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第221話 ヅオウへの複雑な感情

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鬱蒼うっそうとした森を進んで行く3人。
すると、道にスッと横切る線が書かれている。
行く途中で、クライスが警告する時に引いた線。
そこまで戻って来たのか。
そう実感する。
ならば、後暫くすればハウへ到着する。
そこで村人が何て話し掛けて来るか。
テノには想像が付かなかった。



しかし意外にも、村人で3人に言い寄る者は居なかった。
これがいつもの事なのだろう。
迷った挙句に、戻って来たり別の場所へ放り出されたり。
なので、帰って来た一行の人数が減っている事へも。
追及の感じは無し。
拍子抜けする、テノとロッシェ。
色々答えを考えていた自分達が、間抜けみたいじゃないか。
何故か虚しさを感じながら、ハウを後にするのだった。



ウタレドに着く頃には、とっぷりと日が暮れる雰囲気。
それでもまだ、町の空気は落ち着かない。
負傷者や体力の落ちている者は、粗方クェンドへと運び出した。
あちらで、懸命な介護を受けているだろう。
クライスは、事実上の指揮官であるソインを見つけると。
町の現状を聞き出す。
今ウタレドには、プレズン軍の大半がやって来ている。
プレズンを統べるクメト家当主ムッソンが、兵力をこちらへ向けて来ているのだ。
それはツァッハを丸呑みする為では無く。
寧ろ緩衝地帯として、チンパレ家の居るラミグを遠ざける為。
幸いにも、ツァッハから南のメドムを領地としているファルセ家は。
チンパレ家には付かない素振りを見せている。
ならば、ここに兵力を裂いて抑え込むのが良い。
それでプレズンは当分安泰。
ムッソンはそう考えている様だ。
クライスから話を聞いて、『済まんな』と心の中で謝るテノ。
これから起こす事は、安寧とは真逆。
支配者としては、神経をすり減らす事となるが。
しかし同時に、これで紛争にも決着が付く。
心配も改善されよう。
テノはそう考えた。



作戦発動には、空が暗くなり過ぎた。
仕方無いので、宿で一泊する事に。
と言っても、情勢的に病院を兼ねているので。
安らかな一時ひとときを過ごせそうに無いが。
魔力吸い取りの煽りを受けて、宿はボロボロ。
床が底抜けしても、天井が落ちて来ても。
おかしくは無い。
でも道の真ん中で寝そべるよりはまし。
町の建物は、急ピッチで修繕が進んでいる。
本当なら更地にして、新築し直した方が良いのだろうが。
時間的余裕が無い。
建物が一切無くなり、障害物が撤去された状態にすると。
チンパレ家が、領土を奪おうと攻めて来るかも知れない。
緩衝地帯とする前に、ここを落とされては面倒。
だから騙し騙しで行く事に。
人が取り敢えず暮らせる様にし、簡単に攻め入る事が出来ない造りへと。
町の様子を変えて行く。
ウタレドの術が掻き消されたのは、上空の雲が晴れた事でラミグからも確認出来る。
その知らせがチンパレ家当主に伝わるのも、時間の問題。
思ったよりも事態は切迫しているのだ。
だから宿がボロくても、文句は言えない。
贅沢が通る環境では無い。
承知をしているからこそ、3人は宿の中で大人しくしていた。



一階は患者で溢れている。
3人は2階の奥の部屋へ。
ロッシェが食べ物を持って戻って来る。
緊急時なので、食事は配給制。
作戦発動時には、食料や医者も大量手配しよう。
テノはそう考える。
ウタレドの人達には、迷惑を掛ける事になる。
これまで散々苦しんで来たのに。
それが心苦しかった。
でも、もう曲げる訳には行かない。
これが最後の犠牲。
そう位置付けたい。
最終的に、テノの考えは纏まった。
『これを区切りとする』、その様に。
対してロッシェは、難しい表情をしていた。
シキロを抜けてから、ずっと。
クライスは少し気になり、ロッシェに声を掛ける。

「悩み事か?」

「あ、ああ。ちょっと複雑な気分でな。」

「話せる事なら話した方が、気も楽になるが。」

「そうだな。黙っている事柄じゃ無いしな。」

『気を遣わせちまったな』と、謝罪の様な言葉を発した後。
ロッシェはクライスに言う。

「前に話した事が有っただろ?俺は《ヘルメシア出身》だって。」

「確かにそう聞いたな。」

「実はな……。」

そこで少し躊躇ためらった後、ロッシェは重そうな口調で言った。



「ヅオウは、俺の出身地なんだ。その中に在る【ヘンドリ】って言う町が、俺の故郷さ。」



「ヘンドリと言えば、かつて……。」

途中から話を聞いていたテノが。
そう口を挟む。
ロッシェは頷く。

「そう、王族が暮らしていた場所。今の言い方なら《帝都》だな。」

「そこにはナラム家が住んでいた筈だが……。」

「それは昔の話。あそこってシルバに近いだろ?」

「ヅオウの中では、南の方だな。」

「だから北へ移動したんだよ。簡単に抑え込まれない様にさ。」

ロッシェはテノに、そう話す。



そして、ついでとばかりに。
ヅオウについて、ロッシェが解説する。
プレズンの西半分がシキロに接している様に。
ヅオウの西半分も、シキロと接している。
ヅオウとプレズンは、東西の幅ではほぼ同等。
東半分は共に、スラード家が統べるセッタンと接している。
シキロとセッタンを挟む様に、ヅオウとプレズンが向かい合っている格好。
セッタンもかなりの軍事力を保有しているが。
理由はこの様に、広大な支配地域に南北を挟まれている為。
プレズンの東に位置するゴホワムを所有するイレイズ家と、半同盟関係にあるのも。
ヅオウを牽制する為。
周りから煙たがられる存在のヅオウ。
それはひとえに。
遷都後、その地一帯を王族から託されたナラム家が。
勝手な振る舞いをし、支配地域で暮らす人間を弾圧し始めた事による。
住民は反発するも、謎の力で抑え込まれた。
その頃には既に、ケミーヤ教と手を結んでいたのだろう。
ケミーヤ教を通じて、チンパレ家とも手を組んだのかも知れない。
同じ様に、厳しい制限を掛けて支配されていたプレズンは。
そのとばっちりを受け、内部で反乱が勃発。
何カ月もの対立の末、住民とクメト家は和解。
領土内を、かなり自由な空気にした。
前に出て来た、風土を見直す切っ掛けとなった《事件》とは。
この事を指すのだ。
考えを改め、その延長で発展を遂げたプレズンとは対照的に。
ヅオウは強制を続けた。
その結果、領土内は疲弊。
住民は貧しくなるばかり。
それを如実に示す例が、ロッシェの姉。
奴隷として売られる子供が増えて行った。
そうでもしないと、その日暮らしさえも難しくなっていたのだ。
ロッシェはそれが嫌で、姉探しと称してヅオウを離れ旅に出た。
だから、今現在両親が何をやっているか知らない。
ロッシェはそう言う。
姉を売った事を、親に対して恨むつもりは無い。
姉自ら志願した事を知っているから。
その優しい姉を取り戻したい。
報われる人生を送らせたい。
だから皇帝に頭を下げてまで、姉に関する情報を集めようとしていた。
そう述べて、解説は終わった。



「そこまで深い理由だったとは……。」

情報集めに代替条件を出した事を、恥じるテノ。
クライスに頭を下げてまで願い出た事だ。
それなりの背景は有ると思っていたが。
『済まない』と、ロッシェに頭を下げるテノ。
『止めてくれ』とロッシェは言う。
続けてロッシェは話す。

「あんたはるべき事を遣ってくれ。それで国民は報われるから。」

「そうだろうか……。」

うな垂れるテノに。
ロッシェは一言。



「旅に出てから、あんた謝ってばっかりだな。『済まない』って言葉を聞かない日が無い位に。」



確かに。
済まないと言う言葉が、口癖に成りつつある。
何も知らずに統治して来た事への後悔と。
王族の存続ばかりを考えて来た事への愚かさを。
痛感する旅。
だから、謝罪の言葉を連呼しているのだろう。
しかしそれは同時に、反省の心を薄めつつあるのではないか?
希薄になって来ているのではないか?
謝るのが当たり前であるかの様に。
人の上に立つ者として、その思考は相応しく無い。
改めて気付かされるテノ。
悩みつつも、皇帝として更なる成長を遂げようとしている。
クライスは、それが頼もしく見えた。
一通り話をし終えた後、3人は眠りに着いた。
明日はいよいよ、作戦を発動させる。
それに備えて、疲れを少しでも取らなければ。
テノは明日の事を考えながらも、いつの間にか睡魔に負けていた。
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