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第195話 事実は斯(か)くも残酷

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「おお!やったか!」

伝令からの報告を聞いた、司令官のソイン。
即座に命令を下す。
操られていたクェンドの住民を、カベールへ連れ帰る事。
そしてプレスン軍の前線を、クェンドの向こう側まで押し上げる事。
鉄の板を抱えた兵士が、次々と丘の坂を上って行く。
さて、自分も向かうか。
ソインが腰を上げた。



プレズン軍に伴われて、クェンドの住民がカベールへと入る。
皆、顔がやつれていた。
戻って来たセレナが、鍋の周りでラヴィと遊んでいる子供達を呼びに来る。
ラヴィがその姿を見つけ、声を掛ける。

「どうだった?」

「無事、上手く行きました。危ない場面も有りましたが、クライス様が現れて……。」

「美味しい所だけ持って行くわね、あいつ。」

それはラヴィの本音。
道理で姿を見かけないと思った。
何か、陰でこそこそしているとは思ってたけど。
あいつが倒されるとは考えられないから、妥当な結果ね。
ラヴィは、一定の成果に満足していた。
セレナは思いにふけっているラヴィをそのままにして、子供達に話し掛ける。

「クェンドの人達は無事よ。君達の両親もきっと居るから。」

そう言って、住民が溜まっている場所へ引率する。
子供達は大喜びで、セレナの後に付いて行く。
そして各々、両親を見つけて走って行く。
抱き合う、親と子。
仲睦まじい姿。
その中で見せる、心の底からの笑顔。
少し離れた所から子供達の行方を確認し、安心するセレナ。
その頭に乗っかっているエミルが、『良かったね』と呟く。
『そうね』とセレナは軽く返事をするが、既にエミルは別方向へ飛んでいた。
セレナも振り返り、ラヴィ達の元へと戻って行った。



アンは、空き地でたたずむクライスの元へとやって来る。
横から顔を覗き込むと。
いつもの様に小難しい顔をしている。
アンが話し掛ける。

「余り考え過ぎると、体に毒よ?兄様。」

「あ、ああ。居たのか。」

思い詰めていたかの様な返答。
気になって、続きを聞く体制を取る。
クライスが話す。

「例の老人なんだが、正体を見せたよ。」

「そう。」

「それが面倒臭い事に、《フレンツ王子》だったんだ。」

「え!」

「その事実をテノにどう説明しようか、悩んでたのさ。」

「うーん……。」

驚愕の事実に、アンも同じ様に悩み出す。
しかし、アンの中ですぐに結論が出た。

「率直に、事実を話す他無いんじゃないかしら。」

「お前もそう思うか……。残酷だが、仕方無いな。」

「それで?テノは納得すると思う?」

「これを見せれば、嫌でも受け入れるさ。」

そう言ってクライスは、アンに或る物を見せる。
ブローチ。
フレンツの紋章が描かれている。
担がれて行く間に落としたらしい。
気付かなかったのか、それとも敢えて放置したのか。
後者ならそれは、王族との決別を意味する。
フレンツは頭が切れると評判らしい。
リスクとなる様な真似はしまい。
きっと行方をくらました先で、頭を抱えているに違いない。
クライスはブローチを、そっと懐にしまった。



クライスとアンの傍を通り過ぎる兵士達。
街道へと接続する箇所で、持って来た鉄の板を地面に打ち付けて行く。
柵を形成すると同時に、町の境界を示す役割。
『どうせなら』と、アンは作業をしている兵士達に声を掛ける。
そして、既に作業が終わっている板へ触れると。
『バアアアーーーッ!』と板が横に広がり、空き地を取り囲む。
厚みも2メートル程に分厚くして、高さも3メートル程に拡張。
後はデコレーションがてら、塊となったそれをチョコチョコいじる。
あっと言う間に、城壁もどきの出来上がり。
『それだけだと殺風景だな』と、クライスもちょっと装飾をほどこす。
一連の流れを、呆気に取られながら見ていた兵士達。
レンガ造りの様な表面の凹凸。
しかし実の所、1つの鉄の塊。
それに金の模様をあしらえた。
ついでにソインの居た部屋に掲げられていた旗から、クメト家の家紋を拝借。
壁にデカデカと書いておいた。
これならクメト家も満足するだろう。
板を持って到着する兵士は、やり場に困って壁に立てかけた。
クライスは言う。

「板は拠点の建造に回して下さい。貴重な物資ですから。」

その言葉に。
『どうせ命令されるんだ』と、詰所の様な物をおっ建て始める兵士達。
仕事を取られて力が余っているのか、半ばやけくそだった。



ラヴィ達の元へ帰還した、アンとクライス。
早速ラヴィがクライスに話す。

「司令官殿が感謝してたわよ。『これは褒美をはずまねばな』って。」

「まあ要らないけどな。」

「そうよねー、旅の邪魔になるだけだものねー。」

そう言いながら、嬉しそうなラヴィ。
想像している内が一番楽しい。
それを分かっていて、堪能している様だった。
クライスがスッとテノに近付く。
『ん?』と、疑問形の顔になるテノ。
懐からブローチを取り出し、そっとテノに見せる。
ギョッとするテノ。
クライスに詰め寄る。

「これを何処で……!」

「やはり本物だったか。」

「良いから!何処で!」

興奮気味のテノに、周りの人達が振り返る。
このままでは話せない。
皆を連れて移動するクライス。
町外れ、人気ひとけの無い場所まで来ると。
ラヴィ達にもブローチを見せる。
そして落とした者が、スラッジでクライスを襲った老人だと明かす。
それが、年齢を詐称した皇帝の弟である事も。
流石にラヴィもドン引き。
利用された者、裏切った者。
王族から現れるなんて。
ヘルメシア帝国も大変ね。
それに比べて、私達はどうなんだろう?
あまり考えたく無かった。
逆に落ち込むテノ。
気付かなかった。
弟達が、その様な状況になっている事を。
兄として情けない。
民に申し訳が立たない。
内輪から不穏分子を出すとは。
皇帝として、兄として。
彼らと決着を付けねばなるまい。
テノは、そう覚悟した。
クライスは続ける。

「《あいつ》、おっと失礼。《彼》は言っていたよ。『この先でけりを付ける』とね。」

「と言う事は……。」

セレナが反応する。
更にクライスは続ける。

「そう。ツァッハは完全に、敵の手に落ちている。」

「そうなると、対応が難しいわね。」

言いつつ顎に手をやって、考えるラヴィ。
ロッシェがようやく口を挟む。

「確かゲズ家って、12貴族の中でも小さな方だろ?ツァッハも狭かった筈だけど。」

「それで?」

「だから!潜伏先なんて限られてるって話だよ!そこをとっとと攻めれば良いんじゃないか?」

「そうだったらな。でも忘れたのか?〔Pが書き換えられた箇所〕を。」

「え?そんなの決まって……あっ!」

ロッシェが思い出したらしい。
妖精の暮らしていた跡。
テノの情報で人が入れる様になり、印も消そうとしていた。
でも敢えて赤丸で示した。
それが、ツァッハの中に幾つも在る。
その事を。
オロオロし出すロッシェ。

「どうすんだよ……そこに隠れられてると厄介だぞ……。」

「それについては、メイ次第だな。」

メイには、本来この辺りを管轄していた使い魔のその後を。
魔法使いに聞く様、頼んでいた。
住民の命を守った後、姿が見えなくなった使い魔。
そいつなら、敵の拠点について何か掴んでいるかも知れない。
クライスはメイの報告を、ジッと待っていた。



メイは、クライスから逃走を図った王子達の後をこっそり付けていた。
或る程度まで追った後、深追いする事無く途中でとどまる。
そして、魔法使いからの通信を待つ。
受信した後、内容を把握すると。
一目散に、一行の待つカベールへと戻って行った。
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