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プロローグ

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 私の人生初めての恋愛は、唐突に始まった。


「私と、付き合ってくれませんか?」


 だからって、まさか女の子に告白されるとは思わなかった。
 夕暮れの帰り道、もう桜の散り切った温かな春の終わり。いつも通り高校から駅まで歩き、二人で電車に乗って。思えばこのときから既に、彼女のようすはおかしかった。おどおどして、話題を振ってもどこか上の空で。駅から家へ向かう途中、周りに田舎臭い風景の広がる舗装されたコンクリートの歩道の上で、とうとうその揺らぎは外へとあぶり出た。
 私は男にモテない。中学まで剣道部にいたせいで体型はガッシリめ、背も高く、髪はところどころに跳ね毛が目立つ。性格だって明るくないよ。
 加えて名前。橋田大和はしだやまと。全然おしゃれじゃない名字に、(全国の橋田さんごめんなさい)大和とかいう男くさい名前。大和撫子をイメージしたことはわかる。でも、小学校で某宇宙戦艦の歌を歌われ男子に散々からかわれた経験を経てからは、私はこの名前を好きになれていない。
 目の前で私に照れている彼女は、私とはまるで対照的。悲観的に言うなら、完全に私の上位互換。男子の好きそうな華奢な体つき、キューティクルの整った美しい黒髪、弁当の玉子焼きを食べるたった一つの所作ですらその上品さと儚さが伺える。中学時に生徒会長であった彼女の隣に座るため、学年の九割の男子が生徒会に立候補した。いや、さすがに九割は盛ったけれど、でもそんな都市伝説が流れるくらい、彼女は現在進行形でとにかく男子にモテている。
 どうしてここまで彼女を知ってるかって?
 そりゃあ、親友だから。
 友達と思ってた奴に告白されるなんて、こんなにむず痒いんだね。私には某洋楽みたいに、家の窓越しにロマンティックな筆談を交わせるような男の子なんていなかったから。……しかも敬語まで使われて。いったい何て返せばいいの?
「ええと、もう少しだけ考えてみない?」
 私はそんな逃げの言葉を返す。多分私は、今後もこうして逃げの言葉を吐き続ける。だって、彼女を傷付けたくないし。自分も傷付きたくない。人として当然の反応。まだ十六歳だし、許してよ。

 彼女――一ツ木望ひとつきのぞみの表情は一変する。これまで私に照れていたはずだったのに、まるで臨戦態勢に入ったかのような。
「今や、法律ですら私に味方する時代だよ?」
 その言葉に一瞬動揺したけれど、そういえばこの前ネットニュースで流れてきたような。性的マイノリティを馬鹿にしたら許さん! 的な法案が可決されたとかなんとか。
 望は言う。
「私は、ただ知ってほしいの。世界の変化がどれだけ激しくて、私たちがいかにしてこの退屈な日常を過ごしていかないといけないのかって」
「私、レズの趣味なんてないし」
「うん。だから、別に私を好きにならなくてもいいよ」
 私はまた動揺する。それなら、何のために告白を?
 告白って、好きな相手にするもんじゃないの?
 好きな相手には、好きになってほしいのが人間じゃないの?
 望は、本当に私のことが好きなの?
 私にその答えは見つけられない。だって、私には「好き」がわからないから。
 男の子ですら好きになったことがないから。
 女の子を好きになるなんて、ありえない。
「それで、付き合うの、どっちなの?」
 望はそう言って私の懐に入り込み、上目づかいで私を見つめてくる。
 私は息を呑む。
 彼女の匂いを感じる。確かに女の子からは良い匂いがする。花だったりソープだったりで種類は様々だけれど、町ですれ違った匂いに振り返るとき、大抵その性別は女の子。男の人って、やっぱりちょっと汗臭かったりするし。それが良いっていう人もいるんだろうけど。
 でも、それでドキッとなったりはしない。少女マンガみたいに胸が高鳴ったりしない。だって、私はあくまで女の子で。きっと遺伝子に刻まれた本能的な何かで、女の子は好きになれないから。


 しかし、こうやって親友の顔を改めて近くで見てみると。
 やっぱり可愛いんだなぁ、望って。


 それは、ある意味イタズラ心だったのかもしれない。まるで授業中にペン回しで暇つぶしをするときのような。面白そうなゲームの広告を、プレイする気もないのにクリックするときのような。彼女は可愛くて、純粋で。関係が進んだときにどんな優越感が生まれるのかなとか、そんな邪な思いばかりが生まれて。
「……付き合う」
 ほどなくして言った。彼女は、十年一緒にいたのに一度も見たことのない、まるで泣き出しそうな顔になった。緊張が解けたのだとわかる。私は見て見ぬ振りをした。だって、私は悪くない。彼女は親友だし。ちょっとくらい最低な部分を見せても許されるだろうって。


 そうして私は、彼女の彼女になった。
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