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第192話 丘の上の戦い

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カベールの町を目の前にして、異様な雰囲気を感じ取るクライス。
『うちが見て来るよ』と、この所良い面を見せられていないエミルが飛んで行く。
丘陵地帯の端に在るカベールは、斜面に出来た特殊な町。
本来なら頂点に町を築くのがセオリー。
丘の両側を、一辺に確認出来る。
でもそうしないのは。
同じ様に、ツァッハ側にも斜面に造られた町が在るから。
それがクェンドと言う訳だ。
要するに、力関係が互角な為分け合っている状況。
エミルが帰って来ると、興奮していた。
何か見慣れぬ物を見たらしい。
『んーとね、んーとね』と繰り返した後、エミルが言った。

「丘の上で、押し合いしてたんだよ!たっくさんの人で!」

「ちょっと。具体的に言いなさい。」

アンにたしなめられる。
『でないと』と、ラヴィの方をチラッと見る。
オフォエの町で睨まれたのが、まだ尾を引いているらしい。
効果は覿面てきめんだった。
少しビクッとなったが、エミルは具体的に話し始めた。



カベールの町は、兵隊さんが一杯居たよ。
何で兵隊さんだって分かるかって?
だってみんな、アリュースみたいな恰好をしてたんだもん。
でね、普通の人も居たよ。
おっきなお鍋で、何かをぐつぐつ煮てたんだ。
すっごーいって思ってたらね、誰かが大声で言ったんだ。
『押し返すぞー!』って。
そしたら兵隊さんがみんな、丘の天辺てっぺんの方に行ったんだ。
何だろうと思って、うちも見に行ったんだ。
町の中は普通だったから、退屈だったんだよね。
丘の方に飛んでったらね、兵隊さんがみんな木で出来た盾を持って押してたんだ。
『何を』って?
それがね、《人》だったんだ。
兵隊さんじゃ無くって、普通の人。
何も持って無かったよ。
ただ何でか横一列になって、手を前に突き出して『よいしょー』って。
カベールに逃げたいんなら、横に並ばないよね?
だからね、遊んでるのかなあって思ったんだけど。
でも魚の死んだ様な目だったから、違うなあって。
でね、思い出したんだ。
うちが幻を見せた時の相手が、おんなじ目だったなあって。
だからあの人達、騙されてるんじゃないかなあ?
誰にかは分からないけど。
兵隊さんもそれが分かってるから、剣とかで戦わなくって盾で押し返してたんじゃないの?
あー、話してたら落ち着いて来た。
だから今ならね、町に兵隊さんが少ないから入り易いと思うよ。
どう?
役に立つじょーほーでしょ?



最後は胸を張って、自慢気になっているエミル。
『調子に乗るんじゃ無いの』と、ラヴィにおでこをピンッと弾かれ『うっ』となるエミル。
今のエミルの話から、粗方推測出来たクライス。
エミルの言っている事は、恐らく正しい。
誰かに幻を見せられ、カベールを占領する様な動きをさせられている。
それはきっと、プレズン側が一旦クェンドを占領した後。
だからテノの情報では、クェンドはプレズンの一部となっていた。
しかし何者かがそれを覆した。
それによって前線が後退、丘の上で押し問答の事態に。
カベールに居るであろう、軍の司令官なら状況の変遷を把握している筈。
直接聞いた方が早い。
思い立つと、行動が早いクライス。
他の者にここで待機する様告げ、1人でカベールへと入って行った。



「さて、司令官らしき人物は……。」

町に入って感じた事。
普通。
町並みも、暮らす人の格好も。
ただその中に兵士が混じっているだけ。
それも、住民にとっては日常であるかの様に。
町の中心へと近付くにつれて、何かが見えて来る。
直径が2メートルもあろうかと思う程、大きな鍋。
あれがエミルの言っていた……。
どうやら炊き出しの様だ。
しかも手馴れている。
なら、町同士の対立は日常茶飯事か?
いや、そうでも無さそうだ。
鍋の中身。
汁物だが、具がほとんど見えない。
兵士の為なら、栄養が付く様にと具をたくさん入れる筈。
それが無いと言う事は。
軍に同行して来た料理人が、町にある手合いの物で慌てて調理した?
町の人達を観察しながら、進んで行くクライス。
皆、顔の血色は良い。
物資は足りていると言う事か。
どれ、ちょっくら尋ねてみるか。
クライスはフラフラっと腹が空いた振りをして、鍋の周りで見ているおっさんに声を掛ける。

「何を作ってるんですか?丁度お腹がグーッと鳴いてまして。」

クライスの問い掛けに、呆れた顔をして答えるおっさん。



「あれが料理に見える様じゃ、重症だね。」



「え?どうしてです?」

再び問い掛けるクライス。
おっさんは、鍋を指差して言う。

「じっくり見てみなよ。あれは料理じゃ無い。《沸騰させた泥水》だよ。」

「泥水ですか!何でそんな事を……。」

すっ呆けた口調で反応するクライス。
おっさんが言う。

「見ていれば分かるさ。……おっと、来なすったぜ。」

木の桶を抱えた兵士が何人か、鍋に集まって来る。
料理人風の男が、桶に煮立った泥水を汲み入れる。
十分の量になった兵士から、丘へ向かって走って行く。
そして、盾の壁の向こうへバシャーッとちまける。
熱さに反応し、ひるんだ隙に。
盾を持った兵士が一斉に押す。
すると、横一列だった人垣が崩れる。
押された人は、熱がりながら坂を転げ落ちて行く。
ゴロゴロゴロ。
全て転げ落ちたのを確認すると。
見張りの兵士を2、3人置いて引き返して来る。
その時確かに、クライスは感じた。
兵士を押していた住人からの魔力を。
そして熱水が掛けられた時、一瞬それが途切れたのを。
これなら、何とかなるかも知れない。
魔物が乗っ取って、動かしている可能性もあったが。
あの挙動で、それは無いと確信。
おっさんが言う。

「あの繰り返しでさ。こっちも困ってるんだ。何とかする手が有れば……。」



「有りますよ。」



「え?」

クライスの自信に満ちた発言に、不思議がるおっさん。
おっさんが問いただす。

「根拠を聞かせて貰おうか。」

「あれは操られている者の目です。何かの暗示を掛けられているのでしょう。」

「そうだな。」

「ならば、上書きをしてやれば良いのです。」

「暗示のか?どうやって?」

「俺の連れに、得意とする者が居ます。内緒ですがね。」

「ほう……。」

クライスの話に興味を持った様だ。
おっさんが言う。

「なら、連れて来ると良い。俺が紹介してやるよ。」

「はあ……。」

紹介してやる?
このおっさんは何者……?
クライスの疑問を察したかの様に。
おっさんが言う。

「怪しむのも無理は無い。こんな成りではな。俺は【ヒズメリ】、ここに駐屯している軍の副司令官だ。お前は?」

「自己紹介が遅れました。俺は行商人のクライスと申します。プレズンが景気に沸いていると聞き、訪れた次第です。」

「景気が良い、ねえ。それはペイドだけ。こんな戦場の突端には縁の無い話さ。」

「そ、そうですか……。」

残念そうな振りをするクライス。
金儲けをし損ねたと装っておいた方が、都合が良さそうだ。
瞬時にそう判断した。
ヒズメリが言う。

「まあそうがっかりすんなって。さっきの話が本当なら、撃退した褒美が幾らか出るだろうよ。」

「クメト家からですか?」

クライスが疑問を呈する。
ここから小声になるヒズメリ。

『あそこはケチだから、何も出ねえよ。出すのは、【ソイン】様だよ。』

『その方が司令官なのですか?』

『そう。行商人なら、連れが居るんだろう?ここで待っててやるから、呼んで来な。』

『ありがとうございます。すぐに参りますので。』

『期待してねえよ。安心しな。』

ヒズメリからそう言われ、クライスは軽く会釈をすると。
皆が待つ場所まで戻って行く。
どうやら取っ掛かりが見えた様だ。
しかし、人海戦術とは厄介だな。
何でも有りか、あの連中は?
そういま々しく思いながらも、駆け足となるクライスだった。
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