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それを私は愛と呼ぶ
8(終)
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眠るティアの頭を撫でる。彼女は穏やかな表情で眠っている。
「エルドノア様とともにいつまでも生きていたい、か」
私が屋敷に帰ってくる前に、ティアは確かにそう祈っていた。彼女の記憶の中でも、彼女は「この狂った世界でエルドノア様とともに永遠の時を生きていたい」と思っていた。
━━愚かだ。
人の分際で神と永遠に生きたいと願うなんて愚かにも程がある。そんな願いをされたって、誰もそんな願いは叶えられないし、叶えてはいけない。シトレディスがその願いを叶えようとした結果、世界はこんなことになったんだ。
━━でも。
ティアの言う通り、この狂った世界でなら私達は永遠に、ずっと一緒に生きていられる。
━━もう、やめよう。
世界を元に戻す方法を考えるのも、他の神々を呼び寄せる算段を立てるのも。
世界が壊れてしまわないように、最低限の補修だけをして、この狂った永遠の時を楽しもう。
━━それがティアの願いを叶えられる唯一の方法だ。
私は自分にそう言い聞かせた。
※
私はいつも通り王城の自分の部屋で彼らの様子を眺めていた。エルドノアが屋敷を離れてくれたおかげで今回はじっくりと彼らの様子を眺めることができた。
イレトは思った以上の成果をあげてくれた。だから、エルドノアが屋敷に戻ってくる前に、空間魔法を使って彼だけは助けてあげた。
「よくやったわ。イレト」
私の膝の上に頭を預けるイレトに向かって言った。
私が褒めているというのに、イレトはちっとも喜んでくれない。それどころか私の膝の上で静かに泣いている。
━━また失恋しちゃったんだもの。しょうがないわね。
私はイレトの赤い髪を撫でた。
イレトはかつて、フィアロンに飼われていた。それは世界の時間が狂う数百年前の事だった。
当時、誰もが目を見張るほどの美少年だったイレトは加虐趣味のフィアロンに目をつけられて誘拐されたらしい。そして、ティアちゃんと同じように犬のように扱われていた。私が救ってあげるまでの間、彼は毎日のようにひどい虐待を受けていたのだ。
その時の傷跡は今でもイレトの身体のいたるところに残っている。
「ティアちゃんを物にできなくて残念ね」
「あんなやつどうでもいいです」
イレトは相変わらず素直じゃない。
「それならどうして私の命令に背いてキスしたの?」
「それは・・・・・・」
イレトは黙り込んだ。
イレトは大分前にティアちゃんに恋をした。
ティアちゃんはセックス目的で彼に近づき、甘い言葉をたくさんかけてあげたそうだ。そして、彼女はイレトに対して、かつて自分もフィアロン公爵から虐待を受けていたことをカミングアウトしたらしい。
その時、イレトが何を思ったのかは分からない。彼は私の眷属ではないから、その心までを知ることはできないのだ。
でも、イレトの恋心を大きくさせた事は間違いないだろう。
━━それなのに、ティアちゃんはやることをやったら「あなたはもういらない」なんて言うんだから。ティアちゃんってエルドノアに似た嫌な子ね。
私の眷属ではないイレトは、世界の時間が巻き戻っていることを知らない。この世界の大勢の人と同じように、時間が巻き戻ればそれまでの記憶を失ってしまう。
それなのに、イレトはティアちゃんのことを断片的に覚えていた。いや、"覚えている"という表現は正確じゃない。彼は夢の中であの日の事を見ているだけだから。もっとも、その夢がかつて本当にあったことだということをイレトは理解していないけれど。
「今は無理だけど、将来ティアちゃんを手に入れたらあなたにあげるわ」
「いらないです」
「そんなことを言わないで」
「あの女を見ていたら無性に苛つくんです」
「そう」
「苦しめて殺してやりたくなる」
「いいじゃないそうすれば」
私がそう言うと、イレトは身体を起こして私を見た。
「あら? そんなに驚くことかしら?」
イレトは何も答えない。
自分を好きになってもらえないからって、散々意地悪をしてストレスを発散したくせに。殺したいと思っていても、本当に殺してしまうとなると嫌らしい。
━━ティアちゃんを嫌って嬲りながらも、イレトは心のどこかで自分に気持ちが向いてほしいと期待している。
イレトはティアちゃんに向ける自分の気持ちの正体を理解していない。
━━この際だから、教えてあげよう。
「あなたは本当にティアちゃんを愛しているのね」
イレトは途端に顔を歪ませた。
「そんなはずはありません!」
本当に彼は素直じゃない。
「まあ、神の言葉を疑うなんて、悪い信徒ね」
私は笑って彼の言葉を受け流した。
「さあ、そろそろ自分の部屋に戻ってちょうだい。私にもやることがあるから」
「はい」
イレトは大人しく部屋から出て行った。
"エルドノア様とともにいつまでも生きていたい"
ティアちゃんは確かにそう願っていた。私の愛しい彼と同じ、神との永遠の生と愛を望む願いだ。
エルドノアはきっと今頃、悩んでいるはずだ。散々馬鹿にしていた私と自分が同じ状態になってしまったのだから。
もしかしたら、迷いなくティアちゃんと永遠にともに生きる道を選んだのかもしれない。
「ざまあみろ」
私は遠い、フィアロン公爵領にいるエルドノアに向かって言った。
エルドノアも私と同じように人間に恋をして愚か者に成り下がればいいんだ。
幸せの絶頂に達した時、ティアちゃんをあいつから取り上げてやろう。
「だからそれまで愛し合って、幸せを堪能してね?」
私は心の底からエルドノアを嘲笑った。
「それを私は愛と呼ぶ」 了
「エルドノア様とともにいつまでも生きていたい、か」
私が屋敷に帰ってくる前に、ティアは確かにそう祈っていた。彼女の記憶の中でも、彼女は「この狂った世界でエルドノア様とともに永遠の時を生きていたい」と思っていた。
━━愚かだ。
人の分際で神と永遠に生きたいと願うなんて愚かにも程がある。そんな願いをされたって、誰もそんな願いは叶えられないし、叶えてはいけない。シトレディスがその願いを叶えようとした結果、世界はこんなことになったんだ。
━━でも。
ティアの言う通り、この狂った世界でなら私達は永遠に、ずっと一緒に生きていられる。
━━もう、やめよう。
世界を元に戻す方法を考えるのも、他の神々を呼び寄せる算段を立てるのも。
世界が壊れてしまわないように、最低限の補修だけをして、この狂った永遠の時を楽しもう。
━━それがティアの願いを叶えられる唯一の方法だ。
私は自分にそう言い聞かせた。
※
私はいつも通り王城の自分の部屋で彼らの様子を眺めていた。エルドノアが屋敷を離れてくれたおかげで今回はじっくりと彼らの様子を眺めることができた。
イレトは思った以上の成果をあげてくれた。だから、エルドノアが屋敷に戻ってくる前に、空間魔法を使って彼だけは助けてあげた。
「よくやったわ。イレト」
私の膝の上に頭を預けるイレトに向かって言った。
私が褒めているというのに、イレトはちっとも喜んでくれない。それどころか私の膝の上で静かに泣いている。
━━また失恋しちゃったんだもの。しょうがないわね。
私はイレトの赤い髪を撫でた。
イレトはかつて、フィアロンに飼われていた。それは世界の時間が狂う数百年前の事だった。
当時、誰もが目を見張るほどの美少年だったイレトは加虐趣味のフィアロンに目をつけられて誘拐されたらしい。そして、ティアちゃんと同じように犬のように扱われていた。私が救ってあげるまでの間、彼は毎日のようにひどい虐待を受けていたのだ。
その時の傷跡は今でもイレトの身体のいたるところに残っている。
「ティアちゃんを物にできなくて残念ね」
「あんなやつどうでもいいです」
イレトは相変わらず素直じゃない。
「それならどうして私の命令に背いてキスしたの?」
「それは・・・・・・」
イレトは黙り込んだ。
イレトは大分前にティアちゃんに恋をした。
ティアちゃんはセックス目的で彼に近づき、甘い言葉をたくさんかけてあげたそうだ。そして、彼女はイレトに対して、かつて自分もフィアロン公爵から虐待を受けていたことをカミングアウトしたらしい。
その時、イレトが何を思ったのかは分からない。彼は私の眷属ではないから、その心までを知ることはできないのだ。
でも、イレトの恋心を大きくさせた事は間違いないだろう。
━━それなのに、ティアちゃんはやることをやったら「あなたはもういらない」なんて言うんだから。ティアちゃんってエルドノアに似た嫌な子ね。
私の眷属ではないイレトは、世界の時間が巻き戻っていることを知らない。この世界の大勢の人と同じように、時間が巻き戻ればそれまでの記憶を失ってしまう。
それなのに、イレトはティアちゃんのことを断片的に覚えていた。いや、"覚えている"という表現は正確じゃない。彼は夢の中であの日の事を見ているだけだから。もっとも、その夢がかつて本当にあったことだということをイレトは理解していないけれど。
「今は無理だけど、将来ティアちゃんを手に入れたらあなたにあげるわ」
「いらないです」
「そんなことを言わないで」
「あの女を見ていたら無性に苛つくんです」
「そう」
「苦しめて殺してやりたくなる」
「いいじゃないそうすれば」
私がそう言うと、イレトは身体を起こして私を見た。
「あら? そんなに驚くことかしら?」
イレトは何も答えない。
自分を好きになってもらえないからって、散々意地悪をしてストレスを発散したくせに。殺したいと思っていても、本当に殺してしまうとなると嫌らしい。
━━ティアちゃんを嫌って嬲りながらも、イレトは心のどこかで自分に気持ちが向いてほしいと期待している。
イレトはティアちゃんに向ける自分の気持ちの正体を理解していない。
━━この際だから、教えてあげよう。
「あなたは本当にティアちゃんを愛しているのね」
イレトは途端に顔を歪ませた。
「そんなはずはありません!」
本当に彼は素直じゃない。
「まあ、神の言葉を疑うなんて、悪い信徒ね」
私は笑って彼の言葉を受け流した。
「さあ、そろそろ自分の部屋に戻ってちょうだい。私にもやることがあるから」
「はい」
イレトは大人しく部屋から出て行った。
"エルドノア様とともにいつまでも生きていたい"
ティアちゃんは確かにそう願っていた。私の愛しい彼と同じ、神との永遠の生と愛を望む願いだ。
エルドノアはきっと今頃、悩んでいるはずだ。散々馬鹿にしていた私と自分が同じ状態になってしまったのだから。
もしかしたら、迷いなくティアちゃんと永遠にともに生きる道を選んだのかもしれない。
「ざまあみろ」
私は遠い、フィアロン公爵領にいるエルドノアに向かって言った。
エルドノアも私と同じように人間に恋をして愚か者に成り下がればいいんだ。
幸せの絶頂に達した時、ティアちゃんをあいつから取り上げてやろう。
「だからそれまで愛し合って、幸せを堪能してね?」
私は心の底からエルドノアを嘲笑った。
「それを私は愛と呼ぶ」 了
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