、今の彼女なら身体が安定している分、前ほど面倒をみなくてもいい。
━━でも、そうしたいと思えないのはなぜだろう。どうして、ティアだけで満足しているのだろう。
"━━どうしてそんな顔をするの?"
ティアの心の声で我に返った。いつの間にか、彼女は心配そうに私を見つめていた。
「お前が寂しい事を言ってくるからだよ」
私はティアに責任転嫁をする事にした。
「私は私の愛おしい信徒のために長い時間をかけて尽くしていたんだ。それなのに冷たい事を言わないでくれ」
そう言うとティアの心がざわついた。彼女は案外、情に脆い人間なのかもしれない。
━━かわいいやつ。
今のティアの人格を初めて愛おしいと思えた。
━━もっと、私の知らない所があるのかな。
ふとそんな事を思った。新しいティアの性質を探してみるのも悪くはない。
「お前といると退屈が紛れるよ」
そう言うとからかわれたと思ったティアは顔を歪める。私はそんな彼女の頬にキスをした。
「私の知らないティア」了
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