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おっぱいに興奮するなんて、ありえない

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 おっぱいとは何か。私はそれを真剣に考えさせられた。


 にゅうぼう。ちぶさ。ぱいぱい。医学的には、乳腺・結合組織・脂肪組織から構成され、母乳を作り出すもの。
 お乳がたくさん吸えて、お腹いっぱい。
 そんな赤ちゃんの気持ちが、その語源になっているとかいないとか。
 あの日から数日経つけれど、さすがの望も行き過ぎたアプローチだったと反省したのか、現在の私たちの距離感は彼女の告白以前のものと近い。そうは言っても、帰り道には隙あらば手を繋ごうとしてくるけれど。正直、今の私にはまだハードルが高い。
 彼女と共にいない時間というのは、ある意味貴重だ。だからこそ下らない疑問も真剣に考えることができる。
 イラストレーション研究部。私の通う部活動で、週に一日しか活動が無い。入学当初は望もこの部に誘ったのだけれど、彼女は勉強やら弟たちの世話やらで常に忙しい。部室で一人、先輩の六限終わりを待つ私みたいに、ぼーっとしている時間なんてないのだ。
 部室には過去の先輩たちが描いてきた様々な絵が飾られている。この高校のポートフォリオのようなその白い壁は、現在進行形でその偉大な先輩によって更新され続けている。
「やまとちゃん、お疲れー」
 扉を開ける、その可憐な姿。金色の巻髪にピアスにネイルという如何にもギャルらしい風貌をしているのに、醸し出す雰囲気は何ともおしとやか。 そのギャップにいったい何人の男たちがやられてきたのだろう。
 湯桃咲ゆももさき。現在三年生。同部活の先輩の、私の尊敬する人の一人。
 この高校の偏差値は六十程度で、世間から見ても割と高い方。
 彼女はそんな中でも、ずば抜けて頭が良い。
 私のした勉強に関しての質問に、その口は絶対止まらない。それどころか、教科書の内容全部暗記してるの? とでも言いたくなるほどに、私がその時々で悩んでいる問題に対して的確な例題や解決策を出してくれる。全国模試でも有名進学校の生徒たちと常にトップ争いをしている、本当に凄い人。
 そして何より、おっぱいがでかい。くそでかい。
 男たちがやられたのは、むしろこっちの方かもしれない。
「おはようございます」
 挨拶をした私の向かいに、咲先輩は座る。大量のストラップが付いたバッグを白の会議机にじゃらりと置き、リボンを緩めて胸元のボタンを一つはずす。
「なんか春なのに、もう熱くなってきてるよねー。クーラー付けていい?」
「どうぞ」私がそう言うより先に咲先輩は動き出して、壁に備え付けの業務用リモコンへと走る。
「あれー? どうやって冷房にするんだっけー?」彼女はたくさんあるボタンを押しまくり、天井のエアコンの風向版を混乱させている。そういう少し抜けたところも彼女の魅力で、男の子からモテる理由の一つなのかもしれない。
 そうして彼女がエアコンの設定を終え、落ち着いた息を吐きながら、また私の正面に座ったとき。
 私は、そのおっぱいに目がいった。
 ワイシャツは少しだけ汗ばんでいる。あとちょっと濡らせば下着が見えてしまいそうだけれど、ぎりぎりそうなっていない。しかしボタンを一つ外してしまっているせいで、その湿ったおっぱいに近しい肌、美しいネオおっぱいが僅かに見えてしまっている。何とも無防備だ。女の子同士だから当たり前なのだけれど。
「それで、わからないところはどこ?」
 はっとして視線を少し上にやると、咲先輩は私の目を見つめていた。今日彼女をこの場所に呼んだのは私なのだ。今はまさしくテスト期間中で、数学の応用問題にどうしても理解できない部分があったから。
「す、すみません、今出しますね」
 慌てて視線を逸らしながら、床に置いていたバッグを漁る。確実にバレた。どう思われているだろう。嫌われたって仕方がない。
「よいしょ」
 すぐ横から聞こえた声で、私の肩は跳ねる。彼女はいつの間にか私の隣に椅子を持ってきて、座っていた。これから勉強を教えてもらうのだから当たり前かもしれない。しかし、不意打ちはやめてほしい。こんな綺麗な女性にいきなり近づかれたら、ドキッとするのは人間として当たり前だ。


……本当にそうだろうか?


 望に告白される以前に抱いていた自分の感情は、徐々に思い出せなくなってきている。確かに咲先輩は綺麗で尊敬できる人だけれど、だからってこんな風に胸が高鳴ったりはしなかった。
「やまとちゃん? 大丈夫?」
 私の違和感に気付いたのか、咲先輩は私の顔を覗き込みながら言う。きっと大丈夫だと信じたい。今の私は、体験したことのない非日常が突如訪れ、ほんの少し心が乱れているだけで。あと数日も経てば、心も体もに戻ってくれる。
「一つ、お聞きしたいんですけど」
 そうはいっても、一人では不安だから。私は咲先輩に言う。
「もしも親友に好きだって言われたら、どうします?」
 男か女か、そこまでは特定しない。何を思われるかわからないから。
 咲先輩は珍しく机に肘を立て、私の顔を一点に、いやらしく見つめてくる。
「なになに? 告白でもされちゃった?」
「も、もしもですよ、もしも。先輩のこと、尊敬してるし、色んな考えを訊いてみたいなって」
 私はどもりながら答える。
「そうねぇ」
 彼女は天井に視線をやりながら、私の下らない質問の答えを考えてくれている。私はまたおっぱいに目がいった。近くで見ると、そのハリがより鮮明に伝わってくる。指で押したら弾き飛ばされそう。ふわっふわの白いパンみたい。思わず唾を飲む。興奮したわけじゃない。彼女の胸が美味しそうなパンを彷彿とさせたから。きっとそう。
「私なら、付き合っちゃうかなぁ」
 咲先輩は言う。
「ど、どうしてですか?」
「だって、一度きりの人生だし。後悔したくなくない?」
 私は既に、望とは付き合っている、ことにはなっている。しかしながら、私は彼女の言葉に吸い込まれる。私よりたった二年先輩なだけでここまで人間力に差を感じさせられる人が何を思うのか、ただ純粋に気になった。
「というかね。どっちを選んでも後悔すると思うよ、多分。私も、それを理解しながら付き合うと思う」
「どっちを選んでも後悔? 本当ですか?」
「本当よ。付き合ったからって上手くいくわけじゃないと思うし。つらいこともきっとあると思う。でもね、そういうのが大事なんだよ、きっと。全然胸が高鳴らないまま生きててもさ、つまんない人生で後悔だらけだよ。物騒な世の中だしさ、明るく行こうよ!」
 咲先輩は、ぽんっと、私の肩を叩いてくれる。
 私の胸は、それだけで軽くなっていく。
 先輩と出会ってから一ヶ月。たったそれだけで、多くのことを学んできた。
 後悔しない道を。
 後悔しても、誇りを持てる道を。
 まだ高校生なのに。
 それを教えてくれた先輩は、なんて偉大なのだろう。


「おっぱい、揉んでもいいですか?」
 反射的に言った。本能が言っていたから。例え女の子を好きになるシュミがなくとも、ここまでの上物は、揉んでおかなければ後悔すると。
 先輩は、私を見たままきょとんとする。全身が汗ばんでくる。後悔が押し寄せてくる。何てことを言ってしまったのか。いくら先輩が優しいといえども、さすがに無礼が過ぎる。
「あの、えっと、何でもないです……」
 目を逸らしながら言う。早く時間が過ぎ去ってほしいと思った。
 しかし彼女は私を見つめ、ニヤリと笑う。
「えいっ!」
「ひぇ!?」
 一瞬、何が起こったのがわからなかった。体中に走る電撃。咲先輩は、私の体に飛びついてきた。
 そして、胸を揉んでくる。私の特段ハリもない、筋肉多めの小さなおっぱいを。
「ちょ、せんぱっ……」
 その手つきは中々にテクい。もしかして、揉み慣れてる?
「対価は払ってもらわないと困りますなー。私の胸は一級品なのですから」
 彼女は笑いながらも、意地悪な声と顔でそう言う。
 ぐわんぐわんと波のように動く彼女の指。きゅん、と私の下半身で、何かが走る。まるで水滴が落ちたときのような、心地の良い何か。その感覚はだんだんとむず痒く、くすぐったいものへと変わっていく。
「ご、ごめんなひゃい! 許してください!」
 笑いが込み上げてくる。全身をくすぐられているかのようだ。いったいどこでこんな技術を身に着けたの? 優秀な人はみんな、胸を揉むのも上手いの?
「セクハラはよくないぞ~。親友にいきなりそんなこと訊いたら、嫌われちゃうかも!」
 今の先輩に言われたくないと思ったが、体は反抗できない。
散々笑わされて、ようやく彼女が離れてくれたとき。
私は息が切れて、悩みどころではなくなっていた。
「まあ、元気にやりなよ!」
 先輩は言う。疲労して机に突っ伏す私を見下ろし、まさしく元気な声で。
「とにかく、まずは話し合いじゃない? 親友って言うくらいだし、良い人なんでしょ? ならきっと、やまとちゃんのこともわかってくれるって!」
 未だ体に疲労は残りながらも、その笑顔を見て、私の胸は更に軽くなった。
 もしかすると、あのテクはそういう施術だったのかもしれない。
 そう思ってしまうほどに、咲先輩は輝いていて。
 私の尊敬する、頼れる星になっている。
「ありがとうございます」
 私が座ったまま深くお辞儀をすると、彼女は優しく頭を撫でてくれる。
 たったそれだけで、胸には勇気が湧いてくる。
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