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第63話 悪事は、幻の中で晴らされる

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何だ!
何だ何だ何だ何だ何だ!
どうしてこうなる!
何処どこでしくじった!
くそう!
くそうくそうくそうくそうくそう!


ヴェードは悔しがるばかりで、訳が分からなかった。
自分の理解が追い付いていない事実を、認めたくは無かった。

「う、うーん……。」

オズが魔力を吸引してすぐに、バタッと倒れた怪物。
シュルルルと元の姿に戻った。
『パキン!』と言う音と共に。

「お、俺生きてる!生きてるぞ!」

サーボがはしゃいだのもつかの間。
今置かれている現状を思い出した。
あわわわわ!
すかさず物陰に隠れようとするが、体に力が入らなかった。

「そのまま聞け。お前はこいつに何かをされた筈だ。治療と称してな。」

高い位置からクライスが、這いつくばっているサーボに言葉を投げ掛ける。

「な、何の事やら……。」

「例えば、だ。黒い粒を飲まされたとか、或いは皮膚に埋め込まれたとか……。」

「あ!」

「心当たりが有る様だな。」

「病気を見て貰う時、薬と一緒に黒い粒を飲まされたんだ。後、手の甲に墨の様な物を擦り込まれた……。」

「やはりな。」

そう言ってヴェードを睨むクライス。
クライスは断言した。

「あんたは利用されたんだよ、偽領主。こいつの人体実験の駒にな。」

「お、俺まで!」

愕然とするサーボ。
下手したてに出て、やたら媚びを売りながら『あなたは本当の領主様です、私が返り咲かせてみせましょう』と言ってたのは演技だったのか……!
駒!
それも捨て駒!
何と言う屈辱!
許すまじ!
自ら裁きを下してくれる!
サーボは激高するが。
クライスは、こうも言った。

「お前も同罪だ。領主になってからの所業を思い出すと良い。そこのゲス野郎と何か違いがあるか?」

当然お前にも民からの糾弾、最悪の場合晒し者で火あぶりもあるかもな。
冷酷な口調でクライスは吐き捨てた。
サーボはその言葉で想像してしまった。
自分のみじめな未来を。
ああ、どの道俺はもう死んでいたのか……。
サーボは諦めた。



「な、何だ!」

近寄るクライスに。
『こっちへ来るな!』と手を振り回し、遠ざけようとするヴェード。
演説でもするかの様に身振り手振りしながら、ヴェードに向かって喋るクライス。

「民からの信頼を得る為に病原菌をばら撒き、薬を処方すると見せかけて体内に賢者の石の欠片を送り込む。」

「な、何の事だ!」

「そして魔力を伝達し易い様に、皮膚に粉状の賢者の石を擦り込んだ。」

「訳の分からん事を言うな!」

とぼけようとするヴェード。
それを無視して話を進める。

「同時に診療と称して町に下りたんだろう、家々を巡る時に壁や地面に欠片を埋め込んだ。そうやって町中にネットワークを築いた。」

こっそり部屋の入り口から覗いている召使いに、クライスは言う。

「あんた達がビクビクしてたのは、それ等の事を知ってたからだろう?実験結果を含めて。」

召使いはコクコクと頷く。
逃げたしたら即殺されると思い、屋敷を離れられなかったのだ。

「でも大丈夫。そうやってネットワークから集めていた魔力は、全て吸い取って大地へと返した。その時大量の負荷が掛かって、賢者の石の欠片も砕けた。」

『これが証拠さ』と、サーボを指差すクライス。
サーボが元に戻れたのは、魔力の供給源が破壊されたからなのだ。

「この世界では、魔力とエネルギーは同義。あんたならその意味が分かるだろう?」

そうクライスに問われて。
ハッとし、胸に下げた大きな黒い石を見るヴェード。
綺麗にひびが入っていた。
パチンと指を鳴らすクライス。
すると、ものの見事に。
石は、粉微塵に砕け散った。
それでも慌てる様子を見せないヴェード。
隙を見せたら、今度こそ終わる……!

「は!賢者の石がこれだけと思うなよ!私にはまだ……!」

そう言って、怪物が開けた壁の穴を通じて秘密部屋に行こうとするヴェード。
召使いが『あっ!』と叫んだ時には。



ドーン!
何かにぶつかった様な音がして、ヴェードが顔を真っ赤にして倒れる。
頭の中にハテナマークが浮かぶヴェード。
おかしい!
何故通れない!



「まだ視界が曲がっている様だな。良ーく目を凝らすがいい。」

クライスにそう指摘され。
何だと!
そんなのジイッと見た所で……。
そこで『ゲッ!』と唸るヴェード。
最初から穴なんか開いていなかった。

「どう言う事だ!」

『きちんと説明しろ!』と言わんばかりに、クライスを睨むヴェード。
自分が知らない事など、有ってなるものか。
プライドの高さだけは一級品。

「仕方無いな。大サービスだぞ。これのせいさ。」

懐からチャランと取り出す。
それは小さな笛。
やはりそうか!
それのせいか!
しかしそんな小笛で何が出来るというのだ!
言い放つヴェードに、落ち着いたトーンで諭すクライス。

「『妖精にゆかりのある物』だと言ったら?」

その言葉でヴェードは思い出した。
妖精の森には不思議な物がたくさん有ると。
その内の一品だと言うのか。

「見せろ!もっと近くで!」

突っ掛かるヴェードを、クライスはひらりとかわす。
何度も、何度も。
執拗に食い下がっては躱される。
そしてすぐに息切れ。

「あんたの魔力も吸い取った。だから賢者の石は壊れた。ちょっと考えれば分かるだろうに。」

呆れるクライス。
ゼエゼエ息をするヴェード。
まるで一気に年を取ったかの様に。
クライスは静かに笛をしまった。



クライスの持つ、小さな笛。
それは、シルフェニアで女王エフィリアから授かった『辺りをごまかす力を持った笛』。
辺りをごまかすとは、万物に宿る魔力を制御し操る事。
幻を見せたり、姿を消したり。
普段人が〔感覚で物を認識する〕と言う行為は。
実はそれに宿る、魔力ともエネルギーとも言える力を感じているのと同じなのだ。
だから魔力の流れを調整すれば。
蜃気楼を作り出す事も可能だし、乱す事で体調を悪化させる事も可能。
その機能に関して、賢者の石の完全上位互換。
それがこの笛、【フェアリーズボイス】。
性能が余りにも凄い為に、悪用されない様代々の妖精王が管理していたのだ。
クライスは一時的に借りただけ。
それ程シルフェニアを取り巻く事情が切迫し、またクライスが信頼に足る人物だったという事。
どちらか一方が欠けても、こうして陽の目を見る事は無かっただろう。
だからこの笛は、ラヴィ達にも持っている事は内緒だった。
そして、これからも。

「あんた達の、笛に関する記憶を消させてもらう。」

クライスがバッと右手を付き出し、手のひらを上にするとグッと掴む仕草をした。
その時、サーボ・ヴェード・召使いの頭の中から。
笛に関する記憶だけが消去された。
ポカーンとする3人。
すぐに顔付きが元に戻る。
クライスは記憶まで操れる訳では無い。
ただ、《笛の記憶に関わる脳神経細胞を、金の粒子に変換した》だけ。
それは不可逆行為。
復元不可。
よって3人は、笛の事を綺麗さっぱり忘れてしまった。



「なんだ、どうした……。」

ドタバタしたせいか、召使いを押し退けて現れた者。
クラクラした頭を押さえながら。
クライスの顔を見てギョッとする。
それは。
魔力吸収のせいでエミルの掛けた催眠術が解け、正気に戻ったミセル。
隠し部屋であるヴェードの研究室に押し込められてたのを、オズがドアを開け放ったお陰で出て来れたのだ。

「き、貴様!よくも……!」

ここぞとばかり、クライスに襲い掛かろうとするミセル。
その体を突き飛ばし、割り込む者が居た。
『ダンッ!』と床に落ちるミセル。

「無礼な!何者だ!」

しかし、突き飛ばした張本人はミセルを無視。
逆にクライスに食って掛かった。

「置いて行くなんて酷いじゃないかい、そんな邪険に扱わなくても良いだろうに。」

宿に置いてきぼりにされた筈のリゼだった。
呆れるミセル。
無視された屈辱。
何て事だ!
この男に、この女!
許さん、許さんぞー!



と言う勢いを殺す様に、次々と人々が部屋に到着。
『やれやれ』と言った顔のクライス。
漸く、今回の件の幕引きが……?
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