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第166話 彼との関係、微妙なり

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「ワンズ様、何故こちらに?」

傍まで来たハリーが、そう声を掛けると。
王族の末弟で五男のワンズ・ムース・シルベスタは、不機嫌な顔になる。

「気持ち悪いよー、その喋り方。いつも通りで良いって。」

「しっ!他に人が居るんです!」

ハリーが後ろを指し示す。
ワンズがジッと見ると、いろんな格好が入り混じっている。
貧民、見慣れない兵士、同じくこの国の騎士には見えない者……。
ん?
見た事の有る騎士が。
胸には、確かにあの紋章。
あれは。

「ビンセンスじゃないか!」

トクシーに向かって手を振るワンズ。
『しまった、見つかった』と言う顔をするトクシー。
アリュースの捕縛が報告された時の、評議会の席上で。
ワンズが。
『アリュー兄さんは自害もの』、そう発言したのを伝え聞いていたのだ。
まだ無邪気な子供とは言え、王族の一員で有る事に変わりは無い。
品位を疑われている、その人物に目を付けられると厄介。
難癖を付けられかねない。
ここぞとばかりに絡まれるかも。
慎重になるトクシー。
余り反応が無い事に、苛立ちを募らせるワンズ。

「こっち来いよ!遊ぼうよ!」

口に手を当てトクシーを呼ぶ声も、段々大声になって来る。
困り果てるトクシー。
そこへ。



「駄目でしょ!そんな言い方をしちゃあ!」



ポカッ!
ハリーがワンズの頭を軽く叩く。

いったあ……。」

叩かれた箇所を手で押さえるワンズ。
トクシーに緊張が走る。
婚約相手とは言え、12貴族が王族の頭を叩くとは。
大丈夫なのか?
ドキドキする。
しかし、リンツがこう言った。

「ご安心を。お二人は幼馴染なのです。」

こんな事はしょっちゅう。
ワンズがおいたをし、ハリーが怒る。
そうやってしつけられてきた。
立派な王族への道は遠いが。
ハリーのお陰で一歩一歩歩んでいる。
そう言う事らしい。
なら何故、ハリーはワンズとの婚約を嫌がっているのか?
理由は簡単。
ハリーもまた子供。
お姫様願望が強いのだ。
ワンズは昔からの友達な上に年下なので、恋愛の対象外。
言っちゃあ悪いが、ワンズでは本物の王族ながらお姫様願望が満たされないのだ。
どちらかと言うと、白馬の王子様みたいな人が現れるのを待つ乙女心。
トクシーの方が理想的なのだ。
騎士として立派な立ち居振る舞い。
文句無し。
『ワンズを、そう教育すれば良い』と思うかも知れない。
しかしハリーは違っていた。
こんな風に親しく接する事が出来るのも、あと数年。
成人すれば、容易に話しかける事もはばかられる。
楽しく過ごせる期間は、残り少ないのだ。
変な主従関係になる位なら。
仲の良い友達のまま別れたい。
思い出を輝かせる為に。
ワンズはまだ、そこまで考える知恵を持ち合わせていないが。
だからこそたまに、周りから見れば残酷な言動を見せるのだ。



「しょうが無いわねえ。」

「てへへ。」

仲の良い子供同士の会話。
素性を伏せれば、そう見える。
リンツは一抹の寂しさを感じていた。
年を重ねるごとに身分の違いが距離感となって表れるのを、リンツは恐れていた。
ハリーの心中は如何程か。
察するに余り有る。
そこへ、リンツの横に立っているラヴィが言う。

「分かりますよ。『身分が絆を引き裂いてしまうのではないか』、そう思ってるんでしょう?」

経験があるかの様に語るラヴィの目には。
ウルウルとした物が。
セレナとの関係が、正にそうだったのだ。
姉と妹みたいだったのに。
いつの間にか敬語を使われる。
身分が、見えない壁を作ってしまう。
この旅に出るまで、それに苦しんでいた。
しかし今はクライスやアン、ロッシェも居る。
王女では無く、一人の人間として見てくれる。
セレナもアンとロッシェには、心が砕けて敬語を使わず話せている。
私やセレナにも、そう言う人達が出来たのだ。
彼女等にもきっといつか、そんな関係へと導いてくれる人が現れる。
ラヴィはそう思っていた。
そして出来るなら、私がなってあげたいとも。



「で?どうしてここに?」

改めてワンズに尋ねるハリー。
『うんとね』と考えるワンズ。
悩むワンズに代わって、お付きの騎士が答える。

「連絡が有ったのです。『卑しい身分の者を伴って、こちらへ向かっている』と。」

「ふうん。それで?足止めするの?」

騎士の顔をキッと睨むハリー。
今は、ワンズと遊んでいる場合では無い。
父親の状況が気になっている。
ハリーの言葉に、首を振る騎士。
『ただのお見送りです』と告げた後、騎士がハリーに耳打ちする。



『お父様はご無事ですよ。』



『え?』と驚いた顔をするハリーに、続けて耳打ち。

『我等はワンズ様の護衛で手一杯ですが、反対派にくみする様な真似は致しません。』

『お父様には、我等もお世話になっております。ご恩はきちんと返さねば、そう思っております。』

もう1人の騎士もひそひそ話に加わる。
そして、離れた所に立っているトクシーを見て言う。

『ビンセンス殿がおられるなら、大丈夫でしょう。』

騎士の発言には根拠があった。
デュレイ家がガティの東部を管轄している様に。
ビンセンス家もまた、ガティの西部を管轄している。
騎士の家系でも、トップクラスの地位に居る。
序列では12貴族の次。
なればこそ、皇帝の護衛任務に就いたりしていたのだ。
言わば、ヘルメシア帝国の精鋭。
ハリーはワンズとは仲が良いが、その辺りの政治的力関係には疎い。
トクシーやデュレイの事情を良く知らないので、一般の騎士と同様に接していた。
ここで初めて知る、陰で渦巻く闇の関係。
トクシーは、まだ若いハリーを巻き込みたくなかっただけ。
しかし今は、ハリーも当事者。
知る権利が有る。
時期が来た様だ。
ひそひそ話の様子を見て、トクシーも決心した。
歩きながらでも話そうか。
問題は、どう話せば分かり易いか。
そう言う事は、自分には向いていない。
彼に代わりに……。
そう思ってクライスを見るが。
首を振られる。
あなたからの方が、ベストでしょう。
そう言った眼差し。
それでもクライスに近付くトクシー。
せめてどう話せば良いか、レクチャーを。
切実に求めるトクシーの目を見て、『やれやれ』と諦めるクライス。
まあ、或る程度は力になりましょう。
でもその先は、ご自分で。
クライスは、誰に対しても容赦が無かった。
当然、己にも。



「バイバーイ!」

騎士2人に挟まれて、大きく手を振りハリーを見送るワンズ。
王族の別邸が、登り坂を挟む様に立ち並ぶ。
階段は、別邸と登り坂の間に在ったのだ。
階段は幅3メートル、凹凸の無い登り坂は幅15メートル程。
途中で一旦左へ緩やかに曲がり、再び右へと曲がる。
更に左に曲がり、そこからは真っ直ぐに上がっている。
それ程急勾配で無いのにも関わらずカーブが複数設けられているのは、やはり防衛上の理由か。
そう考えながら、ラヴィ達は登る。
そしてとうとう坂を登り切った。
目の前には強固な壁、そして大きな門。
気を引き締める為、その前で一息付く一行だった。
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