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第92話 一行、一戦交える

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ダイツェンへ続く方の、マキレスの入り口。
その近くに在る宿屋の隣りに備わっている、馬小屋の地下。
そこに格納庫はあった。
ダイツェン軍の本陣は目の前。
敵の目的であるフサエンを連れて行くのは、本当は危険。
しかし本陣の傍に有る為、逆に盲点でもある。
問題は。
妖精のエミルは透過出来るが。
人間のフサエンは、入る為に扉を開けて貰う必要がある。
木陰に隠れている様フサエンに告げた後、まずエミルのみで格納庫へ向かった。



「ただいまー。」

中に入ったエミル。
戻って来るのを待ちわびていた一同。
早速話を聞く。
エミルの声が聞こえないロッシェは、メイの口をスピーカー代わりに話を聞いた。
エミルが話し終わって、皆考え込む。
その中、まず口を開いたのはロッシェ。

「覚悟を決めたぜ。もう外に打って出るしか無いだろ。」

「そうね。どの道、このままではらちが明かないし。」

セレナが賛同。
その隙に少年を格納庫へかくまえば良い。

「それには何か、小細工をしないとね。」

アンが何か思い付いた様だ。
ひそひそ、ひそひそ。
皆頷く。
早速エミルは作戦を知らせに、残りは飛び出す機をうかがっていた。



「迎えに来たよー。」

「良かったー。このまま居なくなるんじゃないかと……。」

フサエンは半泣き状態。

「そんな事する訳無いじゃんかー。」

フサエンの頭を、ポンポン軽く叩くエミル。

「良いかい?うちの言う通りにして。必ず君を守るから。」

エミルは作戦を伝える。
頷くフサエン。
その目の奥に、炎がともっていた。
とても強い炎が。



「こっちだ!まーぬけー!」

大声を上げて通りに飛び出すフサエン。

「居たぞー!」

兵士が気付いて仲間を呼ぶ。

「捕まらないよーだ!」

さっと木陰へ隠れる。
慌てて近付く兵士達。
5、6人は居ただろうか。
その前を木の葉がサアアアッと舞った。
途端に朧気おぼろげになる視界。
バタバタっと倒れ込む。
その様子を見て、更に集まる兵士達。
すると。
倒れていた者達がむくっと起き上がったと思うと、急に暴れ出す。
悪夢にうなされているみたいに。
何かが襲い掛かって来る様に見えているのか。
空中を必死に、剣で切り裂く兵士達。
他の兵士は、余りの事に近寄れない。
そのどさくさに、スルスルっと抜け出すと。
ダッシュで格納庫に向かうフサエン。
姿を見つけ、追い駆けようとするも。
暴れる兵士が邪魔をする。

「こっち!こっち!」

アンが格納庫の扉を少しだけ開いて、フサエンを手招きする。
もう少しでもぐり込む事が出来たのに。
直前で転んでしまった。

「好機!」

その光景を見ていた馬上の騎士は、号令を掛け一斉に襲い掛かる。
フサエンの手を掴もうとした時。
地面がガバッと突然開き、兵士達は穴に落とされた。
2、3メートルはあるその深さ。
ダメージ軽減の為に銀の網を敷いてあるとは言え、そこからはなかなか抜け出せない。
これにより、兵500の内30はリタイア。
その隙に、フサエンは格納庫へスルッと入り込んだ。
中では、自分よりは年上だが明らかに少年少女が待ち構えていた。

「君がフサエンね。もう大丈夫。」

一番年の近そうなアンが声を掛ける。
その声で安心したのか、へたっと座り込むフサエン。

「メイ、頼んだわよ。」

「はいはい、ここで下手を売ったらご主人に怒られるからね。」

フサエンをメイに預け、まずはセレナとロッシェが外に飛び出る。
文字通り、アンの錬金術で作られた簡易発射台で空中へ飛び上がった。
初めての経験、でも戸惑っていられない。
本格的な戦闘は初めてだが。
今までクライスに守られて来た分負い目があった為、ここで返せると意気込んでいた。

「良いわねロッシェ、後で泣き事言っちゃ駄目よ!」

「分かってるって、師匠!特訓の成果を見せる時!」

「だからその呼び方は……!」

言い合っている内に兵士達が駆け付けて来た。
構えるセレナとロッシェ。
セレナは本来、何でも武器を扱える。
剣、弓、槍など。
今回選択したのは、より攻撃的な双剣。
短時間で片付ける必要があるからだ。
対してロッシェは槍を選択。
折角トクシーから学んだ技量、ここで試さずにいられるか。
そんなノリ。
だが防御にも使える槍は、攻撃に特化したセレナの背中を守るには十分だった。
参謀、そしてフォロー役でアンも出て行く。
戦術の鬼クライスを間近で見てきたアン。
少々えげつない事になるが、この際目をつぶろう。
そう考えて、各自に指示。

「セレナは馬に乗ってる騎士を!ロッシェは道を開いて!」

「了解!」
「分かったぜ!」

両名は、群がる群衆の中心に突っ込んで行く。

「師匠の邪魔はさせるかよ!」

グルンと頭の上で槍をひと回しした後、横に思い切り振り抜くロッシェ。
面白い様に兵士が吹っ飛んで行く。
常に体を反時計回りで回転させながら。
持つ位置を動かす事で槍の長さをコロコロ変えて間合いを測らせず、ブンブン振って行くロッシェ。
形振なりふり構わずのブン回しで、兵士がたじろぐ。
その間を、素早く突っ走って行くセレナ。

「馬鹿め!気でも触れたのか!」

あざ笑う騎士達。
しかし、すぐに顔面が真っ青になった。
馬に付けられていた手綱と鞍が、一瞬で消えたのだ。
勿論これはアンの仕業。
クライスがやる様に、銀の粒子に変えて大気に溶け込ませた。
騎士はバランスを失い、次々と落馬。
もんどりうって落ちて行く。
そこへ素早くセレナが襲い掛かる。
まるで演武の様に、短剣を振るうセレナ。
その余りの美しさに、うっとりした所を痛恨の一撃。
痛さでもがき狂う騎士。
構わず連撃。

「うぐわあっ!」

腕が、足が、痛さでもげそうだ。

「これ位で済んで良かったわね。」

倒しきったセレナが、直立不動で騎士の方とは反対側を見る。
『何だ?』と痛さを堪えながらも、騎士達は頭を上げる。
そこに見える光景は。



地獄。
その言葉が似合う景色。



あれだけ居た兵士が、皆倒れていた。
おかしい!
変な奴が槍を振り回したが、それで100人単位が倒れる訳が無い。
何故だ!



フサエンは見ていた。
メイと一緒に。
アンの指輪がキラッと光ったと思うと。
辺り一帯が少し揺らめいて見えた。
そして喉を押さえながら、兵士が苦しみ出した。
泡を吹きそうな顔になりながら、倒れて行く兵士達。
恐ろしい事が起きている。
それ以外分からない。
いや、分かりたく無いが正解か。
真っ青になる者達を見て、完全にビビった残りの兵士。
冷たい眼差しで、アンは言った。

「投降しなさい。こうなりたく無いならね。」

辛うじて立っていた者達も、この言葉でへたり込んだ。
こうして、ダイツェン軍はほぼ無力化された。



「何事か!」

火傷の治療を指示した後馬で触れ回っていた騎士が、現場へ駆け付けた。
そこに、手当てを終えた兵士と医師が合流。
アンが騎士に怒鳴る。

「何してんの、アンタ!」

「いや、こちらの台詞だが……。」

困惑する騎士に尚も続ける。

「こんな大勢で押しかけて!子供1人捕まえる為に!ふざけないで!」

凄い剣幕で怒っているアン。
セレナは気付いた。
フサエンの逃避行に、幼い頃のクライスの面影を見たのだろう。
大人の都合で、寄ってたかって平穏を壊そうとするなんて。
許せない。
苦労して来た兄の力になりたいと、日々精進して来た。
出来れば、こんな事に力を使いたく無い。
でも兄と同じ悲劇はもうたくさんだ。
そんな所だろう。



泡を吹きそうな兵士を見た医師は驚いた。
慌てて処置をしようとするが、アンは医師に言い放つ。

「死にはしないわよ。そう《調整》したから。」

調整?
どうやればそんな事が出来るのだ?
明らかに水銀中毒だぞ?
疑問が渦巻く医師の頭。
ついでの様に、アンは言った。

「今楽にするわよ。ほら。」

途端に兵士の顔色が良くなった。
そう、これはクライスの真似。
空気中の分子をある程度水銀に変え、兵士に適量吸い込ませた。
それでバタバタ倒れたのだ。
死なない程度に苦しませ、こちらへ刃向えない程度に気持ちをくじいた後。
体内から水銀を抜いたのだ。
ついでに栄養剤を体内へ散布して。
毒と薬。
使い分ける事で、簡単に畏怖を植え付ける。
錬金術師は、時にえげつない事をする。
そうでもしないと、権力者に攻撃の目を向けられるからだ。
敵に回すより、触れずにおいた方が得と思わせる。
この世を生き抜くすべ
錬金術とはそう言う物。
何かを犠牲にして追い求めるには、対価が大き過ぎるのだ。
だから成りたいと言う者がいても、余りお勧めしない。
自分の人生を自ら台無しにする様な行為に、どうしても感じてしまう。
生まれながらそんな境遇にならなかった者には、到底理解出来ないだろうが。
現に。
アンに逆らおうとする者は、この場から消え失せていた。

「謝りなさい!」

「え?」

戸惑う騎士に、アンが手で馬から降りる様促す。

「ここに来て謝りなさい!」

訳が分からず、馬から降りる騎士。
アンの傍へ駆け寄るロッシェ。
『大丈夫、落ち着いてるから』と返事するアン。

「おいで。君に謝らせるから。」

アンに呼ばれて、恐る恐る出て来るフサエン。
メイも、ちょこちょこと同行。

「何もここまでしなくても……。」

オロオロするフサエンに、アンは言った。

「『人の上に立つ』って言うのはね、こう言う事なの。覚えておきなさい。」

『さあ早く』と、騎士に謝罪を迫るアン。

「申し訳ございませんでしたーーーーー!」

土下座する騎士。
恐縮する少年。
何とも滑稽な光景。


町の入り口に、ふと人影。
それに向かって、セレナが叫ぶ。

「あなたの上官にしっかり報告する事ね!どんな奴を敵に回そうとしているのかを!」

分かっていて見逃される事を知り、『ワーーーッ!』と叫びながら一目散で駆けて行く。

「アン、これで良い?」

「上出来。もう簡単に手出し出来ないわ。」

ハイタッチするアンとセレナ。
『こっち側で本当に良かった』と思うロッシェ。
修行の成果を実感する余裕も吹っ飛んだ。
『女性を怒らせると、これ程怖いのか』と考えずにはいられなかった。
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