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第269話 それぞれの行軍

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ロッシェが中心となって、デンドの騒乱を治めた事により。
留守を預かるナラム家関係者は皆、王族擁護派へと鞍替え。
そんな事になっているとは知らずにを進める、当主のパップ。
とうとう、ユーメントの待つウタレドへと到着した。



町中まちなかは活気も殺気も無く、ただ平穏を望む空気。
これから戦をしようと言う高揚感など不要、と言った所か。
建物も或る程度修復され、元の住民も体力を取り戻し。
在るべき姿へと戻りつつあった。
そこへの、大軍の到着。
住民が歓迎する筈も無い。
ユーメントの顔に免じて、駐留を認めているだけ。
だからユーメントは。
兵が着いた後すぐに、ウタレドを離れるつもりだった。
ロッシェへの伝令が先着していたので、大凡おおよその到達時期を把握していた。
時期の概算をしたのは、クライスの為に必死で働いているロイスだが。
盲目故に従順。
駒としては便利だが。
扱いを間違えると、とんでもない爆弾へと変わる。
その辺りは流石、人の上に立つ者。
ユーメントも重々承知。
さじ加減を誤らず、クライスへの忠誠心を巧みに利用。
それは、ヅオウ軍の出迎えにも表れていた。

「お、お前……!何故ここに……!」

ロイスの存在に驚くパップ。
確か、フレンツ王子に付き従っていた筈。
それが、皇帝の元に居るだと……!
目を丸くするパップをそっちのけにして。
ロイスは、騎士ともう1人の12貴族へ挨拶する。
『そちらの方が、優先順位が高い』と言わんばかりに。

「お待ちしておりました。お迎えする様仰せ付かりました、ロイエルス・ヘイベンスタンと申します。ロイスとお呼び下さい。」

「アゲイレント・カレムだ。同じ騎士の様だし、【アギー】で構わんよ。」

「ムヒス家当主、メルド・フム・ムヒスだ。宜しく頼む。」

「それではアギー様、ムヒス様。皇帝陛下がお待ちかねです。どうぞ、こちらへ。」

「うむ。ムヒス様、早速陛下の御前へと参上致しましょう。」

そう言って、メルドとアギーはロイスの跡へ続く。

「こ、こら!待て!俺をないがしろにするな!」

慌ててパップも付いて行く。
ヅオウ軍は、しばしの休憩に入った。



「陛下。ヅオウ軍、指揮官殿方が参りました。」

そう言って、間借りしているオンボロ家の玄関を開け。
客間へと、3人を案内するロイス。
『どうぞ』とロイスに促され、客間へと入る3人。
パップには信じ難かった。
一国の主が、こんな所に陣を置くとは。
しかし、オンボロのテーブルと椅子が置かれているその部屋に。
確かに、皇帝ユーメントの立ち姿が有った。
ただし、身に着けている衣服は。
都合上、一般人と区別が付かない程華やかさに欠けていたが。
それでもお忍びの時とは違い、高貴なオーラを漂わせていた。
なるほど、まごうこと無き王族の御姿。
感心するアギー。
と同時に。
突然消えた後に残された、魔法使いからの手紙が。
正しかった事を実感し、感無量。
アギーの前へ歩み寄り、右手を差し出すユーメント。

「良く来てくれた。感謝する。」

「はい……!」

ユーメントの右手を両手で包み、しっかりと握手するアギー。
その手の上から、右手を添えるメルド。
メルドの方を向き、静かに頷くユーメント。
この2人は、計画を知っている。
しかしパップは、それを知らない。
悟られない様、お互いに目で合図し。
挨拶も程々に、2人は下がる。
入れ替わりで、パップがユーメントの前へ進み出る。
かしづくと、頭を下げて挨拶する。

「ナラム家当主、パップ・エス・ナラム。兵を率い、遠くヅオウの地より馳せ参じました。」

「ご苦労。して、兵力は如何程か?」

早速、今のナラム家の兵力を確認する。
うつむいたままニヤリと笑い、パップは答える。

「ヅオウ軍約1,000、共に参りました。ここに控えしムヒス殿は、何故かガティにられた様ですが。」

こんな重大な時に、支配地域へ居らずのうのうとしている。
その無能さを強調したいらしい。
自分の忠誠心の素晴らしさをアピールする為に。
事情の全てを知っているユーメントからすれば、パップの愚かさがよりクローズアップされただけだが。
そ知らぬ振りで、ユーメントが物申す。

「そうか。では少々の休憩の後に、ここを出立する。良いな。」

「ははーっ。」

パップは、自分が司令官なので。
軍の元へ戻る。
一礼し、メルドも続く。
残る、アギー。
椅子へと座るユーメントの、左側へ立つ。
客間に居るのは、この2人だけ。
部屋の外には、ロイスのみが控える。
ユーメントがアギーへ、声を掛ける。

「待たせたな。ようやくだ。漸く、決着が付けられる。」

「あの旅を共にした他の2人も、既に各々動いております。」

「そうか。苦労を掛けるな。」

「いえ。お役に立てて光栄です。」

そう話す2人の目線は、遠く先を見つめていた。



同じ頃。
スラード家率いるセッタン軍と、イレイズ家率いるゴホワム軍。
その連合軍にハヤヒを加え。
ダイツェンの中心都市〔ナイジン〕へと入る。
総勢1,500もの大軍が、ぞろぞろと進軍するのだ。
町の中も穏やかでは無い。
住民が『さっさと通り過ぎて欲しい』と考えるのも頷ける。
その町の出口に。
慌てて掻き集めたのだろう、不揃いな格好の兵士達。
その前に立つ、煌びやかなドレス姿の女性が。
前に進み出ると、高らかに名乗る。

「アストレル家当主、エルス・ゴウ・アストレルに代わり参上しました!妻のジェーンでごさいます!指揮官殿は何処いずこへ!」

直々に名乗られては、姿を出すしか無い。
12貴族の2人も顔を出し、ジェーンへ名乗る。

「12貴族が一家、スラード家当主!ティス・ファン・スラードである!」

「同じくイレイズ家当主、モーリア・フェルト・イレイズ!ここに在り!」

「おお!あなた方が!主人がお世話になっております!」

それぞれに駆け寄り、握手を交わすジェーン。
その瞬間、ハヤヒは。
ジェーンが舌なめずりをしている様に見えた。
獲物を見つけた、ハイエナ。
何故かそう感じた。
これは一応、警戒しておいた方が良いな。
そう心に思う、ハヤヒ。
構わずジェーンが話す。

「ここに控えしダイツェン軍約300、お供に加えて頂きたく存じます。」

「それは是非も無し。共に参ろう。」

ジェーンにそう返事するティス。
対してモーリアは、疑問を投げ掛ける。

「これから戦場へ向かうと言うのに、その恰好は如何なものか?」

腰を絞り、細さを強調するドレス。
すそはフリフリで、腕の袖も肘が見える程短い。
これから舞踏会へ臨もうとするなら分かるが。
向かうのは、華やかさとはかけ離れた場所。
『完全に戦を舐めている』と、そう思えるので。
苦言を呈したくなったのだ。
しかしジェーンは意に介さず、こう言い放った。

「私の魅力で、相手の戦力を削いでご覧に見せましょう!」

そしてすぐに、隣りへ乗り付けている馬車へと乗り込む。
これ以上、何を言っても無駄だな。
勝手に死ぬのは構わんが、こちらに非を押し付けられるのは困る。
適当にあしらうか。
ティスとモーリアは顔を見合わせ、互いに頷き合う。
その様子を、馬車の中から覗いているジェーン。
不敵な笑いを浮かべている事に、気付く者は居なかった。



それぞれが、最終決戦の地と目される場所へと動き出す。
確実に、《その時》は迫っていた。
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