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七月七日

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「思い出した」
 望は言う。おそらく、私と同じ記憶を呼び起こして。
「あのとき、結婚しようって約束したんだよ! その後たくさん怒られたせいで、なんだかなかったことになっちゃってたけど」
 そうだ。私たちは学校を抜け出した後、大人たちにさんざん怒られた。当然の仕打ちだろう。しかし、私たちはその思いを誰にも見られないよう内側に隠した。いつかあの絵本を掘り起こして、愛し合っていた気持ちをもう一度思い出せるように。
 そして今、九年が経った。
「最初から、愛し合ってたってこと?」
 私たちの愛し合う気持ちは、ずっと昔から変わっていなかった。
 結局、望の悩みは杞憂だった。こんなに長い間愛し合っていたのなら、いつか気持ちがなくなってしまうことなんてきっとない。


 全身の緊張が、一気に抜ける。
「ぷっ」
 思わず吹き出してしまった。望も、同じように表情を緩めている。
「ほんと、ばかみたい」
 お互いに見合って、笑い合う。
「こんなに苦労する必要、なかったんじゃん!」
 望は空に叫ぶように言う。ぬかるんだ土が付くことも気にせず、その場に足を伸ばして座り込む。
 まさか、こんなにあっさり終わってしまうなんて
「ずっと、変わらなかったんだね。あのときから」
 私は座り込んだ望の手を取る。彼女は強く握り返しながら、ゆっくりもう一度立ち上がって、私の目を見てくれる。
「これからもさ。変わらないでいてくれる?」
「わからない。でも、ずっと好きでいたいと思ってる」
「多分、それだけでいいんだよ」
 彼女の言葉に返すと、私はさらに体を近づける。
「やまと、汗くさ」
「夏だし、許してよ」

 私たちは出会ったときから、ずっとこうしていたかった。
 時代だとか他人だとか、そんなものにいっさい邪魔されず。

 望のかわいい顔が間近で見える。こんなに細かったっけ? と思うような、その二の腕。半袖のシャツを着ているから、少し湿ったすべすべなその肌を直接触ることができる。
 私がさらに顔を近づけると、彼女の表情は強ばる。しかし、そのまま私に身を委ねてくれる。その華奢な手を震わせ、私の肩に置く。緊張が走る。でも、今の私には勇気がある。先輩たちがくれた勇気。望がいるから出せる勇気。きっと彼女も、私を受け入れてくれると思うから。
 直前、目をつぶった。理由はない。ただこういうことをするときって、なんとなく目をつぶるもんだってのは、ドラマとかアニメのシーンでみんなが知ってることだし。私も、なんとなくつぶりたくなったから。恥ずかしかったのかもしれない。湧き出る手汗だとか、高鳴る鼓動だとか、そういう感情の昂りみたいなものをひとつでも隠したかった。初めてだったし、クールに決めたかったのかな? わからない。
 わからないけど、わからないなりに。私と望らしく、今までの年月と変わらないような、自然な形で。
 私たちは、唇を重ね合わせる。キスをする。初めてのキス。今後の人生で、もう一度も訪れることのない。
 後悔はなかった。そこそこ上手くやれたと思う。まあ、多少下手でも望なら許してくれるし。たったひとつのキスだけで、お互いを嫌いになることなんてない。
 ふわふわとしてドキドキなその時間が続いたのは、体感で一瞬。ゆっくりと彼女の唇が離れていくと、とたんに名残惜しくなる。望は恍惚として、さらにかわいい顔になっているし。もう一度、すぐにでも同じことをしたくなる。
 けれどそんなものでは、もう収まる気がしなかった。ほんの数十秒前、私は本当の意味でかけがえのない人を手に入れたわけで。その人が目の前で、私に照れている。もっと触ってほしそうな顔をしている。たったそれだけで、私の理性からどんどん鎖がはずれていく。
 その背を片腕で支えながら、のけ反るほど体を密着させる。そしてもう片方の手で、彼女の太ももを触る。汗で湿ったその滑らかな肌を撫でる。びくり、と彼女が痙攣するのがわかる。
 手の中で、私と彼女の汗が混じり合う。彼女の香りが鼻に響く。汗が蒸発した潮のような、石鹸と雨の入り交じったその匂い。興奮しない方がおかしい。
「望……」
 太ももに触れた手を、さらに内側の方へと進める。体の内側の方。彼女の華奢な体の中でももっと肉づきが良さそうな、その服の内側。濡れたお腹を撫でると、
「やっ……!」
 彼女はささやかに抵抗する。しかし、服の中にある私の手を払いのけようとするその力は、あまりに弱々しい。
 我慢できなくなって、その体を支えることすらやめた。私の腕の支えを背中から失った彼女は、そのまま倒れ込む。ぬかるんだ土のクッションは彼女の服を汚し、髪を汚し、肌を汚す。私は彼女に覆い被さるようにして、その顔を見つめる。頬に少しついた土の汚れを、軽く指でなぞって取ってあげる。
「かわいい……」
 私は思わずつぶやいてしまう。暗闇の中でも見える、望の恥ずかしそうな顔。
 その顔に近づき、もう一度キスをする。私自身、口の中の扱いは上手くない。経験はほとんどないわけで、それはわかっている。だからこそ彼女の意識に委ねながら、私たちの場所を探す。舌はどういうふうに合わせるのが良いだとか、唇を放すならどのタイミングだとか。二人だけの形を探しながらも、私は前へと進む。あのときは最低な声しか出せなかったけれど、今度は彼女をよろこばせたくて、私が心からそうしたくて、胸を触る。もう服越しじゃ満足できない。私の手は下着の内側まで入り込む。
 望ののどが鳴る。高い音で、声にならない声を出す。恥ずかしいのか、くすぐったいのか。私はさらに理性を飛ばされる。片方の手を、彼女のデニムのショートパンツの中へと入れる。ただ感情のままに、その肌を撫でる。もうどうなってもいいとさえ思った。好きとか嫌いとか、そういうんじゃない。やりたいようにやる。そう踏ん切りをつけると興奮はよりいっそう高まって、頭は逆に冷静になる
 私も服、脱がなきゃ。
 そう思い、一度彼女から離れようとしたとき。


 空高くから、爆発音がした。
「うわっ!?」
 望は私の下で、大きな声を上げる。瞬間、暖かな光が私たちを包む。真上を見ると、木々の間から花火の光が覗いてきている。おそらくは、咲先輩がやってくれた。私たちにこの綺麗な景色を見せてくれた。打ち上げ地点はだいぶ近いように思えるけれど、そんな心配すら今の私たちには及ばない。
「続き、いい?」
 私は遠慮せず、上のシャツを脱いで下着になる。
「ま、まって、」
 望は私を止めようとしてくる。でもこの花火の下なら、屋外といえど、きっと最高の初めてになるはずなのに。なにをそんなに怖がっているのだろう。
 私がもう一度、彼女の服の下に両腕を入れたとき。


「こらーーーーーっっっ!!」
 横から大声がする。花火が打ち上がったときはそこまで驚かなかったのに、私はその声に大きく肩をはね上げた。
 反射的にそちらを向くと……咲先輩が立っている。その顔を真っ赤に染め上げて、拳で自身の服をつかみ、わなわなと震わせながら。
 おそらく、あのヘリから降りて私たちを探しにきてくれたのだろう。先ほどの花火もそのために打ち上がった。
 そして今、私たちはヤバい状態。私は上半身下着で望に馬乗りになって、その服の中に手を突っ込んでいる。
「そ、そういうのはお家でやりなさーーーいっっ!!」
「す、すみませーーーん!」
 私は、全力で叫んだ。
 あとから冷静になって考えてみると、これでよかったのかもしれない。私たちは二人とも土まみれで体も濡れていて、あのままだったら風邪を引くなりしていたかもしれないし……。


 それでも、あの夜は思い出になった。空はいつのまにかすっかり晴れて、月が私たちを照らしてくれていた。咲先輩には怒られたけれど、それもまた反省になった。私と望が今後、どのようにして付き合っていけばいいか。
 これから長い付き合いになる。別れることなんて、お互い考えていられない。




 これまでの九年間も、ずっとそうだったのだから。
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