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第259話 リリィの昔語り

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黒煙が消滅した後。
リリィが少し解説を加える。

「セメリトの奴は、勘違いをしていたんだ。あいつが呼び寄せたのは魔物じゃない。《魔力》だったんだ。」

「魔力?」

遠くを見つめるそのままの態勢で、ルーシェが尋ねる。
リリィも、ルーシェの方を向かずに答える。

「そう。強大な負の魔力。あいつは方々で、『召喚の為』と称して膨大な魔力を門の方へ注ぎ込んでいた。」

「方々?ウタレドだけじゃ無いのか?」

ロッシェが疑問を挟む。
大規模な魔力の掻き集めは、あれしか見た事が無かったからだ。
しかしすぐに、リリィは否定する。

「魔力が集められれば、場所は或る意味何処でも良い。町とかで無くともな。例えば〔転移装置〕が、それに該当する。」

「あれって、人や物が通り抜けるんだろ?関係有るのか?」

「有るさ。大いに。転移の原理は知ってるか?」

「その辺の事は、前にクライスから聞いたな。」

プラスとマイナスのエネルギー場を形成し、そこを結ぶ事によってエネルギーの通り道を作る。
後は、そこを通路として移動するだけ。
そんな内容だったかな。
ロッシェがそう言うと、リリィは頷く。

「そう。流れに乗れば、自然と下流へ行き着く。でもどうやって、流れに飛び移る?」

「周りに魔力を張って、身体を包み込む。そうでないと転移装置は使えない、だったっけ。」

クライスの説明を思い出しながら、ロッシェがポツリポツリと言葉にする。
リリィとロッシェのやり取りが理解出来無くて、ただ傍で聞いているだけのルーシェ。
ロッシェの言葉に、リリィが説明を付け足す。

「流れへと入り込む為にまとわせる《オーラ》は、言わば船代わり。流れの入り口で貸し出していないから、自分で用意する必要がある。」

「流れに乗って出口に着いたら?」

「乗り捨てるのさ。流れの中に。」

「あれって、自分の体内に戻んないのか?」

「体内の魔力で作った物でも無いのに?」

「え?違うのかよ?」

ロッシェは根本的な誤解をしていた。
てっきり、内なる魔力で形成しているとばっかり……。
リリィが続ける。

「あれは、周りの魔力を自分に引き寄せて作り出す物なんだ。セメリトの奴が、さっきまで見せてたろう?あれと同じさ。」

周りの木々がドンドン枯れて行く様子は、ロッシェも確かに見た。
あいつと出会った時。
姉さんを見つけた時。
その時もまだ、辺りの魔力を吸収し続けていた。
俺はこの鎧のお陰で、何とも無かったが。
そうロッシェは考え、胸当てをさする。
更にリリィは話す。

「乗り捨てられた船、つまり余剰の魔力が流れに飲み込まれる。それをあいつは回収していた。自分が作った装置で。」

「そういやシェーストとスラッジに在ったのも、あいつが仕込んだんだったな。」

「あいつは『便利だから』とか適当にうそぶいて、あちこちに置いたんだ。そして自分だけ、余剰魔力をせしめた。」

「余裕しゃくしゃくな態度は、大量の魔力を常に抱えてた所から来ているんだな。」

もっぱら身体強化に使っていたらしいがな。」

「あんた、やけに詳しいな……。」

ロッシェがリリィに、少し懐疑的な口調で言う。
余りにも、セメリトに付いて知り過ぎている。
それは、『ルーシェがセメリトの世話係をずっとしていたから』と言うだけでも無いらしい。
リリィはルーシェの方をチラッと見て。
正直に打ち明ける。



「あいつの元で働いていた頃が有ったんだ。ルーシェと出会う前に。」



「ホントかよ!それを何で早く言わないんだ!」

驚くロッシェ。
ルーシェもそれは初耳らしい。
目を丸くしている。
リリィがその頃を語る。
その内容は、以下に。



ケミーヤ教が出来た当初。
幹部に当たる者達は戦力不足を補う為、積極的に魔物を呼び出していた。
とにかく、手当たり次第に。
平穏な生活から変な場所へ呼び出され、魔物達は言う事を聞かなかったが。
『グレイテストの導きであるぞ』と、教祖らしき者が言葉巧みに騙し。
魔物も期限を区切って、共に生活する事とした。
しかし、化けの皮はすぐに剥がれる。
〔人間の乗っ取り〕や〔転移への強制応用〕を、奴等は強要し始めたのだ。
反発も当然起こる。
そしてとうとう、大量離反と言う大脱走に繋がった。
力を蓄えていた一部幹部の手によって、続々と捕らえられたが。
何とか逃げ果せた者も居た。
リリィもその1体。
得にリリィは、執念深く追い駆けられた。
魔物としての技が、他の者とは一線を画していたからだ。
それは、『魔物の封印』。
どんなに巨大な力を持っていても、閉じ込め圧縮出来る能力。
セメリトが切り札としたのは、その能力のせい。
最終決戦には、強力な力を持つ魔物の召喚が不可欠。
幹部の一致した認識。
その為には、どうしてもリリィを手元に置いておく必要があった。
錬金術師だけでは押さえられない時の、正に《保険》として。
だから、ルーシェと一緒に居る所をセメリトが見つけた時。
思わず叫んだのだ。
『お前は……!』と。
ルーシェを人質同然にして、リリィを確保した時。
作戦の成就を確信したのだろう。
そこから、強大な力を持つ魔物の召喚準備が加速。
他の魔物が屈しても、リリィだけは逃れなければならなかった。
魔境の平和の為にも。
《彼》が築いてくれた、あの門に誓って。



話し終えると、ルーシェがガクッと膝を付き。
涙を流し、大声で泣き出す。
私のせいだ。
私を守る為に、リリィは……。
そう考えるだけで、心の中が悲しみで充満する。
それが涙を後押しし、止める事が出来ない。
リリィは告げる。

「この娘を悲しませたく無かった。だから言えなかった。言えば、責任を感じると思ったから。この娘は優し過ぎるんだ。」

そう言ってルーシェに近付き、右前脚を彼女の左肩にそっと置く。
するとリリィの身体から『ブワアアアッ!』と魔力が吹き出し。
見る見るうちに縮んで行き、元のリスの姿へと戻る。
まただ。
この娘の身体が、魔力を拒絶した。
何故だ?
考えるも、理由が思い付かないリリィ。
逆にロッシェは、或る事が頭に浮かんでいた。
クライスの叫びに、姉さんは反応した。
無意識の内に。
そして指輪を握った途端、あの大量の水。
まさか……?
ロッシェは敢えて、魔物2体に尋ねる。

「なあ、姉さんの身体から何か感じないか?例えばさあ、ほら!精霊の様なモノとか。」

リリィは横に首を振る。
しかしフェイレンは頷いて、こう言った。

「俺は属性が水に近いから感じるけど。多分、《水の精霊》が絡んでると思うぜ。」

「やっぱり!」

これまで出会って来た、精霊達。
形は違えど、この世界にふわりと存在する身。
その一部は時に、何かと同化している事も有る。
木の精霊と共にあった、元妖精のリドの様に。
原理は分からないが、同じ様な事が起こった人間が居ても不思議では無い。
その事をリリィに話すロッシェ。
『なるほど、それなら……』と、リリィも納得する。
でも原理が分からないのは、魔物も同じ。
魔物が人間を乗っ取る方法と同じだとは、到底思えなかったからだ。
精霊と魔物。
両者では、魔力の質が違う。
魔物はいろんな要素が混在している。
それは他の生き物も同様。
しかし精霊は純粋に、ある決まった属性で占められている。
『クリーンさ』とでも表現しようか。
だから魔物は精霊を乗っ取れないし、逆もまた然り。
謎を解明するには、本人を問いただすしか無い。
でも今のルーシェに尋ねるのは、いささか酷と言うもの。
心が落ち着いて来た時にでも。
そんな状態まで戻っても、彼女が答えてくれるかは疑問だが。



そんなやり取りをしているロッシェ達だが。
その間にも、事態は動いていた。
強大な魔力を取り込んだセメリト。
それを敢えて傍観していたクライス。
両者はギラリと睨み合った後。
お互いに牽制し合いながら、相手の隙を探る。
そして。
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