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第1話 悪夢だな

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「最悪だ……」

 鏡に映る愛らしい少女の顔を見ながら呟く。
 彼女の顔は今にも泣き出しそうに歪んでいるが、それでも可憐な美貌は損なわれないのが流石だ。これが他の誰かの容貌なら目の保養だけど、自分自身に属する物なのは全くもって嬉しくない。

「俺が何したって言うんだよ!!!!」

 外見と発言内容がチグハグとか気にしてる場合じゃない。
 何で? 俺、中身はガッツリ男なんだけど! 前世でそんなに悪いコトしたか?!
 いいや、至って真面目な小市民代表とも言うべき人生を送っていた。
 親の期待通り、〈誠〉って名前に恥じない誠実な人間であろうと心がけていたんだ。そして周囲の評判も良かった、気がする。いや、間違いない。
 俺の前世、とってもマトモだった筈。俺の記憶が正しければ。

 ある日線路に転落した見知らぬ子供をホームに押し上げ、ほっとした瞬間、いきなり意識が飛んだのは覚えている。恐らく、その時に死んだんじゃないだろうか。その時以降の記憶は皆無だから。
 二十七歳の若さで還らぬ人となってしまったのは予定外だけど、今更どうしようもないので諦めよう。

 父上、母上、先立つ不孝をお許し下さい。

 決して望んだ結果ではなかったんです。いや、マジで。
 だって好きなFPSの最新作の発売日が間近に迫ってたんだよ! その日は有給取って、ダウンロードしたら遊びまくろうと待ち構えていたんだから。
 ああ、あのキャラ使ってみたかった!!!


 あ~あ、もうやる気無いわ~、生きる気力無くしたわ~。

 とか迂闊に言えない。
 現世のお袋、確か今の今まで俺はお母さんとか呼んでた人が、めっちゃ過保護。父親はそれに輪をかけてヤバい。
 うっかり死にそうとか言ったら、親の方が逝ってしまいそうな顔で、何があったのか詰め寄るんだよな。割と軽く「死にそう」とか「もう死んでる」って言う人いると思うんだけど、そういうのは通じない。
 確か前世の家族は、俺が「うわ~ヤバいしんどい、もう死ぬ」って言うと「骨は拾ってやる」って返すのがデフォだったぞ。

 マジでノリが違い過ぎる。

 全てにおいて真面目、きっちり。そして今までの俺も、いや、この女の子も、ザ・優等生。息抜きするヒマあんの? 
 漫画、アニメ、ゲームなど一切ナシで、何を楽しみに生きてるのか理解不能。
 習い事は塾や書道にヴァイオリン、動画視聴もクラシック関係のみ。
 いや、プロのヴァイオリニストだってロック演奏とかやってるからね。君もちょっとはポップスとかヘヴィメタに手を出してみても良いんじゃないかな?

 実際、今の両親も、余りにも四角四面なこの子を心配してた気がする。
 幼稚園の頃は、小さい女児向けの可愛い女の子が戦うアニメを見せていた。でも殆ど興味を持たず、クラシックの演奏会を好む上に、親以上に真剣にニュースを見てたような。
 遊びで唯一興味を示したのはカードゲームのみ。それもキャラ物じゃなくて、普通のトランプでやるポーカーとか七並べ。
 外見だけは完璧に愛らしい幼稚園児が、相手の顔色を見ながらレイズとかフォールドとか言ってるの、けっこうシュールだよなあ。
 七並べも、イヤらしい妨害を仕掛けて笑ってた気がする。幼児のやるコトじゃねえ。



 それはさて置き、今の俺の外の人、って言うか、ガワを形作っている女の子の情報をおさらいしようと思う。


 四月一日現在で十三歳の中学二年生。
 つい十日程前に、この街に引っ越して来た。そのせいで記憶が戻ったんだと思う。
 ここ、前世で住んでた街にソックリなんだよな。町名は微妙に違ってた気がするし、街中の様子も何か違和感あるけど、ほぼ同じ。


 外見は黒髪ストレートのショートボブに青い目。ハーフでもないのに。何でかは分からない。
 そろそろポチャり始める年頃の筈だが、スラリとした痩せ型。胸は体型に見合う、慎ましやかなサイズ。
 だがそれがいい。
 前世ではノーテンキに「もし自分が巨乳美少女だったら──」とか想像してたけど、実際に女体化したらそんなの耐えられそうにない。
 貧乳はステータス!!!
 実際に女体化して巨乳になった自分を受け入れられるのは、かなりの猛者だろう。俺は豆腐メンタルなので無理。

 そしてこの子の外見を語る上で欠かせない要素がある。

 美少女。
 完璧な美少女。
 ぐうの音も出ない美少女。

 自分で言うなって感じだが仕方ない。
 そもそもこの姿は俺の物じゃないだろう。本来のこの美少女装甲の持ち主が何処かにいるのなら、土下座して謝り倒してでも、戻って戴きたい。
 でも、小さい頃の記憶もあるし、やっぱり俺の身体なのかな。

 そこは考えても無駄っぽい。悩んで答えが得られる問題でもなさげだし。
 その内分かるコトもあるだろ。


 で、名前。
 月瀬つきせ 天花てんかちゃん。
 うん、天花って、雪の別名だよね。何か、ローションとセットで使う紅白の縞模様のアレにめっちゃ響きが似てるけど、決していかがわしい意味じゃない。
 でも、これを人前で名乗るのはちょっと抵抗がある。
 だけど転校して来たから、七日の始業式では自己紹介しなきゃいけないんだよなあ。

 転校先は、中高一貫教育の私学。ついでに共学。
 高等部での受験は実施していない。
 本来は中等部での編入試験も行われない。でもツテがあったり、全国模試での偏差値が高かったりすると、特例として編入試験を受けさせてもらえる。
 この天花ちゃんは、両親がこの学校の出身。尚且つ、二人共かなりの優等生だったと聞く。
 お父さんの転勤で二人の故郷に戻ったので、思い入れのある母校に娘を通わせたかったらしい。二人が付き合い始めたのも在学中だったようだ。


 学校の名前は、私立沍月こげつ学園。
 月が凍るって、寒そうな名前だなオイ!! って呑気なコト考えてたら思い出した。

 沍月学園に通う天花ちゃん。この子、乙女ゲームの主人公ヒロインじゃね? だったら目の色も納得だ。
 前世で男だった俺は乙女ゲームは全くやってないけど、双子の妹が好きだったせいで、アニメ化された作品は一緒に見てた。
 珍しくヒロインが二人で、ゲーム本編では、このヒロイン二人が攻略対象そっちのけでイチャ付いてるエンドもあった筈。他にも親友との百合エンドも。乙女ゲームでは稀にそういうエンドもあるらしい。
 何にしろ、ちょっと人を選ぶ乙女ゲームだった記憶がある。


 コレ、どうすんの? 俺、男なんて攻略しないよ。無視すれば何事も無く終わったりしないかな?
 でも、何もしなくても余計なコトに巻き込まれるのがヒロインだよなあ。
 確かアニメの1話では、高等部の入学式でウザ……頼り甲斐のある二年上の先輩に一方的に絡まれてた。こんな男に惚れる女の子、存在するの?ってくらい鬱陶し、もとい、自信過剰な野郎だったな。
 言い直しても、結局は悪口になってしまったが仕方ない。
 幾ら乙女ゲームヒロインでも、好き好んであんなヤツに近付いたりしない設定なのは笑った。妹の情報によると、あのいけ好かない態度は過去のトラウマのせいらしい。

 ンなコト知るか。

 ソイツにどんな辛い過去があろうと、関係ない人間に迷惑かけんじゃねえ。みんな、お前のストレスの捌け口になる為に生きてるんじゃねえんだよ! クソが。

 アニメを見ていた限りでは、天花ちゃんの攻略対象は四人。

 その中で問題があるのは二人。まずは、さっきの上級生。それと普段は猫被りの腹黒同級生だった。
 他の攻略対象は、一見するとイヤなヤツだけど実は優しい一つ上の先輩と、中等部に通う可愛い後輩。
 後輩はやたら寂しがり屋で、放置するとヤンデレ化して監禁する。だけどヒロインが適切な対応をすれば、何の問題もない。
 そもそも、最初にちょっかいかけたのはヒロインだ。それで男が惚れた後に放置して、他の男と仲良さげにしてるヒロインもどうかと思う。それでも監禁はダメだけど。

 他の攻略対象は、もう一人のヒロイン担当なので天花に直接の悪影響は及ぼさない。
 もう一人のヒロインと天花の親愛度が上がっても邪魔しない。寧ろ応援してくれる心強い味方だったりする。気にしなくても大丈夫そうだ。

 ゲーム開始まであと二年ある。
 何とか穏便に過ごせるよう、今から対策を練ろう。
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