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大切と大嫌い

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「ずっと、非日常にいたいだけだった。楽しいことなんて、なにひとつなかった」


 望は淡々と言う。木々の陰の中、雨の降り出した灰色の空の下で。その場でしゃがみ込んだまま、私の目も見ないで。
「毎日同じように勉強して。料理して。掃除して。洗濯して。学校行って。クラスのみんなが、全員同じ顔に見えてた。だから、変わるかな、って思ったの。女の子を好きだって思い込めば、きっと刺激があって。この退屈も消えてくれるのかな、って」
 雨の音の中、かすかに聞こえてくるその声。そのまま雨ごと消えてしまえばよかったのに。

「私を好きになんて、なってほしくなかった。初めから、そう言ってたはずだよ」
「なにそれ」
「ごめんなさい。大和をずっと利用してた。ごめんなさい。私たちは付き合っちゃいけない。だって、女の子同士だもん。法律で守ってあげなきゃいけないくらい、いけないことなんだもん。きっと、当然だよね?」


 頭が真っ白になる。
 私は私なりに、散々悩んだ。告白を受けたときから、どうしようかと戸惑って。咲先輩の告白も断った。それでも先輩たちに相談して、たくさん勇気をもらった。
 自分で隠していた本当の気持ちを、ようやく言えた。緊張で汗まみれになって、胸を高鳴らせて。これから望とどんな風に関係を進めていこうかとか、期待でいっぱいで。


 目頭は、自然と熱くなる。


「最っ低……!」
 もう、ぜんぶこわれた。
 望がこわした。私たちの関係を
 積み上げてきた九年間ごと、ぜんぶ。
「大っっっ嫌い!!」
 叫んで、走り出す。彼女から逃げ出す。その顔がどんなに悲しそうにしているかとか、気にしている余裕なんてない。
 裏切られた。
 唯一無二の親友に。初めてできた恋人に。
 ただひたすらに走った。止まってしまえば、どれほどの悲しみが襲ってくるかわからない。
 徐々に強くなっていく雨の下、彼女と通ってきた道を辿る。潰れた弁当屋を通り過ぎ、小学校を通り過ぎ、自宅への分かれ道を通り過ぎる。
 やがて、疲労は限界に達する。どれだけ息を吸っても足が動かなくなりだしたとき、足同士がもつれて、とうとう私は転んだ。
 膝に強い痛みが走る。恐らく擦りむいただろう。けれど、そんなことはもう気にならない。
 嗚咽を抑えるのに必死だった。全身がびしょ濡れで、顔から流れているものが涙か雨かもわからない。
 後悔が心を突く。こんなことなら、なにもしなければよかった。
 つらい。どこかに消えたい。
 だれか、誰か。
 助けてほしい。慰めてほしい。
 その相手は、いつもなら望だったはずなのに。
 このままではしんでしまう。本当にどこかへ消えてしまう。
「咲先輩……」
 勢いのまま駅まで走り、電車に乗り込んだ。
 ポケットに入れていたスマートホンはすっかり雨に浸っていたけれど、ぎりぎり死んでいない。定期もなかったけれど、中のICに少しだけお金が残っていたおかげで改札を通ることができた。
 移動中、何人もの人に見られた。服も上から下まで水滴が滴っていて、座席にも座れない。
 望を何度も思い出しては、そのイメージを頭から消す。それでも残った感情は消えてくれなくて、涙が出る。
 大人の女の人に、大丈夫ですかと話しかけられる。適当に相槌を打つあいだにもまた望を思い出して、涙が出てくる。
 駅に着いてから、すぐに走り出す。電車に乗っていた数十分のあいだに、空はすっかり黒ずんでしまっている。雨雲に包まれた、より暗い夜。足元が見えなくて、途中数度転んだ。それでもあのお屋敷までの道は、あのときの勉強会ははっきりと覚えている。
 がむしゃらに空を掻きながら、ようやくその開いた門の前にたどり着く。ドライブウェイを渡り、お屋敷の入口へ。背の高い扉を叩くと、以前見た執事の男性がすぐに出てきてくれた。
「お、お嬢様のご友人ですか?」
 質問には返せない。体力の限界だった。
 意識が朦朧としたまま、私はその場にへたり込む。
「お嬢様―!」
 執事は叫びながら、屋敷の奥へと消えていく。私は数人のメイドに介抱され、食堂へと連れられていく。
「やまとちゃん!? どうしたの、その格好……」
 私を見るやいなや、奥から執事に連れてこられた咲先輩は言った。
 その瞬間、感情があふれ出る。
「さきせんぱい、さきせんぱい、さきせんぱいっ……」
 その体に抱きつく。彼女の柔らかな部屋着は濡れてしまう。けれどそれに気づかえる余裕も、今の私にはない。
「とにかく、体拭こう」
 先輩は私に大きなバスタオルをかぶせ、私を自身の部屋へと抱えていく。
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