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第51話 使者の事情、土地の事情

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「ところで、ヘン様は何故この森に?」

森を抜ける途中。
ノウは尋ねた。

「『ここに居る魔物を仕留めて来い』ってな。命令さ。」

「はあ……。」

「黙っててくれよ、この事は。」

「何故でしょう?」

不思議がるノウに、ヘンは説明する。

「実はあの魔物、『元は人間だった』って噂でさ。」

「!」

「それに付け込んで、外部から調査隊が来られたら困るんだとか。」

「え、でも……。」

そこで矛盾に気付くノウ。

「それはおかしいです。だって、今《関所は閉鎖されている》んです。サファイ側から。」

「え?それは本当かい?」

逆に聞き返すヘン。

「ええ。私はそれを何とかして貰う為に、領主様へ陳情書を届ける途中なんです。」

「おかしい……そんな事聞かされて無いぞ……。」

「ヘン様、ご存じ無かったのですか?」

「ああ。確かに、最近物流量が減って来ているとは感じていたが……。」

顔を見合わせて考える2人。
自分達の知らない所で何かが起きている。
領主にとって都合が悪い何か……。

「これは、ます々ノウを送り届けなくてはな。」

「ヘン様……。」

「そして領主様の口から、直接詳細を聞こう。でないと、俺の気が済まん。」

近衛隊の隊長でありながら、防衛の為の大事な情報がシャットダウンされていたのだ。
意図的としか思えない。
今回の魔物討伐も何か関係が……。

「急ごう。事は時を争う様だ。」

「ええ。」

2人はやがて森を抜け、街道へ合流。
真っ直ぐ首都へと向かった。



その頃。
同じく、使者として旅立った者が。
レンドに面した町ライの代表として、陳情書を携えた者。
用心棒の【ロッシェ】。
かつて騎士に憧れ、独自に剣や格闘術を磨いたが。
庶民の出とあしらわれ、領地境の町で衛士の座を狙っていた。
ライはたま々辿り着いた地。
実家の有る村は別に在ったが、ここを第2の故郷と決めていた。
それ程、他所者よそものの自分を良くしてくれた。
他にも目的は有った。
関所の近くに居れば、『姉さん』を見つけられるかも知れない。
奴隷同然で売られていった、可哀想な華奢な少女。
あれから数年経ったが、あの後ろ姿は忘れられない。
親を恨んではいない。
自分を助ける為に、姉さんから志願したのを知っていたから。
だから、責められるのは自分も同じなのだ。
同じ咎人とがびと
その罪の重さから、目を背けたかったのかも知れない。
騎士になって人に尽くせば、自分の罪が軽くなるかも知れない。
心の何処かで、そう考えていたのだろう。
曽ての自分を振り返ると、そう思えるのだ。
だからこそ、ライの住民の温かさが身に沁みた。
この人達の為に何か恩返しを。
そこに持ち上がったのが使者の件。
自ら買って出た。
『首都は、騎士になる為に行った事がある』と。
住民は心配したが、町の長は『行かせてあげなさい』と言ってくれた。
これで少しでも恩返し出来れば。
姉さんの事は気になるが、なるようにしかならない。
今出来る事をしよう。
心に誓って、住民に見送られながら旅立った。



パラウンドへの道のりで、行く手を遮る物。
イーソは偽物の村。
ケンヅは魔物の住む森。
ライは。



無い。
何も無かった。
村も、森も。
『遮る物』が無い。
だからこそ邪魔をする物もある。
山脈から吹き降ろす〔冷たい強風〕である。
森が形作られる程までに、木が大きく育ちにくいのだ。
育ちにくい、即ち人も暮らしにくい。
それで村も無い。
この様な環境下では、旅を続けるのはキツい。
なのでレンドから越境してパラウンドに向かう人は、必ずと言っていい程ケンヅかイーソから回り込むのだ。
ノウが森を抜ける為に避けた街道は、ライから目指す人達が主に利用するルートだった。
遠回りの街道には、ちゃんと理由があったのだ。
今回は急いでいる為、ロッシェは直通の街道を進んでいた。
そのガタイなら、風に押し返される事無く進んで行ける。
初めてこの体が役に立っていると実感した。
それが嬉しかった。



休める場所も無い為、小休止以外はノンストップだった。
軍隊の行進の様に。
練習も兼ねていて、悪くないと思い始めた時。
前に何か見えてきた。
どうやら旅人らしい。
動けなくなったのか、その場にうずくまっていた。

「大丈夫か?」

声を掛けようと近付く。
すると突然、足にしがみ付いて来た。

「……寄越せ……。」

「何だって?」

「寄越せって言ってんだろ!その荷物を!」

いきなりロッシェの腕をガブリ。
蹲っていたのは、襲う為だった。

「悪いが、渡す訳にはいかんよ。」

すぐに振り解いて、旅人に向かって背負っていた斧を構える。
しかし、旅人風情はそれで全力を使い切ったらしい。

「は、腹減った……。」

フードを被っていたので最初顔が分からなかったが、バッと剥ぎ取ると正体はボーイッシュな短髪の少女だった。
ん?
誰かに似ている……。

「……姉さん?」

思わず口走ってしまった。

「……そんな訳……ないだろ……そっちがどう見ても……。」

呻く少女。
そうだ。
別れたのは随分前。
少女の訳が無い。
見た所、ズタボロの服。
何処からか逃げて来たのだろうか……。

「何か食わせてやろうか?」

「!」

「但し、条件が有る。」

「?」

「どうしてこんな所に居る?人が通らないこの道に。ちゃんと訳を話すってんなら、恵んでやるよ。」

「……。」

『恵んでやる』と言う言葉を気にしているのか、しばらく考え込んでいた。
でも『背に腹は代えられん』と思い直したらしい。

「分かった。話すよ。だから、ほれ。」

『早く頂戴』と言わんばかりに、右手を差し出す少女。

「まずは名前からだ。俺はロッシェ。」

「……【トワ】。」

「トワか。良い名だ。」

荷物から干し肉を取り出し、トワに渡す。
むしゃぶりつくトワ。

「歩けるか?歩きながら聞こうじゃないか。この辺はまだ風がキツいしな。」

トワの体を支えながら、ゆっくりと進むロッシェ。
急いではいるが、放っても置けない。
それこそ騎士道に反する。
そんなロッシェの態度を怪しみながら、共に進むトワだった。
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