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第176話 魔法使いとのやり取りは

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「え?それだけ?」

魔法使いの出した条件は。
クライスが会いに行く事。
確かに簡単で単純。
シンプル過ぎる故に、疑いも浮かぶ。
何が目的か、勘繰りたくなる。
魔法使いが言う。

『他意は有りません。会って話がしたいだけ、です。』

「んー……。」

悩むラヴィ。
同様の顔付きはセレナ、ロッシェ、アン、ユーメントまでも。
何故そこまで興味を持つのか?
錬金術師とは言え、一介の人間に。
金を錬成出来る事と関係が?
考えが堂々巡りをして、頭がパンクしそうだ。
それを察してか、クライスが言う。

「顔見せ程度で良いんだな?」

『ええ。ゆっくり特別製の紅茶でも飲みながら語り合えたら、尚良いのですが。』

魔法使いの返事を受け、周りを見渡すクライス。
破格の条件。
会うだけで協力してくれると言うのだ。
乗っかるしか無い。
あれだけ権力者の手から逃げ回った者が自ら、招いてくれる。
こんなチャンスは二度と訪れないだろう。
そう言う目付きで、クライスを見つめる者達は。
クライスに付いて行きたい。
魔法使いに会ってみたい。
しかし頭をぎるのは。
使者としての使命。
一度グスターキュ帝国へ戻る事。
同行は出来ない。
それでも……。
葛藤の余り、頭を抱えてもがくラヴィ。
セレナはそこまでしなかったが、魔法使いについて興味が尽きない為しかめっ面に。
アンは、錬金術師の黒歴史に魔法使いが絡んでいると考えていたので。
それをただす良い機会を逃したく無い。
自然と目線を落とすアン。
ロッシェは単純なので、『俺も会いてえー!』と絶叫。
皇帝として、この世界の一住人として。
面会してみたいユーメント。
しかし、ここを空ける訳には行かない。
『流石に諦めた方が良いのでは』となだめる、トクシーとデュレイ。
どっちに付いて行こうか迷うエミル。
クライスの方が面白そうだなあ。
お母さんに会うのは、クライスと一緒の方が良いし。
うん、決めた!
すかさずクライスの頭に乗っかるエミル。
堂々と『うち、クライスに付いてくよ!』と宣言。
恨めしそうにそれを見るラヴィ達。
その表情に辟易して、クライスが魔法使いに約束する。

「分かった!会いに行くよ!どうせ《エッジスに行く途中》なんだから!」

その言葉に、場に居る皆が反応。
クライスは、魔法使いの居場所を知っている?
どうして?
また別の疑問が割り込んで来て、さらに混乱。
そして混乱は加速する。
クライスの要求によって。



「だからまず、この場を何とかしてくれ!」



『良くぞ決心してくれました。良いでしょう。』

魔法使いの声。
続けて、こんな言葉が執務室に響く。

『始まりのくさびよ!対象を穿うがて!』

キインッ!
またしても甲高い音がして。
空中の、しかも天井すれすれの所に。
長さ40センチ程の、白く光り輝く釘状の物体が5本現れ。
次々と心臓を射貫く。
ラヴィ、セレナ、ロッシェ、アン、ユーメント。
射貫かれた5人は動きを止める。
そしてガクッと崩れ、両膝を付く。
続いて魔法使いの声が響く。

『終わりの楔よ!指定を!』

ブウンッ!
かなりの重低音が執務室に響く。
室内の空気が呼応して震えると。
今度は『ドスドスッ!』と言う音と共に。
闇より黒い剣の様な物体が5本。
書斎机の後ろ当たりの床へ突き刺さる。
机を挟んでも見える、長さ1.5メートル程のそれは。
周りに不気味な雰囲気を振り撒く。
更に、魔法使いが高らかに。

『新たに繋げ!約束された虹色のくさりよ!』

身体に刺さった白い釘から、床に刺さった黒い剣から。
虹色に輝く太い縄の様な物が、同時に出現。
延びて延びて、それぞれ繋がる。
5本の虹が、部屋の内部に架かった。
それを強くトクシー達に印象付けた後、瞬時に消滅。
崩れ落ちた5人は、何事も無かった様にスクッと立ち上がる。

「「陛下!」」

慌ててユーメントに駆け寄る、トクシーとデュレイ。
ラヴィ達にはハリーやリンツが。
クライスは動かず。
様子を伺う。
駆け寄る人達を見て、『何事?』といった反応の5人。
貫かれてから消滅するまでの記憶が飛んでいる。
変わった様子が無い事を確認し、ホッとするトクシー達。
魔法使いは何をしたのか?
クライスだけが知っている。
何やらごにょごにょと、クライスだけに聞こえる様呟く魔法使い。
そして。

『では待っていますよ。《例の場所》で。』

そう告げると、メイの身体の輝きは消滅した。
魔法使いとの話し合いは終わった。
早速クライスに詰め寄るラヴィ。

「結局、力になってくれるの?どうなの?」

周りの反応から、何かを起こしたのは分かる。
それは一体何なのか?
疑問を晴らさずにいられないラヴィ。
クライスは苦々しく答える。

「早速大きな力を貸してくれたよ。安心すると良い。」

「兄様?ご存じなので?」

クライスに尋ねるアン。
しかし彼は、こうとしか答えなかった。

「今に分かるさ。身をってね。」



結局クライスの説明は、『協力は取り付けたから、安心して帰還してくれ』の一点張り。
かたくなに隠そうとする。
計画に支障が出るからなのか?
それとも、魔法使いに知らせない様口止めされているのか?
実は、どちらも認識としては間違いなのだが。
混乱を避ける為、その一点のみ。
具体的に話した所で、混乱など生じるのか?
誰もがそう思うだろう。
これから起こる事を知らない者は。



使者の一行は、一旦王宮を出て帰りの身支度をする事になった。
幸いにも、ビンセンス家の管轄する領域にはすんなりと行けた。
そこで馬を調達。
駆けて行かねば時間が掛かるし、待ち受けるであろうダイツェン軍をやり過ごす事も出来ない。
ラヴィは『あの子が良い』と、メークを指名。
思わぬ再会にメークも喜ぶ。
『またお願いね』と声を掛けるラヴィ。
『ヒヒーン!』と返事をするメーク。
馬とは元来、用途別に種属が分かれているものでは無い。
乗馬用も荷物引き用も、その他も皆同じ種。
それを示す様に、鞍を付けても大人しいメーク。
慣れている感じがする。
安心して王女を乗せる事が出来る。
これなら大丈夫だろう。
セレナとロッシェは物資の調達。
師弟関係が完全に定着している。
手際の良さを買われての任務だ、そうで無くては困る。
帰りは荷が少ないので、それ程大変では無いが。
デュレイは、クライスが身に付けていた衣服を拝借。
頭にフードを被って、顔を見辛くする。
これで替え玉とはバレない。
その日の夜は、トクシーの実家で夜を過ごす事となった。
現時点では、ここが一番安心出来る。
静かに寝て、明日の旅立ちに備えるのだった。



使者達が王宮を出た同じ日に、ムヒス家も別荘へ移動した。
『見送りをしたいんだけど』とハリーは漏らしたが、安全の為には仕方無い。
別れ際『ありがとう』とトクシーが頭を撫でると、ハリーは嬉しそうな顔をした。
そしてトクシーの手をギュッと握った。
また会える、そう信じて。



翌朝。
使者の一行を見送るクライスの姿が。
『すぐに戻って来るからな!』と声を掛けるロッシェ。
しばしお待ちを!』とセレナ。
『分かってるよ』と言葉を返すクライスに。
『見てなさいよ!私の疾風の如き速さを!』とラヴィ。
『兄様……』と名残惜しそうなアン。
静かに頷くクライスを見て、目の輝きを取り戻す。
そして一行は、一路ブロリアに向けて出発した。
クライスはそれを見届けると、王宮へと向かう。
事前にユーメントから《国賓の証》を受け取っていた。
どうやっても複製不可能な一品。
作成過程等は、完全秘匿。
それを胸に付けているので、検問所だろうが王宮の前だろうがフリーパス。
皇帝並みの地位を与えられた様なもの。
それを疑う事は即ち、皇帝を侮辱するに相当。
それに加えユーメントから、念の為に《或る言葉》を教えられる。
騎士になるには、皇帝の任命式を経なければならない。
晴れて騎士となった時、同時に与えられる秘密の文言。
一般人には決して知らされない、騎士を証明する暗号めいた単語。
クライスには特別に。
それは後々、クライスを騎士待遇として迎えたいと言うユーメントの願望も絡んでいた。
この2つが揃えば、王宮に入るのは簡単。
出迎える影武者もクライスを知っているので、素直に執務室へ通してくれる。
足を踏み入れると、丁度ユーメントの支度が整った所だった。

「これからご出立ですか?」

「ああ。魔法使いが言うのなら、従うまで。」

魔法使いは、『皇帝自ら説得に行った方が効果がある』とアドバイスしていたのだ。
ごにょごにょとクライスに囁いた、内容の1つ。
一念発起して、ユーメントは王宮を離れる事にした。
但し、騎士に偽装して。
流石に、皇帝の格好で向かう訳には行かない。
その代わり、メイが同行する事となった。

「ご主人の元へ帰れると思ったんだけど。」

がっかりするメイ。

「仕方無いだろ、その主人のご使命なんだから。」

「分かってるわよ。」

渋々ユーメントの右肩に乗ると。

「さっさと済ませるわよ!」

号令を掛けて、前へ進め!
決めポーズをするメイ。
ハハハ!
ユーメントは、ただ笑う。
そして3人の護衛隊と共に、王宮を後にした。



執務室に、1人残るクライス。
これも、魔法使いの指示。
書斎机の後ろ、窓の有る壁との間に立ち。
パンッ!
胸の正面で両手のひらを合わせ、柏手の様に叩く。
すると。
ドスドスッ!
鈍い音が5回。
音のした方へ向かって、クライスが一言声を掛ける。
《お帰り》と。
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