13 / 35
日常なんて、送りたくない
3
しおりを挟む聖母マリアが描かれたそのステンドグラスを、私たちは見上げる。
エレベーターを使って、私たちは地下二階に来た。それなのにそのガラスの外からは日が差し込んできていて、麻袋がそこら中に見えるこの埃っぽい空間を七色に彩ってくれている。
「すっご……」
望は言う。確かに、息を呑むほど綺麗な光景だ。
無断で屋敷をうろついているこんな状況でなければ、もっと感動できたかもしれない。
「ちょっと、登ってみよう」
望はそう言って私の返事を待たず、ガラスの出っ張りを探しながらそのステンドグラスを上り始める。
「だ、ダメだよ! 危ないって!」
「もーまーんたーい」
彼女は可愛い声で言って、どんどんと上っていく。私はひやひやして、どんどん手汗が溜まっていく。
「ほ、ほんとに落ちちゃうよ!?」
「大和が助けてくれるって、信じてるもーん」
望はいつの間にか数メートル上にいる。虹色の光が彼女の体に遮られて、その形の影を作っている。あたふたする私を尻目に、彼女は叫ぶ。
「みてー。片手放しー!」
言葉の通り片手を放し、私の方へ向く。見ていられない。
「もうやめてー!」
怪我どころでは済まないかもしれないほどの高さだ。すぐにでも下りてきてほしかった。
彼女は、私の思いを汲み取ったかのように。
もう片方の手を放し、空中へと浮かぶ。
「えいっ!」
虹色の光が、彼女の姿を象る。
「きゃあ!?」
何が起きたのかわからず、反射的に目を瞑った。どさっ、という重い物の落ちる音。
「ほら、早く次いこ!」
望の声が聞こえる。目を開けると、彼女は大量の麻袋の中から既に脱出してきていた。初めからそれらをクッションにするつもりだったのだろう。本当、何をしでかすかわからない。
彼女を見張るという目的意識が強くなって、エレベーターに乗り込むその背中に素早くついて行った。もう一つ階層を下げると、その場所は車庫になっていた。コンクリートで囲まれた灰色の空間に、大量の車が並べられている。車には詳しくないけれど、どれもとんでもない値段がすることは容易に想像がつく。
望は興奮気味に言う。
「すっごおおお! 一台くらい盗んでもバレないんじゃない?」
「免許持ってないし、違法になっちゃうよ」
「いや、持ってても、盗んだら違法だっつーの!」
彼女は明るく突っ込んで、またエレベーターに乗り込む。さらに下の階はフロア全体が植物園になっていた。そしてさらにその下は、まるで水族館。淡い光の中、形の違う水槽が大量に並べられていて、熱帯魚や川魚、サメのような巨大魚までもが、そのアクアリウムに彩られている。
その光景に見惚れる望の横顔は、やはり可愛かった。
「どうやって育ててるんだろう。お金だけでなんとかなるものなのかな?」
そんな風に、無邪気につぶやく。
「……」
私は、不安になる。
今の望は、普通ではない。
どちらが本当の望なのか。こんな風にたがの外れたような行動をとる望と、まるで私、橋田大和がすべてみたいに振る舞う望。
私はただ、疑問に思う。私は本当に、彼女の彼女になれているのか。
今だってべつに、私自身はなにもしていない。冒険をしたがる彼女の後ろについていっているだけ。
咲先輩には、難しく考えるなと言われたけれど。やはり卑屈になってしまう。彼女には、私なんかよりもっと相応しい人がいるのではないかと。
彼女の放つ明るいエネルギーに、負けじとついていけるような。そんな、強い誰か。
「まだ行ってないところ、たくさんあるね! 次、どうしたい? 大和が決めていいよ」
私は強くない。だから、逃げることしかできない。
「私は、もう、戻った方がいいと思う」
望から、光が消える。九年前から蘇ったはずの、あの目の輝きが。
まるで、アクアリウムの明かりすらも消してしまうかのように。
「そう。じゃ、戻ろっか」
ふっ、とエレベーターの方に振り返って、望は冷たく歩いて行く。
地上の階まで上がって咲先輩たちと再会したとき、彼女はすっかり元通りになっていた。
「ちょっとー、どこ行ってたのー! もうパンケーキ冷めちゃったよー!」
広い食堂で頬を膨らませる咲先輩に、望は笑って言う。
「この屋敷、広すぎなんですよ! めっちゃ迷いましたって!」
いつもの望なら、こんなに明るく咲先輩に会話を返さなかったかもしれない。
もしかして、演技してる?
私が暗い顔で考えていると。
「橋田?」
小夜先輩は、私に話し掛けてきた。もう昼食を食べ終えたのか、口の端には少しだけはちみつがついている。
「どうかしたか?」
そう訊かれて、私は返す。
「何でもないです」
「……」
彼女はしばらく私を見つめる。私は自分のことで精いっぱいだった。
これから、数学の難しい問題をさらに詰めなくてはならない。加えて、望の状態もほとんど普通に戻っている。演技だなんて、ただの勘違いだろう。いつの間にか悩んでいたことも忘れて、私は勉強に没頭していた。
四人一緒にいれば、私の下らない思考を続ける癖も吹き飛んだ。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
【完結】【R18百合】会社のゆるふわ後輩女子に抱かれました
千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。
レズビアンの月岡美波が起きると、会社の後輩女子の桜庭ハルナと共にベッドで寝ていた。
一体何があったのか? 桜庭ハルナはどういうつもりなのか? 月岡美波はどんな選択をするのか?
おすすめシチュエーション
・後輩に振り回される先輩
・先輩が大好きな後輩
続きは「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」にて掲載しています。
だいぶ毛色が変わるのでシーズン2として別作品で登録することにしました。
読んでやってくれると幸いです。
「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/759377035/615873195
※タイトル画像はAI生成です
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
(R18) 女子水泳部の恋愛事情(水中エッチ)
花音
恋愛
この春、高校生になり水泳部に入部した1年生の岡田彩香(おかだあやか)
3年生で部長の天野佳澄(あまのかすみ)
水泳部に入部したことで出会った2人は日々濃密な時間を過ごしていくことになる。
登場人物
彩香(あやか)…おっとりした性格のゆるふわ系1年生。部活が終わった後の練習に参加し、部長の佳澄に指導してもらっている内にかっこよさに惹かれて告白して付き合い始める。
佳澄(かすみ)…3年生で水泳部の部長。長めの黒髪と凛とした佇まいが特徴。部活中は厳しいが面倒見はいい。普段からは想像できないが女の子が悶えている姿に興奮する。
絵里(えり)…彩香の幼馴染でショートカットの活発な女の子。身体能力が高く泳ぎが早くて肺活量も高い。女子にモテるが、自分と真逆の詩織のことが気になり、話しかけ続け最終的に付き合い始める。虐められるのが大好きなドM少女。
詩織(しおり)…おっとりとした性格で、水泳部内では大人しい1年生の少女。これといって特徴が無かった自分のことを好きと言ってくれた絵里に答え付き合い始める。大好きな絵里がドMだったため、それに付き合っている内にSに目覚める。
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる