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お人形に恋をした
12(終)
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時間が巻き戻ると、俺は王都の魔導士が住む寮の中にいた。俺は自室のデスクの椅子に腰をかけていて、コーヒーを飲んでいる最中だった。
━━シトレディス様に報告をしなければ。
コーヒーをデスクに置いて立ち上がろうとした時、視界の端に銀色の髪が映った。
「おかえりなさい。アル」
「シトレディス様! わざわざ来てくださったのですね」
シトレディス様はにこりと笑うと私のベッドに腰をかけた。シーツがぐちゃぐちゃのままだ。ちゃんとベッドメイキングをしておけばよかった。
「こっちに来て」
俺は言われた通り、シトレディス様のもとに向かった。そして跪くと、シトレディス様は俺の額に手を当てた。
シトレディス様は目を閉じて俺の記憶を見ている。そして目を開けると、とても嬉しそうに笑った。
「よくやったわ」
そう言って俺の頭を撫でてくれる。大したことはした覚えがないが、彼女にとって満足できる結果を出せたらしい。
「あのエルドノアが人間の女に恋をしたのよ」
「恋を?」
シトレディス様に言われた通り、エルドノアとその信徒の女を監視し続けたが。・・・・・・そんな素振りはあっただろうか?
「あはは。エルドノアは嘘の天才だから人間には分からないでしょうね。でも、付き合いの長い私には分かるの」
シトレディス様は立ち上がった。スカートの中が見えそうだったから俺は慌てて立ち上がった。
彼女はその場でくるりと回ってみせた。その際に膝下丈のスカートがふわりと舞った。どうやら、シトレディス様はエルドノアが恋をしたことがとても嬉しいようだ。
「私のことを散々馬鹿にしていたくせに。ざまあないわ」
シトレディス様はそう言って勝ち誇ったかのように笑った。
エルドノアが何をしたのかは知らないが、相当の恨みを買っているらしい。
「ティアちゃんはまだまだ壊れたままなんでしょう?」
「ええ。彼女の身体には4属性の力が全くといっていいほどありませんでしたから」
「そうよね。だから、あなたたちの魂をとっても美味しいご馳走に思えたのよね」
あの女が急に襲いかかって来た時はとても驚いた。焦点の定まらない目で俺に口づけをして、挙句の果てには押し倒してくるんだから。止めようとするイレトに対してあの女は「あなたはもういらない」と最低なことを言っていた。あれは流石の俺もイレトに同情した。
あの女は何かに取り憑かれたかのように俺の精を搾取しようとしていて恐ろしかった。慌てて仲間を2人呼んで相手をさせたが。それでも彼女は満足できなかったらしい。結局、俺も相手をさせられた。
「あら? "相手をさせられた"なんて、ヤな言い方ね。アルも楽しんでいたじゃない。ティアちゃんはエルドノアに仕込まれてそうだから、・・・・・・やっぱり上手なのかしら?」
「それなりには」
気まずくてつい嘘を吐いた。
「まあ。ウソツキ! 娼館の女よりも上手かったって思っているくせに」
━━ああ。これだから、隷属関係は嫌だ。
シトレディス様の眷属になって唯一嫌なことは、思考を読み取られることだ。これのせいで、彼女の前で格好をつけることすら許されない。
俺のことなど気にせず、あははと上機嫌に笑うシトレディス様が少し憎らしい。俺は咳払いをした。
「それで、これからどうするんです?」
「様子見よ。エルドノアの恋は始まったばかりだもの」
悠長に構えていていいのか? こうしている間にも世界は少しずつ終わりに近づいているというのに。
「アル? 私に異を唱えるなんて、いつからそんなに偉くなったのかしら」
━━ああ。まずい。
どうやらシトレディス様の機嫌を損ねてしまったようだ。シトレディス様は自分に楯突く存在をとても嫌うから。俺もどこかの次元へと飛ばされてしまうかもしれない。
「あはは。そんなに怖がらないで? 私と世界のために仕えてくれているあなたをぞんざいに捨てたりしないわよ」
シトレディス様は優しく笑うと俺の手を取った。
「エルドノアは一先ず放っておいていいの。それより先に他の神々を喚ばないと」
「世界に属性の力を満たすのですね」
シトレディス様は頷いた。
「だから人々にかつての信仰を教えてあげて? そして、神々がかつて人にどんなことをもたらしたのか教えてあげるの」
俺たちが大昔に捻り潰した信仰心と神々の威光を復活させろと言うのか。
人から神々を奪うのには、結構苦労したんだけどな。
「あなたたちに苦労をかけたのは覚えてるわ。でも、どうしてもやって欲しいの」
「勿論、やりますよ」
それが元の世界に戻ることにつながるのなら。
「ありがとう。アル、あなたはとても優しい子だわ」
そう言うとシトレディス様は再びベッドに腰をかけた。
「それよりも、エルドノアの恋心がもっと大きく膨らんだ時のことを考えないと。どうすれば、エルドノアを苦しめられるかしら。ティアちゃんを壊す? うーん。それともイレトにあげちゃおうかしら。二人が仲良くしたらエルドノアはどんな反応をするかしら」
「イレトが気の毒なのでやめてあげて下さい」
「そう? ティアちゃんのことをあんなに気に入っていたんだから喜ぶと思うんだけど」
「いや・・・・・・。目の前であんな痴態を晒されたら幻滅しますよ。それに時間が戻ったんですからイレトはあの女との記憶がないでしょう?」
「記憶は残らないけど、強い感情は残っていたりするものよ。だから、またティアちゃんと会った時に好きってアプローチするかも」
「それなら、愛情よりも憎悪の方が残っていると思いますけどね。イレトのことだから、憎い相手として暴力を振るうんじゃないですか」
「たしかに。そうかもしれないわねぇ」
シトレディス様は残念そうに言った。
「まあ、いいわ。ティアちゃんのことはゆっくり考える。私は城に戻るから、頼んでいたことをお願いね」
そう言うとシトレディス様は立ち上がった。彼女は空間を割いてその中に入っていた。
シトレディス様を見送ると俺は本棚に向かった。これから神々の信仰を流布させないといけない。資料を取り出して計画を立てる準備を始めた。
「お人形に恋をした」 了
━━シトレディス様に報告をしなければ。
コーヒーをデスクに置いて立ち上がろうとした時、視界の端に銀色の髪が映った。
「おかえりなさい。アル」
「シトレディス様! わざわざ来てくださったのですね」
シトレディス様はにこりと笑うと私のベッドに腰をかけた。シーツがぐちゃぐちゃのままだ。ちゃんとベッドメイキングをしておけばよかった。
「こっちに来て」
俺は言われた通り、シトレディス様のもとに向かった。そして跪くと、シトレディス様は俺の額に手を当てた。
シトレディス様は目を閉じて俺の記憶を見ている。そして目を開けると、とても嬉しそうに笑った。
「よくやったわ」
そう言って俺の頭を撫でてくれる。大したことはした覚えがないが、彼女にとって満足できる結果を出せたらしい。
「あのエルドノアが人間の女に恋をしたのよ」
「恋を?」
シトレディス様に言われた通り、エルドノアとその信徒の女を監視し続けたが。・・・・・・そんな素振りはあっただろうか?
「あはは。エルドノアは嘘の天才だから人間には分からないでしょうね。でも、付き合いの長い私には分かるの」
シトレディス様は立ち上がった。スカートの中が見えそうだったから俺は慌てて立ち上がった。
彼女はその場でくるりと回ってみせた。その際に膝下丈のスカートがふわりと舞った。どうやら、シトレディス様はエルドノアが恋をしたことがとても嬉しいようだ。
「私のことを散々馬鹿にしていたくせに。ざまあないわ」
シトレディス様はそう言って勝ち誇ったかのように笑った。
エルドノアが何をしたのかは知らないが、相当の恨みを買っているらしい。
「ティアちゃんはまだまだ壊れたままなんでしょう?」
「ええ。彼女の身体には4属性の力が全くといっていいほどありませんでしたから」
「そうよね。だから、あなたたちの魂をとっても美味しいご馳走に思えたのよね」
あの女が急に襲いかかって来た時はとても驚いた。焦点の定まらない目で俺に口づけをして、挙句の果てには押し倒してくるんだから。止めようとするイレトに対してあの女は「あなたはもういらない」と最低なことを言っていた。あれは流石の俺もイレトに同情した。
あの女は何かに取り憑かれたかのように俺の精を搾取しようとしていて恐ろしかった。慌てて仲間を2人呼んで相手をさせたが。それでも彼女は満足できなかったらしい。結局、俺も相手をさせられた。
「あら? "相手をさせられた"なんて、ヤな言い方ね。アルも楽しんでいたじゃない。ティアちゃんはエルドノアに仕込まれてそうだから、・・・・・・やっぱり上手なのかしら?」
「それなりには」
気まずくてつい嘘を吐いた。
「まあ。ウソツキ! 娼館の女よりも上手かったって思っているくせに」
━━ああ。これだから、隷属関係は嫌だ。
シトレディス様の眷属になって唯一嫌なことは、思考を読み取られることだ。これのせいで、彼女の前で格好をつけることすら許されない。
俺のことなど気にせず、あははと上機嫌に笑うシトレディス様が少し憎らしい。俺は咳払いをした。
「それで、これからどうするんです?」
「様子見よ。エルドノアの恋は始まったばかりだもの」
悠長に構えていていいのか? こうしている間にも世界は少しずつ終わりに近づいているというのに。
「アル? 私に異を唱えるなんて、いつからそんなに偉くなったのかしら」
━━ああ。まずい。
どうやらシトレディス様の機嫌を損ねてしまったようだ。シトレディス様は自分に楯突く存在をとても嫌うから。俺もどこかの次元へと飛ばされてしまうかもしれない。
「あはは。そんなに怖がらないで? 私と世界のために仕えてくれているあなたをぞんざいに捨てたりしないわよ」
シトレディス様は優しく笑うと俺の手を取った。
「エルドノアは一先ず放っておいていいの。それより先に他の神々を喚ばないと」
「世界に属性の力を満たすのですね」
シトレディス様は頷いた。
「だから人々にかつての信仰を教えてあげて? そして、神々がかつて人にどんなことをもたらしたのか教えてあげるの」
俺たちが大昔に捻り潰した信仰心と神々の威光を復活させろと言うのか。
人から神々を奪うのには、結構苦労したんだけどな。
「あなたたちに苦労をかけたのは覚えてるわ。でも、どうしてもやって欲しいの」
「勿論、やりますよ」
それが元の世界に戻ることにつながるのなら。
「ありがとう。アル、あなたはとても優しい子だわ」
そう言うとシトレディス様は再びベッドに腰をかけた。
「それよりも、エルドノアの恋心がもっと大きく膨らんだ時のことを考えないと。どうすれば、エルドノアを苦しめられるかしら。ティアちゃんを壊す? うーん。それともイレトにあげちゃおうかしら。二人が仲良くしたらエルドノアはどんな反応をするかしら」
「イレトが気の毒なのでやめてあげて下さい」
「そう? ティアちゃんのことをあんなに気に入っていたんだから喜ぶと思うんだけど」
「いや・・・・・・。目の前であんな痴態を晒されたら幻滅しますよ。それに時間が戻ったんですからイレトはあの女との記憶がないでしょう?」
「記憶は残らないけど、強い感情は残っていたりするものよ。だから、またティアちゃんと会った時に好きってアプローチするかも」
「それなら、愛情よりも憎悪の方が残っていると思いますけどね。イレトのことだから、憎い相手として暴力を振るうんじゃないですか」
「たしかに。そうかもしれないわねぇ」
シトレディス様は残念そうに言った。
「まあ、いいわ。ティアちゃんのことはゆっくり考える。私は城に戻るから、頼んでいたことをお願いね」
そう言うとシトレディス様は立ち上がった。彼女は空間を割いてその中に入っていた。
シトレディス様を見送ると俺は本棚に向かった。これから神々の信仰を流布させないといけない。資料を取り出して計画を立てる準備を始めた。
「お人形に恋をした」 了
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