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第143話 一悶着の裏で

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シッティ随一の宿シェースト。
その豪華な外見とは裏腹の、醜い争いが。
繰り広げられようとしていた。



宿の入り口が『バーン!』と開いて、中から2人組が勢い良く飛び出して来た。
そして宿の前で言い争いをし出す。

「どうして駄目なのだ!」

「駄目なものは駄目です!」

「何故だ!良いではないか!」

「別のお部屋をご用意しますから!」

「あそこでなければ駄目なのだ!何度言ったら分かる!」

一人は白髪の紳士。
もう一人はひょろ長い背丈のおっさん。
何事か?
騒がしさに兵士達が集まって来る。
そこへ少女がトテトテと駆けて行き、涙声で懇願する。

「兵士さん!どうか止めて下さい!」

「何が有ったのだ?」

集まった兵士の1人が尋ねる。
少女は答える。

「あの白髪のお客様が『泊めろ』と部屋を指定なさるのですが、そこは噂になっている部屋でして……。」

「ああ、例の『人が消える』とか言う奴か?馬鹿馬鹿しい。」

「私もそう思います。しかし念の為に、部屋を掃除しようとしました所……。」

そう言ってうつむく少女。
兵士はそれが気になった。

「どうした?言ってみろ。」

「それがですね、あのー……。」

「良いから!」

焦らす少女。
早く聞きたい兵士。
少女はボソッと言った。



「ベッドが無くなってたんです。大損害ですよ、もう。」



「ベッドが消えた?物取りか?」

兵士が呆れた調子で聞く。

「いえ、動かした形跡はありません。分解した痕跡も。」

「では、何故無くなっているのだ?」

そっけない言葉の兵士に、少女が急に詰め寄る。

「私だって、知りたいですよ!宿の主には『お前が取ったんだろう!』って怒られるし!」

目から涙がポロポロ。
流石に兵士も、少女の涙には弱いらしい。

「わ、分かった!だから泣き止んで、な?」

そう言うと、『止めに入ってくれ』と兵士の群衆に声を掛ける。
『仕方ねえなあ』と言った態度で、2人組に割って入る兵士達。
それでも2人の勢いは収まらない。

「泊めろ!」

「出来ません!」

「2人共、良い加減にしないか。」

尚も暴れる2人に、手こずる兵士達。
兵士の中から、『実況見分』と称して宿の中へ入る者も。
それ等が入り口のドアを開け、カウンター傍の広間にいる客に声を掛ける。

「事情聴取だ。ここでは既に言い争いが始まってたのか?」

客の大半は無視。
しかし男客1人が答える。

「上から怒鳴り声がして、ドタドタと降りて来たらそのまま外へドッカーン!さ。他は知らねえよ。なあ?」

そう言って、隣に座る女客に同意を求める。
何も言わず頷く女客。

「そうか。」

返答を聞いて兵士は周りを見渡すが。
面倒臭い事に関わりたく無いのか、皆そっぽを向ける。
一応調査の体は保った。
本当は俺達も、構っている暇は無い。
何しろ、『怪しい奴が侵入している』と言う情報提供があったのだ。
早く持ち場に戻らねば。
ボヤきながらも、それぞれ持ち場に戻る兵士達。
外では。
納得行かないと言った表情の2人が、『後は示談で何とかしろ』と兵士達に言い渡され。
少女と一緒に引き返して来た。
宿泊客も、ホッと安堵の表情。
こっちの身を一々勘繰られる様な騒ぎは御免だ。
さっさと出るか。
皆、身支度を始めた。
その中で。



「確か、ここだな……。」

兵士2人が。
2階に在る、例の部屋の前に立っている。
辺りに人影が無いのを確認して、そっとドアを開ける。
すると。

「……無い!消えてる!」

「何て事だ!」

ブツブツと言い合う2人。
眉間にしわを寄せ、渋い顔で考える。

「俺達はちゃんと見張ってたよな?」

「ああ。あんなデカい物を運び出す様子は無かった。」

「しかし妙だな……。」

「さっきの子供の話か?」

「移動も分解もされてないと言う事は、ここから無くなる要素が無いと言う事だが……。」

「なら何か?あれは勝手に消えたと言うのか?」

「そんな事は言ってない。誤作動でもしない限り、こんな事には……。」

そこで1人がハッとする。
そう言えば、この部屋の窓が光った様な。

「おい!ピカッとしなかったか?」

「何が?」

「窓が!ほら!」

そう言って、外向きの窓を指差す。
縦1メートル半、横50センチと言った所か。
外への観音開きの窓。
大した装飾は施されていない。
枠には彫刻がされていたが。

「今は昼だぞ?」

「でも見たんだよ!一瞬光ったんだ!」

「……本当か?見間違いじゃ無く?」

「ああ。……多分。」

「多分って。大丈夫か?それより……。」

「分かってるって。仕掛けが消えてるのは流石に不味まずいぞ。」

「俺達、怒鳴られる?」

「だろうな。」

そう言って、うな垂れる2人。
そこへ。



「誰に怒鳴られるんだ?」



「「!」」

ギイイイッと音がして、開いていたドアがバタンと閉じる。
廊下から部屋に入るドア。
部屋の内側に開くタイプ。
その後ろに隠れていた、人影。
少年と青年の中間だろうか。
とにかく、怪しい男がそこに立っていた。
咄嗟に短剣を抜き、男に向かって構える兵士達。

「い、何時いつから!そこに居た!」

声は震えている。
部屋に入っても、気配など感じなかった。
でもそいつは堂々としている。
不気味!
不気味過ぎる!
男は淡々とした口調で答えを返す。

「ずっとさ。」

「ずっとだと?」

「ああ。あんた等が宿にこっそり入ってくる前から、な。」

「こっそり、だと!」

確かに2人は。
聴取していた兵士とは別に、そちらに意識が向いているのを狙って廊下の窓から侵入した。
それすら把握していたと言うのか!
戦慄。
それしか無い。
兵士達の感が言っている。
逃げろ!
早く!
この場から!
しかし、男に隙が無い。
数では優位なのに、気圧されている。
ジリジリと、短剣を男に向けながらドア方向へにじり寄る2人。
兵士達の額から、ツツーーッと汗がしたたり落ちる。
その緊迫した空気を破る様に、男は言った。
得体の知れない威圧感を伴う言葉を。



「もう一度言う。誰に怒鳴られるんだ?」
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