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第254話 ベイスの妻も、また

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黙々と、破壊した街道の修復に当たるウォベリ軍。
その中に、ヅオウ軍の兵士の姿も有った。
彼等は拘束される事も無く、修復に協力している。
ここで見た悪夢を忘れ去ろうと、作業に没頭していた。
シュウと言えば。
ケミーヤ教の行いに関する重要な証人として、ミースェへ連れて行かれたが。
丁重にもてなされる客人扱い。
シュウの故郷が『ヘルメシアにもグスターキュにも属していない』と言う点を、配慮しての事だった。
これ以上外交問題を広げては、陛下の心中を害するだけ。
ジェードとナーツェが協議しての結論。
勿論、クライスからのアドバイスも有ったが。



結局、ヅオウ軍の処置は。
領地へ戻る事を希望する者に対して、それを許した。
捕虜として抱えても、負担が増すだけ。
食糧等の確保は、辺境の地としては難しい状況。
しかも相手は、敵意無くこちらに従順。
このまま返しても、脅威とはならない。
話し合いの結果、そう判断された。
兵士への処置はそれで良い。
問題は、騎士であるベイス。
ナラム家に雇われ同然だったとは言え、司令官としての地位を見過ごす訳には行かない。
しかし、ヘンドリでの活動をざっくりと聞いて。
ロッシェは『許してやって欲しい』と申し出る。
何か特別な事情が有ると考えたのだ。
あんな物騒な町に、好き好んで移って来る筈が無い。
かつて暮らしていた自分だからこそ、そう思える。
ベイスの話から、ヘンドリは。
すさみに荒んだ結果、落ちる所まで行き着いて。
裸同然となっていたらしい。
何とか町を再生して、住み易くしよう。
そう努力していた最中さなかの、今回の事件。
ベイスの心意気と働きに、何らかの形で報いたいとロッシェは考えた。
その点では、クライスも同意。
ここでベイスに処分を科しては、ヅオウへ戦いの大義名分を与え。
後々、争いの火種となるかも知れない。
穏便に済ませた方が、ウォベリ側への利と成る。
クライスはそう助言した。
説明に納得するナーツェ。
でもそのまま返す訳には行かないので、数人を監視として同行させる事に。
寛大な処置に、涙するベイス。
ロッシェへ感謝の意を述べる。

「ありがとう!これで妻の【ルーシェ】とも離れずに済む……!」

「え?あんたの奥さんもルーシェって言うのか?」

「ああ。とある場所で知り合って、そのまま成り行きで……。」

「何処だ!知り合ったってのは!」

「な、何だ?」

急変するロッシェの態度に、目を丸くするベイス。
クライスが横から口を挟む。

「こいつ、奴隷として買われて行った姉を探してるんです。あなたの奥さんと同じ名前の。」

「そうですか、そう言う事情が……。」

クライスの説明で、状況を理解するベイス。
『ならば』とベイスは、ロッシェに話す。
その場所とは。



「〔メンティ〕と言う地名だったが。トンネルが開通した後その存在を消され、今は確かスコンティへ組み込まれた筈……。」



「トンネルの……入り口!」

驚くロッシェ。
ベイスが続ける。

「俺は元々、メンティを治める騎士様にお仕えしていたんだ。しかし……。」

「トンネル工事が始まった、ですね?」

クライスが相槌を打つ。
そこから、ベイスの過去話が始まる。



トンネル設置の条件に合致するのが、たま々そこだった。
ある日、仕える騎士から現場監督を仰せ付かり。
度々進捗状況を見回っていた。
そこで働いていた小間使いの少女達の中に、現在の妻が居た。
出会いは、本当に偶然だった。
トンネル完成後の事。
口封じの為に、少女達が殺されそうになった。
この工事は、極秘の作戦。
一定以上の階級の者を除き、関わった人間を消し去るのは。
リスク回避に有効。
当然の成り行き。
しかし自分は、その行為に反対だった。
変な奴が訪れて、少女の内【誰か】を連れ帰った後に。
そいつが部下へ命じていたらしい。
余程階級が高かったのか、あっさりとそれは通った。
『納得行かない』と、騎士達に逆らって。
少女達をこっそり逃がす方法が無いか画策した。
何とかそれは成功したが、裏切り行為には違いない。
自分も追われる身となった。
その逃避行に、何故か付いて来た少女が居た。
自分の中に、『大事な人の面影を見た』と言う。
そんな事を面と向かって言われては、突き放す事も出来ない。
こうして2人の旅は始まり、暫く放浪が続いた。
その過程で、2人は夫婦と成り。
安住の地を求める様になる。
そんな或る時。
ガティに在った、検問所の様な場所で。
ヘンドリへの移住を持ち掛けられた。
それがチンパレ家の運営する派遣業者だと知ったのは、移り住んで来た後。
一応騎士であったので、ナラム家はそれなりの待遇を用意していた。
ヘンドリの警護を命ぜられ、ここで一生を終えるつもりだった。
今考えると、単なる捨て駒だったのかも知れない。
実際、こんな状況に陥ったのだから。
『盾位には成る』と思われたのだろう。
つい最近、大軍を伴って。
ナラム家当主のパップが、南へ進軍して行った時。
『しっかり守れよ』と言い残して行ったが。
守る対象は町や民では無く、別のモノだった。
この戦いでようやく、それが分かった。
自分が毛嫌いしていたケミーヤ教と、その本拠地だった事を。
だから安心している。
壊滅したと聞いて。
これでやっと、重い鎖の様な悪しき呪縛から解き放たれるだろう。
ヅオウも、そこで暮らす民も。



ベイスの話が終わる。
前にエミルが欲した答えが、そこにはあった。
妖精がトンネルで抱いた疑問など、クライス達には知る由も無かったが。
聞き終わると同時に、ロッシェが念を押す。

「奥さんは確かに、ルーシェと名乗ってるんだな?」

「ああ。偶然にも、『ヅオウは私の故郷なの』とも話していた。だからここへ移住する事を決めたのだ。」

ベイスの答えに、ロッシェは迷う。
姉さんの可能性が有る女性。
それが一度に2人も現れた。
1人はヘンドリの町に。
1人は南方の森に。
何方どちらも違うかも知れない。
しかし確かめずにはいられない。
どっちへ行く?
俺はどうしたら良い?
答えをクライスに求め、ジッと見つめるが。
クライスは首を横に振る。
自分で決めろ。
至極当然の態度。
クライスは既に、次の行動を決めている様だ。
動く準備をし始めている。
うーん……。
考えた挙句、ロッシェは決めた。

「クライス。」

「ん?」

「あいつ等を追い駆けるんだろう?南の森へ。俺も行くよ。」

「良いのか?」

「ああ。会う機会を逃すとしたら、そっちの方が高いからな。」

「賢明な判断だ。ヘンドリの方は、彼等に任せよう。」

そう言って、クライスはジェードの方を見やる。
お任せを!
そう言いた気に、クライスの視線に対して静かに頷くジェード。
彼等には、デンドに居るであろうケミーヤ教の残党の処理も頼んである。
幹部が逃げ、あいつ等も相当追い詰められている。
賢者の石を操るレベルだろうから、こちらも高レベルの錬金術師を向かわせた方が良い。
テューアを守って来た程の腕だ、油断さえしなければまず抑えられる。
一方で不安要素も有る。
『報酬を渡せ』と、理不尽にも。
留守中のナラム家へ押しかけている事だろう、尻尾を曲げて逃げ帰った傭兵達。
貰う物を貰って、事がバレない内に退散。
奴等の考える事は、手に取る様に分かる。
そこへ残党が付け込んで、取り込む可能性が有る。
あらゆる事象に対応出来る様、かなり強くジェード達には言い聞かせた。
クライスの、その熱の入れ様。
『期待されているのだ』と、錬金術師達は自覚する。
クライスはただ、『何事も無く、無事に済めば良い』と思っての事だったのだが。
良い方に勘違いするなら、気にしない。



それぞれのこれからが定まった。
クライスとロッシェは、南方へ向かう準備が整い。
ジェード達を残し、早々に街道を立ち去る。
その頃、森に墜落した者達は……。
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