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第160話 不純物の混じった亀は

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リンツから魔物を引き離す時には、転移装置を利用した。
魔物は自然とがれ、勝手に跳んで行った。
今度は利用出来る物が無い。
その代わり、こちらにも魔物が居る。
使い魔では無く、魔物。
この違いが、状況を左右する事となる。



メイは使い魔として、魔法使いの支配下に有る。
許可無くして、必要以上の技は使えない。
一方魔物は。
誰かから呼び出されてはいるものの制約は小さく、出来る事も多い。
そこをクライスは利用した。



まずクライスはウィドーに金の円盾を纏わせ、魔力の濃い場所へ突っ込ませた。
当然周りへの影響を押さえる為、敵はウィドーを排除しようとする。
その時円盾が作用し、触れようとする部位を金に変換する。
これで相手に警戒心を植え付け、排除は簡単に済まない事を示す。
排除が難しいと判断すると、今度は丸ごと取り込んで魔力を奪おうとする。
触れない様に、包み込んで。
四方八方から一度にウィドーへ接触。
流石に全てを処理しきれず、ウィドーは相手と同化する。
相手はウィドーを取り込み支配下に置く事で、事態が解決したと安心するだろう。
しかしクライスの狙いは、正にそこ。
相手はウィドーと一緒に、《クライスの魔力が込められた金》を大量に取り込んでしまったのだ。
これが、相手の魔力の流れをかき乱す。
気配を隠そうとしても完全に消す事が出来ず、また各場所に張り巡らしている枝や根を上手く操る事も封じられる。
攻撃が単純化すれば、対処は容易い。
デュレイの家族達の救出が上手く行ったのも、これ等の下地があったから。
取り込まれている間、ウィドーは相手と意識を共有する。
魔力の流れは電流に近い。
流れ方によって、情報を蓄える事も可能。
地面に流れる魔力から色々な情報が得られるのは、そう言う理屈があるからなのだ。
魔力に含まれている情報は、お互いを行き来するが。
相手の体内にも、ウィドーの魔力に混ざって金の粒子が通過している。
それが不純物となって。
ウィドーが抱える情報に乱れが生じ、逆に相手の情報はクリーンなままウィドーの魔力に付け足される。
案の定情報が混乱したのか、完全に同化出来ず甲羅から翼が生えると言う滑稽な姿に。
人間に憑り付いた魔物を剥がすのには苦労するが。
拒絶し合っている格好の魔物達の分離は、簡単。
多少のストレスを与えてやれば良い。
クライスはただ面白がって、翼を掴みブンブン振り回していた訳では無い。
そうやって過剰なストレスを掛ける事によって、分離を加速させたのだ。
まんまと引っ掛かった相手は、あっさりウィドーを放棄。
相手の情報を抱えたまま、ウィドーは生還する。
これで相手を手違いで消してしまっても、情報だけは残る。
後でゆっくり解析が可能。
より確実に相手を捕らえる為、これまで何度かやっている様に魔物を媒介して魔力を吸い取る。
弱った所を捕らえる。
スッポンの魔物が手足や頭を引っ込めたのは、過剰に魔力を吸い取られ活動限界が来た為。
そうでもしないと消えてしまう。
そのギリギリまでクライスは魔力を奪い、ついでにウィドーの回復へ転用した。
クライス側の完全勝利。



しかしここで1つ、重大な疑問が生まれる。
何故クライスは魔物に体を乗っ取られず、寧ろ跳ね返したのか?
クライスは何もしていない。
体の表面に金の網を展開する事も。
金の膜を張る事も。
一切、何も。
オズやメイ、ウィドーと言った魔物達が肩に乗っていた様に、別に接触は出来る。
寧ろ、クライスと使い魔は何かと縁がある。
スッポンの魔物が拒絶された理由。
一瞬考えた様に、クライスは人間では無いのか?
前にキーリは、クライスを化け物扱いした。
それはつまり、そう言う事なのか?
この疑問を解消するのは、まだ先の事となる。
何せ今は、それよりも優先する事があるから。
クライスの周りが一度は考え、そして保留している事。
鍵を握るのは、やはり……。



「大丈夫か?」

右肩に乗せながら、クライスはウィドーへ声を掛ける。

「お陰さんでな。」

首を上げ下げするウィドー。
元気アピール。
でないと、また変な目に会ってしまう。
クライスはウィドーに尋ねる。

「情報は?」

「まあ、ボチボチだな。」

「ボチボチ?」

「いやや!バッチリさ、うん。」

勘繰られると厄介なので、クライスの望み通りの返事をする。

「後でちゃんと話せよ?」

念を押すクライス。
ウィドーに選択肢は無い。
メイも居る事だし、黙っていても強制的に引き出されるだろう。
かと言って、逃げる事も出来ない。
クライスがまだ踏ん付けているスッポンの姿を見て、つくづくそう思う。
素直に従った方が身の為。
こちら側にいれば、魔境から呼び出した《あいつ等》は容易に手出し出来まい。
まだ消えたく無い。
ウィドーの生に関する執着は強かった。
運が良いのか悪いのか。
運命を呪うウィドーだった。



ビシャビシャな廊下を歩きながら、クライスが各部屋を周って窓を開ける。
ジメジメした屋敷内の空気が変わって行く。
結構な部屋数の為、時間が掛かる。
2階に上がった時には、デュレイの居る部屋から声が聞こえて来た。
皆、声を出せるまで体力が回復したらしい。
うんうん頷くクライスには笑顔が。
下衆な表情では無く。
心からの安堵の笑み。
こんな顔もするんだな、こいつ。
ウィドーはそう思った。



「おお、クライス殿!御無事でしたか!」

両親の傍に付いているデュレイが、書斎の入り口に戻って来たクライスを見つけて。
歓喜の声を上げる。

「そちらの御様子は?」

回復の次第を気遣うクライス。
デュレイの返答の声は明るかった。

「顔色が随分と良くなりました。発声も出来る様です。」

「それは良かった。」

「あなたの妹君は、相当な技量の持ち主ですな。ここまでとは……。」

感謝に堪えないデュレイ。
アンに足元を向けて寝られない程。
それに対し、当然と言った返しのクライス。

「それ位はこなせなければ、務まりませんから。」

デュレイは、クライスとアンの正体を良くは知らなかった。
ただ、一介の錬金術師のレベルを逸脱しているとしか。
クライスの言葉の意味を、十分には理解出来ない。
仕方の無い事だが。



これまでの経緯をざっくりと話すクライス。
黙って聞いているデュレイ。
風通しが良くなったからなのか。
両親や召使い達の身体に赤みが戻り、体温も正常に近付いた様だ。
最後に、スッポンを突き出すクライス。

「あなたのお父さんに憑り付いていたのは、こいつです。」

甲羅のみの姿。
本体は消してしまったのか?
受け取ったデュレイは。
角度を変えながらマジマジと見た後、壁にブン投げたい衝動に駆られる。
それを懸命に堪え、クライスに突っ返す。

「俺達はもう、こいつの姿なんか見たくもありません。」

「当たり前の感情でしょう。」

そう言いながら、アドレイムを包んでいたカーテンの切れ端を手繰り寄せ。
甲羅にグルグル巻きつけるクライス。
綺麗に梱包完了。
勿論金の網を装備済み。
多少魔力を回復しても、思う様には動けない。
ましてや突き破る事も。
ゴトッと床に置き、デュレイに尋ねるクライス。

「町の人達を呼ぶ事は出来ますか?屋敷の中はかなり傷んでいるので、早急に修繕が必要かと。」

或る物に思い当たるデュレイ。

「非常事態を迅速に知らせる物が、屋根に付いています。それを使えば……。」

そう言って、アドレイム達を見るデュレイ。
出来れば、まだ傍を離れたくなかった。
その背中を後押しする様に。



「行け、エメローよ。」



「父上!」

声を上げたのは、首を横に振れるまでになったアドレイム。

「早く町に知らせるのだ。母もそれを望んでいる。」

アドレイムは、セリーの方を見やる。
セリーはコクリと頷く。
同意、と態度で示している。

「分かりました。速やかに!」

そう言って、デュレイは廊下へ飛び出る。
一目散に向かったのは、屋根裏部屋へ抜ける階段。
ヌメヌメして滑りそうになるも、何とか上がって行く。
屋根裏部屋から屋根に出て、屋根伝いに少し歩いた後。
煙突の様に付いているかねの前まで来た。
直径30センチ、高さ50センチ程のベルの形をしている。
本来なら下に紐があり、引っ張って鳴らすのだが。
ここは念入りに隠されていたのか、腐って紐が落ちていた。
拾っておいて良かった、屋根裏部屋に置いてあった木槌。
懐から取り出すと、デュレイはそれで思いっ切り鐘を叩いた。



カーン!
カーン!



何度か叩いた後、町を眺めると。
何処からともなく、声が聞こえる。

「鐘が鳴ったぞ!」
「何か有ったのか?」
「急いで駆け付けるぞ!」

あちこちから見える人影は、合流を繰り返し。
いつの間にか黒いうねりに。
皆心配して、早足になっている。
その姿を、とても有り難く思いながら見るデュレイ。
そうだ!
皆を迎えに出ねば!
門の前にはまだ門番が転がっている筈。
一悶着起こるかも知れない。
屋根裏部屋へ戻り、書斎の前で『町の皆を出迎えに行きます!』と大声を出すデュレイ。
中のクライスから返事を聞き取ると、急いで玄関へと降りて行った。
『バンッ!』と勢い良く玄関のドアを開ける。
その弾みで壊れてしまうが。
事態を知らせるには一目瞭然の光景。
そのままにして、慌てて門へと向かうデュレイだった。
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