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第236話 リターン

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錬金術師であるヒーケルの町長に用意して貰った鎧。
その効果が現れているとは言え。
テューアへ続く道を進むにつれて、息が苦しくなってくる。
魔力が濃くなるのを実感するロッシェ。
門の近くに居る錬金術師達は、どうやって凌いでいるのだろうか?
両側は真っ黒でやはり底は見えず、崖っぷちを渡り歩く感覚に襲われる。
それでもロッシェは足を進める事を止めず、確実にテューアへと近付く。
エッジスから門へ向かい出してから十数分。
そうこうしている内に、人だかりが大きく見えて来る。
それと共に、魔力の濃さが薄れて行っている様に感じる。
細い道の行き着く先は、横に大きく開けた大地。
門と道の終わりとは、15メートル程の距離がある。
その溜まり場に、人影が見えるのだが。
様子がおかしい。
門に向かって左側には、ローブを被った集団が。
大体2、30人か。
その反対、向かって右側には。
ローブを脱ぎ捨てた者達が。
10人弱に見える。
そして門の目の前には、白装束を着た人間が3人程倒れている。

「どうした!何があった!」

ロッシェは取り敢えず、左側の方へ駆け寄る。
横たわる人間の姿と、脱ぎ捨てられたローブの扱いを見るに。
右側が、ケミーヤ教の手先に思えたのだ。
ローブを来た集団の内、1人が叫ぶ。

「来るな!ここは危険だ!」

ロッシェの方へバッと右手を突き出し、止まる様警告する。
構わず突進するロッシェ。
それを遮る様に襲い掛かる、ローブを脱ぎ捨てた側の2人。

「こんなので俺は止まらんぞ!」

遠慮無く、グーで顔を殴り倒すロッシェ。
そのまま吹っ飛び、ゴロゴロ転がって行く連中。
手を付き体を起こそうとしながら、ロッシェの方へ向かってニヤッと笑う。
しかしすぐに、欺瞞ぎまんの表情へと変わる。
それはローブを被った側も同じ。
ロッシェに殴られる時、何かを仕込んだのだろう。
敢えて殴らせたのも、ロッシェの身体に触れる為。
でも何も起きない。
術が発動しない。
ロッシェの方を指差しながら、転がって行った奴の内1人が怒鳴る。

「何だお前は!どうして平然としていられる!」

「俺は錬金術に詳しくねえんだ!そんな事知るか!」

キッと睨み、逆に怒鳴り返すロッシェ。
そしてそのまま左側へ。
集団に尋ねる。

「現状を!教えてくれ!」

「あ、あんたは一体……?」

疑いの目を向ける、ローブの集団。
あいつ等を殴ったんだ、敵では無いらしいが。
術が効かないのは……?
ん?
良く見ると、鎧の一部が黒い。
そこで気付く者が現れる。

「これは【破魔の鎧】では?」

その声に呼応する様に。
集団の中で、反応が広がる。

「確かに!表面が黒い!」
「でも待て!あれは失われたと聞いたぞ!」
「いや!一部は誰かに伝承されていた筈……!」

言い合いを始める集団。
論争好きな錬金術師の気質に、火が付いた様だ。
それは敵側も同じ。
ロッシェに付いて分析を始める。
ええい、まどろっこしい!
適当に誰かをチョイス。
その胸ぐらを掴み、説明を迫るロッシェ。

「時間が無いんだろう!状況を教えろ!早く!」

「わ、分かった!分かったから離してくれ!」

そう言われ、地面へ投げ捨てるロッシェ。
明らかにイライラしていた。
切羽詰まっているのに、呑気に議論なんか始めやがって。
そんな思い。
しかしそれを、グッと胸に仕舞い込む。
投げ捨てられた男は、まず名乗りから始める。

「俺は【ミクリシア・スケイド】。ここで補修作業をしている錬金術師のサブリーダーだ。」

「ロッシャード・ケインスだ。それで?」

「お、おう。門の状態が安定しないから、補修材を大目に投入したんだ。そしたら爆発が起きて……。」

「それが、さっきの大きな破裂音か。」

「ああ。それでテューアへ近付こうとしたんだが。作業員の中から、急にローブを脱ぎ出す者が現れたんだ。」

「遠くに居る、あいつ等だな?」

「そうだ。そいつ等が接近を邪魔し始めた。それで押し合いになっている内に、空から変な奴が飛んで来た。」

「あの、転がっている白装束か?」

「異常な姿だったよ。何せ背中に翼が生えていたからな。」

「翼!人間にか!」

「雰囲気も変だったよ。腕や足をダランと下げて、顔に表情が無いんだ。そしてそのまま門へ体当たりした。」

「その衝撃で倒れ込んだのか……。」

「それも有ると思うが。その直後、そいつの背中から翼が消えたんだ。」

「何か、嫌な予感がして来たぞ……。」

「その後も次々と飛んで来ては、門に突進して行ったんだ。」

『門まで届かずに墜落した奴も居たがな』と、ミクリシアは付け加えた。
大量に飛んでは来たが、門まで到達出来たのが3人と言う訳だ。
そこまで聞いて、ロッシェの脳裏にぎるのは。
或る可能性。
魔物を憑依させた人間に、特攻を指示したのでは?
自爆する様に。
そうだとすると、何たる卑劣な行為。
人の尊厳を奪い、単なる道具として利用するとは。
許せん!
いかるロッシェは、敵側を睨む。
向こうも睨み返して来るが、次第に視線はテューアの方へと向かう。
それが気になり、テューアの方を見るロッシェ。
思わず『うわあっ!』と大声を上げる。
そこには。



縦に入った亀裂が、かつて無い位に広がっている。
縦30センチ、幅5センチ程の。
引っ掻き傷程度だった物が。
今では縦20メートル、幅1.5メートル程までに。
これは不味い!
そうロッシェが思った瞬間。
シュンッ!
何かが魔境の方から飛び出した。
それは黒い塊。
直径1メートル程の球体だったのが、見る見る内に大きくなり。
ヅオウの方へ、勢い良く飛んで行った。
早く追い駆けないと!
エッジスの方へ足を返すロッシェ。
そこへ。



「まあ慌てるな。」



「クライス!」

叫ぶロッシェ。
遅れる事、数分。
真打登場。
クライスはするりと、テューアの前まで進むと。
右手のひらをテューアへ付け、左手のひらは天に掲げる。
そしてクライスの身体が輝き出す。
黙って見ている、ロッシェとフードの集団。
敵側は、動けないと言うより見惚れている感じに取れる。
左手のひらに、魔力の渦が生まれる。
それは急激に発達し。
周りの全てを飲み込もうかと言う勢い。
クライスの身体を伝って、今度は門の方へ魔力が噴出する。
素早く、安定した状態で。
ドンドン亀裂が塞がって行く。
そして最後は、綺麗に消滅し。
テューアの表面はつるつるとなった。
感嘆の声を上げる、錬金術師達。
それは敵味方を問わず。
その術の完成度の高さを称賛するもの。
『ふう』とため息を付いた後、クライスは。
今度は地面に両手を置く。
すると敵側から『ドスドスッ!』と言う音と共に、『うぎゃあっ!』と言う悲鳴が。
おもむろに立ち上がったクライスは、つかつかとロッシェの元へ寄り。
ガシッと肩に手を置いて、ボソッと言う。

「捕縛完了。」

そしてその場へ、ペタンと座り込む。
『大丈夫か!』と声を掛けるロッシェに。
『後は宜しく』と上目遣いで話すクライス。
かなり消耗したのだろう。
胡坐あぐらを掻いたまま、ジッとしている。
『お疲れ』と言葉を残しながら、ビタンビタンと波打っている敵側へと向かうロッシェ。
金の縄が急に現れたと思ったら、体に纏わり付いてほどけない。
そのまま地面に叩きつけられながらも、もがいて何とか逃れようとする。
そんな敵側の足掻きを嘲笑あざわらうかの様な、クライスの笑み。
それに不気味さを感じ、同時にさっきの技の見事さを思い出して。
クライスの正体に気付く敵側。
それであっさり、抵抗を止めた。



クライスに栄養剤の一種を飲ませる、フード側の1人。
『立てますか?』と問われ、静かに頷くクライス。
ゆっくりと立ち上がる。
同じ頃、ロッシェとフード側の何人かは。
敵側を全員捕らえ、エッジスへと連行しようとしていた。
見た限り、テューアは安定期へと戻った。
もう暫くは、間近で見ていなくても大丈夫だろう。
そう判断が下された。
クライスに付き添うフード男が、礼を言う。

「ありがとうございます。私は【ジェード・エメリク】と申します。ここで作業する錬金術師のリーダーを仰せ付かっております。」

「ご苦労様です。俺はクライス・G・ベルナルド。皇帝陛下の命により、参上致しました。」

「貴方が、噂に名高い……!先程の術、お見事でした。」

「いえ、どうなるか心配でしたが。上手く行き、ホッとしています。」

「いやいや、御謙遜を。『鮮やかな技だ』と、一同感服致しました。」

「お褒めに預かり、光栄です。さあ我々も戻りましょう。あれに付いて話し合わないと。」

「あの飛び出して行った魔物ですね?確かに気懸かりです。」

「飛んで行った方向は、捕捉していますか?」

「勿論です。最悪の場合に備えながら行動するのは、錬金術師の基本ですから。」

「了解しました。」

話しながらエッジスへの道へと戻る、クライスとジェード。
体力は大分戻って来た。
足取りもしっかりして来ている。
これなら心配要るまい。
ジェードのクライスを見つめる目は、好奇心の塊。
ホトホトそれに困り果てながらも、エッジスへと急ぐクライスだった。
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