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第89話 Pの在り処

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「大旦那様!大奥様!大変でございます!」

「何事か?進展でもあったのか?」

「敵襲と触れ回っている者有り!馬の管理をしている、シェリィにございます!」

「何と!あの娘が!と言う事は、町の入り口に追加の軍でも派遣されて来たのか?」

「詳しくは分かりません!ただ『敵襲!敵襲!』と……。」

「あの娘は、頭の悪い者では無い。必ずや何かしらの意味が有る筈。」

「あなた、怖いわ……。」

「案ずるでない。必ずや儂が守り通してみせよう、お主だけは。」


これが、シェリイが馬で駆けずり回っている頃のコンセンス家。
息子に当主を譲って隠居生活を送る元当主、【エルベス・トル・コンセンス】。
妻の【フウォム・トル・コンセンス】。
給仕長の【コグメイヤ・ストース】。
折角せっかくの余生を、とんだ面倒事に巻き込まれた。
騒がしいったらありゃしない。
『早く過ぎ去ってくれ』と、夫婦共々毎日思っていた。
それが、敵襲とな?
嫌な予感がする……。
そうエルベスが考えていた時。
今度は。

「給仕長!通したい議が!」

「何だ!今は忙しいと言うのに!」

「それが……。アリューセント閣下の配下を名乗る方が、面会を求めていまして……。」

「分かった、すぐ行く!大旦那様、大奥様、それでは。」

そう言って、ストースは下がった。



どうせ何かたかりに来た連中だろう。
適当な理由を付けて追い返してくれる。
そうプリプリ怒りながら玄関まで来たストース。

「どなたかな?今取り込んでるのだが……。」

「私はアリューセント閣下の配下、トクシー・ビンセンスと申す者。館のあるじにお会いしたく参った。」

「嘘を付くな!閣下は今、敵国に捕らわれの身なのだ!配下の者が来れる筈が……。」

そう言って給仕に玄関のドアを開けさせると、声を失った。
鮮やかな貴族の鎧を身に纏った、凛々しい顔。
輝く金髪。
確かに見覚えのある顔。
何処かで……はっ!
評議会に出席される大旦那様のお供で、帝都まで付いて行った時に出会った青年。
確かあの時は陛下の警護を……。

「もし、済まぬ事を尋ねるが。前に陛下の警護をされておったとか……?」

「ええ。10年以上前になりますが。」



「申し訳ございません!とんだご無礼を!」



冷や汗たらたら。
この方は本物だ。
12貴族に資する方だ。
不味い!
大旦那様の顔に泥を塗る様な真似をしてしまった……。

「あの、主にお会いしたいのだが……。」

戸惑っているストースに話し掛けるトクシー。
その腕をグイッと引っ張るラヴィ。

『明らかに動揺してるんだけど?何かしたの?』

『いえ、私は何も……。』

『だったら、安心する様な言葉を掛けてあげたら?』

ラヴィのアドバイスを、あっさりと聞き入れるトクシー。

「心配せずとも、何も致さぬよ。」

「そ、そうですか?」

思わず声が裏返るストース。
親子程の年の差が有ると言うのに。
尚も諭す様に言うトクシー。

「済まないが、こちらも急いでいるものでな。実は、この騒ぎとも関係しているのだ。」

「そ、それは!どうぞどうぞ、中にいらして下さい!」

そそくさと案内するストース。
それに付いて行く3人。
それにしても、騒ぎの件を出した時の反応。
屋敷の中でも何か起きてるな。
そう考えざるを得ないクライスだった。



「大旦那様!大奥様!お客人です!」

大慌てで、元当主の居る広間に飛び込んで来るストース。

「先程から騒々しいな、お主は。して、どなたかな?」

「お久し振りです、エルベス様。」

そう言ってかしずくトクシー。
後ろに控えて続く2人。

「おお、そなたは!何時ぞやは世話になったな。」

「覚えておいででしたか。良うございました。」

小声でトクシーに話しかけるラヴィ。

『顔見知り?』

『ええ。以前、評議会で物騒な出来事があった際に。お助けした事が。』

『なるほどねー。』

話を続けるエルベス。

「昔話に花を咲かせたい所だが、町の様子を見ておろう?」

「はい。大変な事になっている様で。」

「そうなのだ。あ奴もしつこくてのう。とうとう、堂々軍を差し向けて来おった。」

「アストレル家ですね?」

「そうだ。『こちら側に来い』とうるさくてのう。#悉__ことごと#く断って来たのだが。」

「アストレル家は、王族反対派でしょうか?」

「明らかにな。陛下を嫌っておる。儂は中立な立場を取っておったんだ。それが気に食わんらしい。」

「なるほど。閣下が捕虜にされたので、これは好機と一気呵成に動き出したと……。」

クライスがブツブツ言いだす。
『しっ!今良い所何だから』と、黙らせようとするラヴィ。

「して。お主とその控えし者は、ここへ何用か?」

「実は、我々は敵国の使者として、陛下への謁見の旅に出ております。」

「それは重大な任務ではないか!」

ここでエルベスは驚いた。
トクシーは、言わば閣下の代わり。
アストレル家がそれを知れば、必ずや襲って来るだろう。
考えるエルベスに、トクシーは話を続ける。

「その旅で、或る物が必要なのです。それを受け取りたく参上した次第です。」

「ほう?何かな?」

「P、でございます。」

「Pか。あれは確か……。」

「あなた!Pってフサエンに持たせた物では……。」

大奥様のフウォムが口を挟んだ。

「確かに!万が一の事を考えて、あ奴に持たせたのだった!」

「現当主の方ですね?その方は今何処に……?」

そう言うトクシーに向かって、申し訳無さそうな顔をしてエルベスが言う。

「……逃がしたのだ。アストレル軍に捕らえられない様にな。」

「やはり、そうでしたか。」

「知っておったのか?」

「いえ。控えし者の推測が当たっていた、と言う事でございます。」

そう言って、クライスを見るトクシー。
それを受け、答える。

「俺は得られた情報から判断したまで。それ程難しくはありません。」

シェリィの話で出て来た、屋敷から飛び出して行ったという人物。
それこそ正に、現当主のフサエンだったのだ。
使者として逃がされ、何処かの町に避難している。
その場所も、クライスには見当が付いていた。

「フサエン様はマキレスに居る、そうですね?」

「そ、そこまで!」

「あの町は宿場町。紛れ易いですからね。しかもここに近く、様子がすぐ分かる。」

「そ、その通りだ。騒動が収まればすぐに呼び寄せようと……。」

「甘いですね。」

「何がだ?」

『甘い』と言うクライスの言葉に、ムッとするエルベス。
しかし、それはその通りと思い知った。

「『ここへ攻めて来る』と言う事は、領域全土を支配しようと考えている証拠。マキレスも当然攻略対象なのでは?」

しまった!
支配者としての欲を過小評価していた!
平和の中で安穏と統治をしていた自分とは、支配欲が違うのだ。
街道沿いに兵を進めるなら、向こうにも兵を派遣していておかしくは無い。

「た、確かにそなたの言う通りだ……。」

「どうしましょう、あなた……。」

急におろおろする夫婦の姿を見て、何とも言い様の無い苦しみに襲われるストース。
何とかして差し上げたい。
しかし今の自分では……。
そこへ。



「まあ、何とかなるでしょ。」



ラヴィがあっけらかんと言った。
クライスもそれに同調。

「あっちには、たま々仲間が居るしな。それも強力な。」

「任せといて問題無いわ。それよりこっちね。」

「現当主はとにかく、ここにられる方々は敵では無いと判明したしな。」

「そうね。ちゃっちゃと終わらせちゃいましょ。旅は長いんだから。」

あれこれとその場で相談し出す、クライスとラヴィ。
不思議に思い、トクシーに問い掛けるエルベス。

「一体、彼等は何者か?」

満面の笑みで応えるトクシー。

「お喜び下さい。彼等が我々の味方で有る事を。そして知るでしょう、真の伝説を。」

そしてはっきり言い切った。



《彼等こそ、我々の未来を託すべき人物です。》
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