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第308話 過去話は斯(か)くも切なく

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「『こいつ』呼ばわりは、いい加減止めて欲しいわね。仮にも【実の母】に向かって。」

「今は違うだろ。それに。俺がここへ来る様告げるまで、【俺の正体】に気付かなかったじゃないか。」

「仕方無いじゃない。あんたの気の性質が、別人に変わってたんだから。」

「ちょ、ちょっと!ちょっと!」

クライスとウェロムの、意味不明な会話が続く中。
置いてきぼりにされまいと、ロッシェが無理やり止めに入る。

「俺達にも!分かる様に話してくれ!」

ロッシェが南北に座る2人へ、懇願にも似た口調で呼び掛ける。
アンもクライスに、強請ねだる様に話し掛ける。

「1つずつ教えて!《実の母》って何?《俺の正体》って何?そもそも《始まりの錬金術師》って、男じゃ無かったの?」

1つずつと言いながら、2つも3つも一度に聞いている。
アンの動揺も激しいらしい。
マリーは口をあんぐり開けたまま。
エリーは震えが止まらない。
何か恐ろしい事に巻き込まれている。
この場の誰もが、その様に感じていた。
当事者2人は涼しい顔だが。

「正体もバラされそうだから、もう隠す必要は無いわね。」

ウェロムはそう言って、右手でパチンと指を鳴らす。
すると。
椅子と椅子の間から、トーチの様な物がせり上がり。
ブスリと地面に刺さったままの木の枝から、炎を分ける。
そしてフッと、枝に灯った火を消す。
ウェロムが吹き消したのでは無い。
風が巻き起こって、勝手に消えたのだ。
トーチの上では、ゆらゆらと炎が揺れている。
『これで明るくなったわ』と、ウェロムも満足気。
そしてクライスに、話し掛ける。

「場も十分あったまったし。話し始めても良いわよ、【クレイド】。」

「今は『クライス』。〔クライス・G・ベルナルド〕だっての。」

「そうなの?まあどうでも良いわ。思い切り喋っちゃいなさい。」

「そう言う所は、本当に変わらないな。自分が興味を持った事以外、ないがしろにする所は。」

辟易へきえきした顔で、クライスは呟く。
そして、何から話そうか探り始める。
やはり、あの話題からか……。
そう考え、クライスは語り出した。
遠い遠い、過去の記憶を。



〔始まりの錬金術師〕には、2人の子供が居た。
『残虐王子』と『陽だまりの君』、後にそう呼称される兄弟は。
母親の教育により。
その様な違いを見せる程、性格が真逆になった。
そして母親である〔錬金術師の祖〕は、後継者に弟を指名。
反発した兄は、弟を倒そうとするが。
組織力に屈し、逃亡の旅へと出る。
その過程で、心が丸くなって行く。
そんな或る時。
運命とでも言おうか。
魔法使いの元へと辿り着いた。



ここまでは、幻の湖でクライスが語った黒歴史の話の通り。
しかしその時はぼかした部分を、詳しく話し出すクライス。
それは壮絶な物語だった。



共に渡って来た母親の事を、魔法使いから聞かされた。
【クレイド・G・ウルフェア】と、一部改名していた残虐王子は。
再び母親へ、復讐心を燃やす。
何故か?
それは、母親の教育方針が《意図的であった》事を知ったからだ。
兄の自分が、そして弟が。
そう言う性格となる様に。
上手い事、操作していた。
自分達は、《駒》として育てられたのだ。
壮大な実験の為の。



元々探求心が強く、実験が大好きだった母親は。
以前居た世界に絶望し、魔法使いに付いて来た。
しかし行き着いた世界は、【元の世界の欠片】だった。
トンデモ兵器を使用する未来が見えたので、魔法使いはその世界を離れようとした。
だから母親も武勲を捨て、その世界を後にした。
それなのに。
元の世界で、トンデモ兵器が使われたのは。
一度だけでは無かったのだ。
長い歴史の中で。
何度も文明が発達しては、大きな争いが起こり。
その度に、文明を丸ごと終わらせる兵器が使用されて来た。
また同じ事を繰り返すのか……。
そう、魔法使いは思ったと言う。
過ちを正さない、その世界の人間の愚かさに。
呆れ果てて見限った。
それが、魔法使いが離れた理由。
それを聞かされ、母親は考えた。
行き着いたこの世界では、そんな過ちは犯させない。
そう誓ったのだが。
或る文明の滅びの時、元の世界では一部が切り取られた。
時空が湾曲し、世界の一部が剥がれ落ちて。
次元の狭間へと放り出された。
その時受けたエネルギーは凄まじく、境目を狭間の中でくっきりと安定させる程。
その状態のまま、世界と世界の間を漂っている。
マリー達が居る、この世界で。
遠くに見える高い山脈は、実は山脈では無く。
高次元帯と接する境界面として、平坦な地面が切り立った崖の様に歪んでいるだけなのだ。
魔法使いと別れ、妖精の元へ辿り着き。
好奇心から錬金術を覚え、この世界を旅する内に。
元の世界の断片である事に気付いた、母親は。
この世界に生きる人間が、同様に愚かな道を辿るのか観察する為。
変化をもたらす要素として、我が子2人を育て上げた。
2人を野に放った後、自分は雲隠れして。
この世界の行く末を、じっくり観測する事に。
弟の中では、母親は『行方不明』と言う事になっている。
しかしその実は、こうやって長らく生き延びていたのだ。



その事実を知って、クレイドは怒り狂う。
何て奴だ!
自分以外は、皆実験道具扱いか!
このままでは、あいつの自由にもてあそばれて。
何時かこの世界は、滅茶苦茶にされてしまう。
それでは、見捨てた元の世界の連中と同じではないか。
そんな事は、絶対に許さない!
阻止してやる!
執念を燃やし、錬金術の探求に突き進むクレイド。
あいつの行動に加担したも同じ、そう思っていた魔法使いは。
文句1つ言わず、クレイドの研究に付き合った。
そしてとうとう、その成果が実る。
母親も成し遂げられなかった、とんでもない術を編み出したのだ。
それは禁忌中の禁忌、【転生の法】。
遠い未来の、任意の女性に。
転生する器を形成し、そこへ自分の魂を送り込む。
つまり、人造人間としてよみがえる法。
しかし問題が1つ有った。
転生の法を成立させる為には、膨大な魔力が必要となる。
しかも、転生時期を設定する為に更なる魔力が掛かる。
それでも、クレイドの決意は固い。
魔法使いは円形の魔方陣を、幻の湖のほとりに描き。
その中心に、クレイドが立つ。
術が発動を始める時、明らかに魔法使いが疲弊している。
それを心配そうに見つめる、水の精霊。
この頃にはもう、この湖に居着いていた。
魔力に満ちたこの空間は、それ程水を清めていたのだ。
それを脅かす様に、術の発動は続いて行く。
必死に耐える、クレイドと魔法使い。
直径20メートル程の魔方陣から、同じ幅の光の円柱が天高く立ち上り。
シュンッ!
柱が消え、術の発動が完了する。
それと同時に、バタリと倒れ込む魔法使い。
不老不死に近い存在である筈の者が。
生気を失った様な顔色をしている。
その存在が消滅し掛けている、そんな風に感じられた。
そこで漸く、更なる過ちに気付くクレイド。
ああ、自分はやはりあの母親の息子なのだ。
阻止すると掲げておきながら、同じ事をしてしまった。
黙って付き合ってくれた魔法使いの思いにも、全く気付かなかった。
何と自分勝手な……!
猛省し、これからは復讐心を捨て。
この世界の為に尽くすと誓う。
その時、魔法使いから聞かされたのだ。
ただ一度の過ちにより誕生した〔自分の子孫〕が、この世界を混乱に陥れる事を。
まんまと、母親の術中にはまってしまったクレイド。
その過ちを正す為、正当な子孫を残す事を決意。
この身が滅び、生まれ変わって。
その先で待ち受けるであろう、母親を。
そして不遜ふそんな子孫を、倒す時まで。
精一杯、今生こんじょうを全うしよう。
心内こころうちに、強い覚悟を秘め。
魔法使いの元を去る、クレイド。
それを黙って見送る、魔法使い。
今を生きる間は、もう彼はここへ来ない。
なら、じっと時を待とう。
生まれ変わり、ここへ又訪ねて来るその時まで。
使い魔を彼のもとへ寄越し、ちょっかいを掛ける事も。
その時思い付いた。
転生後、すぐには前の人生を思い出さないだろうから。
それを促す為の処置。
そう考えた。
一方、一連のそのさまを見続けた水の精霊は。
魔法使いがなだめるも、クレイドを或る程度敵視する様になった。
クライスに対して、素っ気無い態度を取ったのもその為。
責任転嫁をする訳では無いが、その辺りが割り切れない。
精霊の性だった。



白蛇の魔物である〔ワイリー〕と。
ニーデュ家の先祖である【デッソ・ニーデュ】と知り合ったのは。
その旅の途中。
1匹と1人だけには、転生の事を打ち明け。
今後を託した。
それを元に、ワイリーは砂漠へと渡り。
デッソは〔アクアライト〕を受け継いだ。
エッジスで拠点を構え、テューアを建造し。
その過程で作った〔破魔の鎧〕と一緒に。
子孫を残して、未来へのバトンを渡す。
今回の人生を全うし、遣り切った顔で。
クレイドは、その人生を終えた。
享年、85才。
この世界にしては、最高齢を誇れる程長生きだった。



ここまで一気に話す、クライス。
話を聞いていた者は、皆涙を流していた。
ただ1人、ウェロムを除いて。
『道理で、別人の気配に感じられた訳だわ』と、独り納得するウェロム。
そんな仕草を無視して。
想いを込め、クライスは皆に告げる。
マリーにとっては、残酷な事実を。



「俺は人間じゃ無い。錬金術によって生まれた、【ホムンクルス】なんだ。」
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