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月夜の人形
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フィアロン公爵が死んだ。ハゲでデブでブサイクで下劣で欲深い、ドブネズミよりも汚らわしい男だったから、いなくなってもいい存在だったが・・・・・・。
問題はフィアロン公爵が消えて、別の人間が当然のようにフィアロン公爵の座についたことだ。
"ティア・フィアロン"
公爵には息子は何人かいたが娘はいなかった。それなのに、公爵夫妻は一人娘を残して死んだことになっている。
そのことに気がついているのは俺とアル、そして、俺達の主であるシトレディス様だけだった。
ティア・フィアロンはエルドノアの信徒だろう。そして、エルドノアは、魔法の力で現実を改変して彼女を公爵の娘にしたに違いない。
「しかし、神々の力は本当に恐ろしいね」
資料を見ながら同僚のアルは言った。俺も彼に倣って手元の資料をもう一度見てみる。
━━完璧な改竄だ。
戸籍謄本、家系図、フィアロン公爵夫妻が公私で送った手紙。そして、フィアロン公爵と関わっていた者の記憶、その全てが書き変わっている。そのことには俺達以外の人間は誰もこの事実に気づかない。
これ程までに大掛かりなことをしているのに誰も気づかないなんて。これは、人間にできる芸当ではないことは一目瞭然だった。
「本物のフィアロン公爵はどこに行ったんだと思う?」
アルが唐突にそんなことを聞いてきた。
「エルドノアは生命の神だろう? 『全ての魂はエルドノアの身体を介して巡る』のだから、エルドノアに吸収されたんじゃないのか」
「ユーレン。おしいわ」
俺とアルしかいなかった部屋に、俺達の主の声が響いた。
「シトレディス様?」
アルが声をかけるとシトレディス様は空間を割いて現れた。
「冷徹なエルドノアにしては珍しく、彼は怒ったの。若くてひ弱で逆らうこともできないような女の子を殺す直前まで嬲り続けたんだから当然よね?」
彼女はそう言うとソファに腰をかけた。
「だから、エルドノアは一度フィアロンの魂を吸収したんだけど。でも、すごく怒っていたから魂を壊しちゃったの。『こんな非道な行為を当然のように行えるなんて。魂も腐りきっている。何をどうしたらこんな色になるんだか。・・・・・・嘆かわしい。二度と生まれ変わってくるな』ってね。そういう訳で、フィアロンの魂はエルドノアの中でバラバラになって、命の巡りから外されたわ。だから、もう彼はこの世界に存在することができないの」
「命の巡りから外す? エルドノアはそんなこともできるのですか」
アルは、興味深げに聞いた。
「当然でしょ? 人間の魂はエルドノアの力でできているんですもの」
「では、シトレディス様の敬虔な信徒を全て命の巡りから外せば」
続けたアルの言葉をシトレディス様は遮る。
「それはやらないでしょうね。そんなことをしたら生命の法則が大きく乱れるから。エルドノアに"救いようのない大馬鹿者"と思われた魂だけが命の巡りから排除されると思えばいいわ」
アルは紙を取り出してメモをした。
魔法や神学を研究する俺達魔導士にとっては有意義な話だったが・・・・・・。シトレディス様は、この話をするために来たわけではないだろう。
「そうよ。ユーレン」
きっと俺の心を読んだのだろう。シトレディス様は俺の方を見て言った。
「私はあなたにお願いがあって来たの」
「俺ですか?」
俺が指名されるとは驚きだ。大抵の場合、アルの方が頼み事をされる。俺にお鉢が回ってくるということは危険が伴うようなことだろうか。
「そんなに怖いことじゃないわ。エルドノアとティアちゃんの様子を見て来てもらうだけだから」
それはつまりエルドノアの領域に入るということだ。シトレディス様の眷属の俺が行くとなると、それこそ命の巡りから外されてもおかしくないだろうに。
「大丈夫。例えエルドノアに魂を食べられることはあっても命の巡りから外されることはないはずよ。彼は冷徹でド屑なところもあるけれど、冷酷ではないから」
正直、シトレディス様の言っていることの意味が分からない。それに、"エルドノアに魂を食べられること"は十分、危険な事だと思う。
だか、俺に拒否権はなかった。俺はシトレディス様の"命令"には従わなければならない。シトレディス様に逆らうなど、彼女の眷属である俺にできるはずがないのだ。
シトレディス様はふっと笑った。俺が聞き分けがよく、従順である事に満足したのだろう。
「エルドノアとティアちゃんの様子を見て来て。分かった?」
しかし、彼女はもう一度、念を押すように俺に命令を下した。シトレディス様は俺を信用していないのだ。
長い年月を彼女の眷属として過ごしてきたから、シトレディス様がそういう神なのだと分かる。
でも、それを不満に思ったことはなかった。彼女のおかげで永遠の命と幅広く奥深い知識を手に入れた。魔導士として研究ができるのなら、俺にとってその程度のことはどうだってよかった。
「はい。・・・・・・しかし、様子を見ると言っても、どういうところに注目すればいいのでしょう?」
「ティアちゃんがどういう状態なのか。それと、エルドノアがティアちゃんをどう扱っているのか。その辺のことが分かればいいわ」
その程度のことなら大した労力を使わなくて済むだろう。思ったよりも楽な仕事だと思っていると、アルが口を挟んだ。
「あの、・・・・・・シトレディス様。その程度ならシトレディス様の力で確認すればよいだけでは?」
確かにその通りだ。
シトレディス様は時空を統べる女神だ。だから、この世界で彼女が見渡せない場所などないはずだ。それなのに、俺がわざわざエルドノアの領域に入って確認しないといけないのはなぜだろう。
俺達の疑問をシトレディス様は鼻で笑った。
「相手は神であるエルドノアよ? 憎らしいことに、彼はそれなりの力のある存在なの。私はいつだってその気になればエルドノアの様子を覗き見できるけれど。でも、それがバレたら? 面倒になるに決まっているわよね? だから、私の目で直接見る時は、ここぞという時だけにするの」
シトレディス様は思ったよりもエルドノアのことを警戒しているらしい。信者の数が少なく、影響力が弱まっているといっても、やはり神は神ということか。
「もういいわね? 詳しいことはまた後で話すから」
そう言うとシトレディス様は空間を割いて何処かに行ってしまった。
俺は、ため息を吐いてシトレディス様の命令に添えるように準備に取り掛かった。
問題はフィアロン公爵が消えて、別の人間が当然のようにフィアロン公爵の座についたことだ。
"ティア・フィアロン"
公爵には息子は何人かいたが娘はいなかった。それなのに、公爵夫妻は一人娘を残して死んだことになっている。
そのことに気がついているのは俺とアル、そして、俺達の主であるシトレディス様だけだった。
ティア・フィアロンはエルドノアの信徒だろう。そして、エルドノアは、魔法の力で現実を改変して彼女を公爵の娘にしたに違いない。
「しかし、神々の力は本当に恐ろしいね」
資料を見ながら同僚のアルは言った。俺も彼に倣って手元の資料をもう一度見てみる。
━━完璧な改竄だ。
戸籍謄本、家系図、フィアロン公爵夫妻が公私で送った手紙。そして、フィアロン公爵と関わっていた者の記憶、その全てが書き変わっている。そのことには俺達以外の人間は誰もこの事実に気づかない。
これ程までに大掛かりなことをしているのに誰も気づかないなんて。これは、人間にできる芸当ではないことは一目瞭然だった。
「本物のフィアロン公爵はどこに行ったんだと思う?」
アルが唐突にそんなことを聞いてきた。
「エルドノアは生命の神だろう? 『全ての魂はエルドノアの身体を介して巡る』のだから、エルドノアに吸収されたんじゃないのか」
「ユーレン。おしいわ」
俺とアルしかいなかった部屋に、俺達の主の声が響いた。
「シトレディス様?」
アルが声をかけるとシトレディス様は空間を割いて現れた。
「冷徹なエルドノアにしては珍しく、彼は怒ったの。若くてひ弱で逆らうこともできないような女の子を殺す直前まで嬲り続けたんだから当然よね?」
彼女はそう言うとソファに腰をかけた。
「だから、エルドノアは一度フィアロンの魂を吸収したんだけど。でも、すごく怒っていたから魂を壊しちゃったの。『こんな非道な行為を当然のように行えるなんて。魂も腐りきっている。何をどうしたらこんな色になるんだか。・・・・・・嘆かわしい。二度と生まれ変わってくるな』ってね。そういう訳で、フィアロンの魂はエルドノアの中でバラバラになって、命の巡りから外されたわ。だから、もう彼はこの世界に存在することができないの」
「命の巡りから外す? エルドノアはそんなこともできるのですか」
アルは、興味深げに聞いた。
「当然でしょ? 人間の魂はエルドノアの力でできているんですもの」
「では、シトレディス様の敬虔な信徒を全て命の巡りから外せば」
続けたアルの言葉をシトレディス様は遮る。
「それはやらないでしょうね。そんなことをしたら生命の法則が大きく乱れるから。エルドノアに"救いようのない大馬鹿者"と思われた魂だけが命の巡りから排除されると思えばいいわ」
アルは紙を取り出してメモをした。
魔法や神学を研究する俺達魔導士にとっては有意義な話だったが・・・・・・。シトレディス様は、この話をするために来たわけではないだろう。
「そうよ。ユーレン」
きっと俺の心を読んだのだろう。シトレディス様は俺の方を見て言った。
「私はあなたにお願いがあって来たの」
「俺ですか?」
俺が指名されるとは驚きだ。大抵の場合、アルの方が頼み事をされる。俺にお鉢が回ってくるということは危険が伴うようなことだろうか。
「そんなに怖いことじゃないわ。エルドノアとティアちゃんの様子を見て来てもらうだけだから」
それはつまりエルドノアの領域に入るということだ。シトレディス様の眷属の俺が行くとなると、それこそ命の巡りから外されてもおかしくないだろうに。
「大丈夫。例えエルドノアに魂を食べられることはあっても命の巡りから外されることはないはずよ。彼は冷徹でド屑なところもあるけれど、冷酷ではないから」
正直、シトレディス様の言っていることの意味が分からない。それに、"エルドノアに魂を食べられること"は十分、危険な事だと思う。
だか、俺に拒否権はなかった。俺はシトレディス様の"命令"には従わなければならない。シトレディス様に逆らうなど、彼女の眷属である俺にできるはずがないのだ。
シトレディス様はふっと笑った。俺が聞き分けがよく、従順である事に満足したのだろう。
「エルドノアとティアちゃんの様子を見て来て。分かった?」
しかし、彼女はもう一度、念を押すように俺に命令を下した。シトレディス様は俺を信用していないのだ。
長い年月を彼女の眷属として過ごしてきたから、シトレディス様がそういう神なのだと分かる。
でも、それを不満に思ったことはなかった。彼女のおかげで永遠の命と幅広く奥深い知識を手に入れた。魔導士として研究ができるのなら、俺にとってその程度のことはどうだってよかった。
「はい。・・・・・・しかし、様子を見ると言っても、どういうところに注目すればいいのでしょう?」
「ティアちゃんがどういう状態なのか。それと、エルドノアがティアちゃんをどう扱っているのか。その辺のことが分かればいいわ」
その程度のことなら大した労力を使わなくて済むだろう。思ったよりも楽な仕事だと思っていると、アルが口を挟んだ。
「あの、・・・・・・シトレディス様。その程度ならシトレディス様の力で確認すればよいだけでは?」
確かにその通りだ。
シトレディス様は時空を統べる女神だ。だから、この世界で彼女が見渡せない場所などないはずだ。それなのに、俺がわざわざエルドノアの領域に入って確認しないといけないのはなぜだろう。
俺達の疑問をシトレディス様は鼻で笑った。
「相手は神であるエルドノアよ? 憎らしいことに、彼はそれなりの力のある存在なの。私はいつだってその気になればエルドノアの様子を覗き見できるけれど。でも、それがバレたら? 面倒になるに決まっているわよね? だから、私の目で直接見る時は、ここぞという時だけにするの」
シトレディス様は思ったよりもエルドノアのことを警戒しているらしい。信者の数が少なく、影響力が弱まっているといっても、やはり神は神ということか。
「もういいわね? 詳しいことはまた後で話すから」
そう言うとシトレディス様は空間を割いて何処かに行ってしまった。
俺は、ため息を吐いてシトレディス様の命令に添えるように準備に取り掛かった。
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